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なぁ?ウィリアムズ  作者: サミシ・ガリー
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7.発芽と成長 ダレカ

発芽と成長


 

 ある所に一人、生まれた。しかし、その一人に母と父はいなかった。

 そして、その一人には明確な性別もなかった。

 その一人は自分をダレカと呼んだ。

 産まれた当時の事をダレカは『発芽』と呼んだ。自分は、変わった植物なのだ、決して人ではない、そうダレカは考えていた。

 神の祝福もあったかどうか分からない。ダレカは一人で生きなければならなかった。自分がどこに居るのか分からなかったダレカはよく自分の体を触ってそこに自分が居る事を認識していた。


 しかし、ダレカを育てた女性がいた。だが、その女性は母と呼ぶことを許さなかった。ダレカは一人だった。

 そして、ダレカが五回目の寒い季節を越えた辺りでその女性は消えた。ダレカはまだ寒さの残る春、あてもない放浪に出ざる得なかった。

 六歳にもなったため、ダレカは一日中、工場で働いた。しかし、工場長は後ろ盾のないダレカには服も買えない位の少しのお金しか払わなかった。そして、お金を持ってパンを買おうにも服が汚すぎて悪銭だと疑われた。

 結果として、ダレカは人ではない自分の体を巧みに使ってモノを盗み、生きていた。そして、ダレカが十二回目の寒い季節を越えた時、『先生』に会った。



「先生、起きてください。夜になりましたよ、仕事の時間です」


 ダレカは先生と呼んだ男を揺り動かす。その男の肩を揺らすたびに穴だらけのソファがギシギシと音を立てて埃を散らした。

 その部屋は風の良く通る廃墟の一室だった。その廃墟はスラム地区にあり、夜逃げした家族の家だった。家具は湿っており、所どころが腐っていて使い物になりそうにない。床や階段は雨漏りの所為かダレカと先生が踏み抜いた穴がそこらじゅうにあった。

 そして、ダレカと先生は『仕事』柄、この廃墟は拠点にしか使うつもりはなかった。そんなものだから廃墟の部屋には一切の生活感などなかったのだ。


「おう、夜か。誰かと思えばダレカか、驚かすなよ」


 先生は目をパチリと開けて言った。先生が喋るたびに口からはドブ川に浮く油の様な匂いがした。そして口から見え隠れする歯は糞まみれの道路の様に汚く、前歯の一本が無くなっていた。

 先生が着ている服は大昔上等と呼ばれていただろうコートに、真っ黒になったシャツ、袖がボロボロになったズボンを身にしていた。先生の体臭も相まってネズミも逃げ出す程の匂いを発していた。それにダレカは眉一つ動かすことなく言った。


「先生は目覚めが良くてうらやましいです。先生が起こしてくれればいいのに」


「ばっきゃろう。おめーは俺の弟子だろ、先生が弟子起こしてどうする。それにな、こりゃ俺様の専売特許だ。百年はえーんだよ、寝覚めに苦しみやがれ、かっかっか!」


「百年経ったら僕はもう死んでるじゃないですか」


「いーや、分からんぞ? お前はお前の専売特許のおかげでずーっと生きていられるかもしれないぞ? 羨ましぃな、そうすりゃ朝楽に起きれる様になるんだからな!」


 先生はそう言いながら枕元に置いてあった、『仕事』道具の入った麻袋を肩に掛けた。そして、ダレカは先生の後を追って、夜の街に繰り出した。

 夜の寒さは幾分落ち着いてきた。今夜も曇っているお蔭で仕事は上手く行きそうだ、そうダレカは思った。

 浮浪者が多くいるスラム地区を抜けてしっかりとした街並みに景色が変わる。昼間はスモッグが町中を覆っているためか、その町は老けて見える。街頭の光がぽつりぽつりと増えていく。そうして二人は誰にも気配を気取られることなく、街に溶け込んだ。


「今日はどこにするんです?」


「なーんも決まってないな。ま、とりあえず目途は立ってるから着いてこい」


 そう言って先生は街頭に照らされない様、暗い路地を選んですいすい進んでいく。先生の足音は硬い石のタイルを踏もうが音は一切立たない。革靴に布を何重にも巻き付けているのだ。ダレカは合う靴が無いため、素足に一枚布を巻いているだけだ。


 ある時、ダレカが先生に靴の布の事を聞いたところ、先生は布を取り外し、上品そうな革靴が出て来た。


「こりゃ、あれだぞ。貴族から盗んだ靴だ! ありゃ間一髪の仕事だった。寝室で貴族の靴を盗った瞬間、俺の靴が音を立てたもんだから気付かれてな。あの野郎枕元にサーベルを仕込んでやがった! で、命からがら盗んできたってわけだ。一級品だぞ? 急いでたから一足しかないけどな」

 そう言って、もう片方の靴を見せた。そのボロ靴はソールが外れていて、ダレカにはソールが外れないように布を巻いているとしか思えなかった。


「じゃあその貴族はシンデレラを探して先生のところまで来るかもしれませんね」


「はっ、それならガラスの靴と言わずダイヤモンドの靴を持ってきやがれ! それなら男だろうと結婚してやるよ」


 ひどい臭いの工場煙が漂う労働者社宅が乱立する地域まで来た。夜、朝にもかかわらずいつもここは薄気味悪かった。夜は工場での疲れを癒す労働者が泥の様に眠っている。彼らは田舎から工場へ働きに来ている者ばかりだった。そのため、家畜の如く小さな宿舎に幾人も詰め込まれていたのだ。


「先生、ここでやるんです?」


「いーや、こいつらから何を盗むってんだ? いただけるのは、薄汚れた下着ぐらいだろうよ!」


「じゃあ、何でこんな所来たんです?」


「わーってねぇな、この工場の社長様がいらっしゃるじゃねぇか」


「えぇ、この前社長は狙うなって言ってたじゃないですか」


「ふん、気分が変わったんだ。さっき起きた時にな」


 ダレカは、はぁ、とため息を付いて先生を追いかけた。先生は社長はストライキや稼いだ金を盗人に取られる心配をしてるから、死にたくなかったら近づくな、とダレカに言っていたのだ。


 しばらく二人はうねうねとした路地を進んだ。上に窓があった所為か、労働者の糞尿がまみれている。先生はもとより、ダレカもまた鼻をつまむことなく、進んだ。

 そうして路地を抜けると開けた所に出た。工場からは少し離れた所に大きなお屋敷があった。屋敷は二階建てではあったが、今まで目にしてきた工場労働者の宿舎に比べれば大層な建物だった。この工場の社長はロウソクまでケッチってるのか明かりはついていないようだ。


「本当に行くんです? それに、お金なんて銀行に置いてるんじゃないですか?  工場のシルクか、布でも盗んだ方がいいんじゃないですか?」


「ハッ、シルクに布な! んなの買うのは服屋くらいだ! 金は無くてもいい。なくても売れそうな物だったら闇市で売りさばいちまえばいいからな。さぁ行くぞ? お前はその恰好でいいのか? どうせなら俺の『やる』ぞ?」


「お願いします、先生。先生のアホみたいな臭いで飛び起きる社長を見て見たいので」


 そうダレカは軽口を叩いて、お屋敷の門を先に飛び越えた。小さな庭に生えている草をなるべく踏まない様にして二人は裏口まで回った。そして先生が裏口のドアの前に立ってカチャッと音が小さく聞こえた。


「先生、早すぎます。勉強になりません」


「ばっきゃろう、どうして俺の専売特許を教えなきゃいけねぇんだ。盗人の端くれなら盗め」


 二人は小声で会話する。そして先生が音が鳴らない様に静かにドアを開けて、「行って来い」とダレカに囁いて、ダレカはお屋敷に一人で入っていった。





次話は4月23日です

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