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第十一話「来客その三」

「……あ、あなたが、やる……ですって? やる……殺る? あなたが? ――――というか、アナタ、こちらの事情を知っているんですか?」

「詳しくは知らないさ。ただ、君の話し振りと、電話から漏れ聞こえてきたそのふざけた情報屋の声から、何となく想像がついたってだけだ。……ようは、殺りたい奴がいるけど、時間がないってことだろ?」

「…………ええ、正解です」

 リーネはゆっくりと頷きながらも、雑音に推し量るような険しい表情を向ける。

「……しかし、なぜです?」

「何が?」

「何でアナタが、ワタシに協力しようとするんです? アナタに何のメリットがあるというんです?」

「言ったでしょ? 君に頼みごとがあるって」

 雑音はすました笑顔で肩をすくめた。

「つまりは報酬みたいなものさ。僕が君のために働くから、僕の頼みを聞いてくれってこと」

「……その頼みというのは?」

「相変わらず、探るような感じだねえ。僕ってそんなに信用ないかい? ……いや、そりゃそうか。この前君の邪魔をしたのは、他でもない僕だったね。疑われるのも無理はないか。……でもあれは、ただ単に鞘河君に借りがあったってだけで、君に対して敵意があったわけじゃなかったんだけど。……まあいいや。用件を言うよ。ええとね、君に精霊の降ろし方を教えて欲しいんだ」

「……は?」

 リーネは片眉を吊り上げながら聞き返す。

「精霊の降ろし方……ですか?」

「そう――――とは言っても、僕に対してじゃない。うちのクラスに東香々美ってのがいるだろ? 彼女に手ほどきしてやって欲しいんだ」

「香々美さん、ですか? あの人とは出席番号が隣なので、たまにお話することもありますが…………でも、なぜです?」

「あいつも東って苗字だし、多分君と遠い親戚だと思うんだけど。実は数ヶ月前まで、あいつにも式神がいたんだ」

「……香々美さんが降ろしたんですか?」

「ああ。――――ただ、それは、まぐれでできたらしい。その式神が去年、〈運悪く〉精霊界に帰されちゃってね。あいつは今、もう一度その精霊を降ろそうとしてるらしいんだ。だけど、それがなかなかうまくいかないそうで。だから君にあいつをコーチングしてやって欲しいんだ」

「……アナタが直接教えてあげればいいじゃないですか」

「僕が? あいつに? …………ああ、そっか。そう言えば、あの時のことは君も間接的に見てるんだっけ? ってことは〈あいつ〉のことも知ってるってことか。……実は〈あいつ〉は、僕が直接降ろしたんじゃないんだ。引き継いだだけでね。しかも、僕も一応まじないは知ってるけど、僕自身は一度も精霊降ろしをしたことがないんだ。だから、残念ながら人に教えることはできない」

「…………ふ〜ん」

 リーネは依然難しい表情のまま、小さく呟く。そして雑音の頭から足まで視線を滑らせ、まじまじと観察した後、

「……なるほど。確かに、話の筋は通ってますね」

「……奥歯にモノが挟まったような言い方だなあ。本当に他意はないんだって。ちゃんと君のために働くよ。こちとら、毎週末数千円の散財を食らってて困り果ててるんだから」

「……分かりました。取りあえずのところ、信じましょう。こちらもこちらで非常事態ですからね。贅沢は言ってられません」

 表情を崩さないままそう言って、リーネは再び受話器を持ち上げた。

『もしも〜し! 東様? 聞こえないんですかあ? じゃあ、切りますよ〜? いいですか〜? いいですね〜? いいですよ〜?』

「……もしもし」

『あ、やっと繋がった。もー、いきなり黙らないでくださいよ。びっくりするじゃないですか』

「すいません――――ところで、もう一つ情報が欲しいんですが」

『もう一仕事ですか? はいはい、了解しました。ではまた口座に前金を入れてもらって、その後こちらからまた電話を――』

「いえ、すぐ調べて欲しいんです」

『今すぐですか? ……えーと、どんな情報を?』

「如月ジェックの、日本にある他のアジトの場所、すべてです」

 リーネは電話口に、力のこもった声で言い掛けた。

 それに対し、しばらくの間があった後、

『如月ジェックの拠点全部、ですか……。今すぐとなると難しいですねえ。現時点では、そこまで正確な情報は手に入れてないので。ですから、今ある情報からの推測結果ということになりますが。それでも一、二時間はかかってしまいますよ』

「構いません」

 リーネは首をふるふると振りながら即答。

「今からではお金の用意が間に合わないので、全額後払いでお願いします。代わりにチップは弾みますし、何だったらワタシが晩酌のお相手くらいしますよ。これでもワタシ、男性にはそれなりに支持される外見してますんで」

『ほう、あなたがお酌? それはそれはありがたい提案ですが。しかし私としては、むしろクールなおと……………………うぉっほん。いえ、何でもありません。丁重にお断りさせて頂きます。商売柄、あまりほいほいと姿を見せるわけにもいきませんし、ね。見返りなら、この私立探偵レフトを知人に紹介していただければそれで結構です――――じゃあ、分かりました。如月ジェックの日本の根城すべて、調べておきます』

「よろしくお願いします」

『じゃあ、また二時間後に電話しますんで。では』

 ――ガチャリ

 リーネは受話器を置いた。そしてくるりと振り返り、後方に立っていた雑音に視線を向ける。

「……というわけで、二時間後にターゲットのアジトへ移動します。ターゲットは人間でもあるので、アナタが本人に攻撃することは許しません。〈奴〉を仕留めるのはあくまでワタシです。アナタには〈奴〉の取り巻きの相手と、ワタシのサポートをお願いします」

「オーケー、分かったよ」

 雑音はしがない雑用を任されたかのように、何ともなさそうに一つ頷いた。

 その顔を、眉間にしわを寄せながら見ていたリーネは、

「……一つだけ聞かせてください」

「……何?」

「どうしてアナタは、わざわざワタシを手伝うんです?」

 まだ内心にひっかかりがあるままの難しい表情のリーネ。さらに言葉を続けて、

「アナタほどの腕があれば、ワタシを脅して命令するという手段もあったはず。むしろそちらの方が手っ取り早かったはず。容易なはず。なのにアナタは、今回ワタシに協力するという手段をとった。……これはなぜです? どうしてこんな面倒くさい方法をとったんです? もっと簡単な手段があるのに。それを選ぶ資格があるのに。そこが、そこだけが理に適っていない。それだけがワタシには分からない。納得できない……」

 リーネは無意識に雑音の方に一歩踏み出しながら、真に迫るように問いかける。

 雑音は目線を床に落とし、両肩を持ち上げて、

「……やれやれ。君の中の僕は、相当な危険人物に仕上がってるらしいな。……あのね、別に僕は異常者の類じゃない。内面は普通だ。現に、今だって何の問題もなく高校生活を送ってるだろ? 目的のために刃をちらつかせるっていうのは、僕の中でも最後から二、三番目の選択肢だ。滅多に選ばない。そこら辺は一般人と変わらないよ」

 ここで雑音はふふっと自嘲気味に笑い、

「それに、君は大切なクラスメイトだ。そんなぞんざいに扱ったりはしないよ。前は君の敵として現れたけど、僕は君とだって友人関係を構築したいと思ってる。同級生として君の人となりは尊重してるし、学年での君の人気振りは尊敬してる。僕も君と仲良くしたい、仲良くなりたいと思ったんだ。だから、君に協力するという選択をした。君にはそれだけの魅力があるってことさ。…………まだ説明不足かい?」

「…………い、いえ」

 小さく呟きながら、リーネは雑音から視線をそらした。

 畏怖すべき人間からの思いがけない真っ直ぐな賛辞がむずがゆく、あるいは今までやたらに疑ってしまっていたことが急に恥ずかしくなり、リーネは視線をそらさずにはいられなかった。


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