外伝 ダグラス・ガーネット1
「それは本当なのですか!」
「そうじゃ。それが一番戦力を集める方法じゃからの」
騎士団長ダグラス・ガーネットは、上層部から渡される情報に憤怒していた。
異世界召喚。それは異界から強力な戦力を召喚する魔法。その魔法の代償は大きく、それを行うには人を贄にしないといけないらしい。
幸いにして犯罪奴隷と言うものがある以上、もしもの事が起きるかの心配はないがそれでも危険だ。
しかしダグラスが憤怒していた理由は、騎士団になんの相談もなくそれを許可した事だ。
まるでこの国に忠義を尽くし守護してきた我々騎士団が、役に立たないから新たに戦力を呼び出したかのように思えるのだ。
確かに思い当たる理由もある。
先の戦争での兵士の大幅減少による戦力低下、魔物の被害による人員不足、この他にも色々あるが、これらの問題はなんとか解決した。
しかし、そんな中での上層部から命じられた任務だ。それは、召喚された戦力との合同訓練。
この任務の危険性は、頭の中で直ぐに浮かび上がった。
召喚される者達は極めて知能が高く、それぞれが一を聞き十を知る者達らしい。
そんな者達を兵士達と訓練させると、今まで訓練していたが実っていない兵士の心を折ってしまいかねない。
誰だって嫌だろう、自分が出来ないのに隣でぽんぽんとこなされれば。俺にもそういった時期があったからよく分かる。
もしもの時は、出来るだけ準備をしておこう。
「なんなんだこいつらは」
召喚された勇者を始めてみて俺は思う。
―そこまで頭の出来は良くないのかもしれない
始めて見たときは、自分達が最初になすべき事を考え行動する頭のいい奴らだと思ったがそれはごく一部だったらしい。
宝物庫から自分の気に入った武器を選んでも良いと言ったがこれは無いだろう。
大太刀の二刀流、鎖、大鎌、短愴.....あれは千本か?
俺は確かに、勇者なら使いこなせるかもしれないと言ったが、明らかに使えない武器を選べと言ったつもりは無いんだけどな。
しかも、こいつらの選んだ武器は使い手を選ぶものばかり。だが俺にはそんな技量がコイツらにあるとは思えない。
特に大太刀の二刀流の奴、そもそも抜けるのか。あとお前、それだけはやめろ。白昼堂々、暗器を振り回すつもりか。
「だから宝物庫に案内するのは反対だったんだ」
心の中でそうつぶやき、こめかみを押さえる。敬語を使うのが馬鹿らしくなってきた。
しかしその感情を我慢しながら、武器を選んだ奴等を訓練場に連れていき、これからどうするべきかを考える。
おそらく、コイツらは文献に書いてあるほどの大層な存在じゃない。むしろ力をもて余しながら好き勝手やる餓鬼にしか見えない。
いや餓鬼なのだろう。
世界の現実を知らない子供。何人かは勇者の有りように気付いたようだがそれだけだ。その先の現実から目を逸らし、気付かない振りをする。
勇者の話を聞く限り随分と平和な世界から来たようだが、こいつらに人を殺せるのか?
無理だな。命乞いをされ、躊躇った隙に殺される。上層部はこの事を理解しているのだろうか。
人を殺せないものに、強制するとどうなるのかは分かりきった事なのに。
「いやーマジ異世界ぱねぇ」
「見てみて、かっこよくね?」
「きゃぁあ、それどうやってるの?凄く可愛いじゃん」
「闇の力よ、覚醒しろぉ!」
見渡せば武器で遊び、魔法で遊び、意味のない言葉を叫び格好をつける。まともに戦闘スタイルを身に付けようとしているのは半分以下。呼び掛けるものは居るが、耳を傾ける者はいない。
正直俺は、何も言えない。
コイツらに危機感なんて無かったんじゃないだろうか。
本当はコイツらを召喚した時点でこの国は失敗したのだろう。
上層部には下手にでるよう言われたが流石に我慢できない。
国に忠義を誓い、努力し切磋琢磨する神聖なこの場所でふざけるのなら容赦はしない。
「貴様ら、そこに並べぇ!!!」
突然の怒鳴り声にふざけていたもの達は一斉に黙る。
「突然、この世界に呼び出しておいてあまり強く言いたくないが、一応ここは訓練する場所だ。やる気の無いものは自室に戻ってくれ」
「「「「......」」」」
「なにも知らないお前らにこれだけは言っておこう。この世界は簡単に人が死ぬ。魔物に殺され人に殺され、災害で死ぬ。この世界はその頻度がとてつもなく多い。お前らの世界での常識はここでは通じない。だからお前らには、なるべく力をつけてくれることを願う」
有無を言わせない言葉に、ふざけたものは誰も喋らない。いや喋れない。ダグラスの言葉にはそれだけの重みと逆らってはいけないと言う本能がその場を支配していた。
スキル
カリスマLv5
保有者の言葉に、人々を焚き付ける何かを与える。
威圧Lv5
保有者のLv以下の対象を重圧によって縛る。縛る時間はスキルレベルによって左右される。
「大声を出してしまってすまない。気にせず訓練を続けてくれ」
ダグラスの大声に止まってしまった勇者にそう伝え、兵士のもとへ向かう。
「よろしかったのですか?」
「何がだ、」
副団長の言葉に俺は返事をする。
「上の命令は、悪印象を与えずに育てることだったはずです」
「構わんよ。このまま育てたとしても使える奴等はほんの僅か、それなら命令を叛いてでも奴等に現実を突き付ける必要があったからな」
「副団長がそう言うのならばそうなのでしょう。しかし我々はあなたのお陰で生き長らえているのです。あまり自分の首を絞めるような真似をしないでください」
副団長は、そう言うと資料をもって勇者達の元へ向かっていく。
あいつとは長い付き合いになるが、やはり頼りになる。
始めて会ったのが貧民街だったか、それ以降なにかと行動を共にし色々あって、今では騎士団長と副団長だ。人生とは何が起こるか分からないな。
「さて、それなら勇者は何処まで磨けるかな」
俺は、まとめた資料を見ながら呟いた。