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なぁ?ウィリアムズ  作者: サミシ・ガリー
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6.喜々と緊張 サトシ

6000字程です

喜々と緊張



 六畳間は五人が座るにはあまりにも狭かった。サトシは息が詰まりそうになっていた。丁度その頃にリカは出来上がった出汁が入った鍋を持って六畳間に入ってきた。そして鍋をコンロの上に置いて言った。


「はい、じゃあ闇鍋? する?」


「おう! まずはじゃんけんだな!」


「ひっひっひ、おー怖いねぇ」


「ちょっと待って、なにじゃんけんって」


「そういや、サトシには教えてなかったな。闇鍋やる際に誰がどの食材を入れたのか分かったら面白くないだろ?だからじゃんけんで順番を決めて、一人一人食材を入れるんだ。幸い、お前んちはキッチンと六畳間の間に仕切りがあるから、鍋に入れる人以外はキッチンで待機だな」


「なんだよ、なんかガチだな」


 サトシはコウの闇鍋計画が思いのほか、ちゃんとしていることに驚いた。

 だが、コウが得意げな様子も見せないのをサトシは違和感を感じた。サトシは戸惑いながらもその指示に従って、じゃんけんに参加する事にした。

 五人ということもあったのか、数回のあいこの末に順番は決まった。具材を入れる順番はヒトミ、ヒッキー、コウ、リカ、そしてサトシと決まった。


 さっそくヒトミ以外はキッチンへ行って仕切を閉めた。部屋の電気を切り、コンロの火だけが規則正しくゆらゆらと燃えている。仕切はガラス戸だったため、ヒトミが動く影が見える。どぼっどぼっ、と何かの塊が落ちる音がこちらに聞こえた。キッチンの方は暖房がなく寒い所為か、不思議な緊張の所為か、サトシは武者震いをしていた。


 ヒトミが具材を入れ終わると入れ替わる様にヒッキーが入って具材を入れた。手慣れているのかすぐに具材をいれて帰ってきた。サトシはヒッキーが闇鍋をしたいと言い出したんではなかろうか、と思い、ヒッキーの印象はより悪いものになった。


 コウの番になり、コウはよっしゃ! と張り切って部屋に入っていく。一瞬大きく仕切が開き、鍋の甘い匂いが漂ってきた。


「甘い!?」


 サトシは思わず言葉にしてしまった。他のメンバーも感じていたのか否定はしなかった。するとそれを聞いたヒトミが、

「あら、ケーキお嫌い?」


 ヒトミのその発言に仕切りを閉めようとしていたコウはピタっと立ち止まり、サトシ含め他も唖然とした。甘い芳香がぶわっとキッチンに流れ込む。その甘い香りに反してサトシ達は苦い笑みを浮かべた。


「え、ヒトミ先輩……ケーキ入れたんですか?」

 リカはおずおずとそう尋ねた。


「ええ、入れたわよ。それも私の大好きなショートケーキ。パテシエに頼んだ特注よ?」


「ひっひっひぃ~やっぱぁ~? 俺も入った時ビビったもんよ!」


「いや! ヒトミさん! 言っちゃったら闇鍋じゃないでしょう!」


「いやいやコウ、怒るとこ違うでしょ」


 そうして何とも言えない空気が流れ、サトシの番になったのでガラス戸を引いて中へ入った。そこにはぶぐぶぐと威圧する様な沸騰音と腐った卵の様な匂いがサトシを出迎えた。


「やば……これ臭い落ちるよな」


 これからこれを食べると思うとサトシの背中にはムカデが這いずる様な感覚が走った。そして目的の食材投入をしなくては、とサトシは気付いた。しかし食材を買い忘れた事に気付いたサトシは困ったようにうろうろしだした。何とかしよう、と必死に家にある食材を思い出そうとする。


「えーと、そうだ! カレー! カレーならどうとでもなるって聞いた気がする! ハーブとかスパイスいっぱい入ってるだろうし! レトルトの買い置きがあったはず!」

 小さい声で嬉しそうに言ったサトシはさっそくキッチンに向かった。


「どうした、もう入れたのか?」


「いや、こっちに置いてあることを思い出してさ」


 コウの質問にそう答えたサトシはキッチンの下の収納を開けた。しかし目的のレトルトカレーは見当たらない。この前使い切ったか、くそっと心の中でつぶやいて食材になりそうなものを探すがありそうもない。

 するとカレーのルーの空箱を見つけた。あれ、これって結構前に使ったカレールーだよな、そう思っているとサトシは何かを思い出したのか冷蔵庫を開けた。 するといつ作ったか分からないカレーの作り置きがあった。タッパーの外側を見るに大丈夫そうだと判断したサトシはそれを見られない様に冷蔵庫から出す。


「なにサトシ君、食材決まってなかったの?」


「いや、あったから大丈夫」


 そうリカに答えてサトシはガラス戸を閉めた。そしてカレーのタッパーを開けて匂いを嗅いでみたが鍋の匂いがひどすぎたのか、サトシは本当に大丈夫かどうか分からなかった。

 しかしどぶの様なこの闇鍋など誰も手を付けないだろうと考えたサトシはどぼどぼとカレーを鍋に入れた。すると不思議なことに闇鍋の匂いはカレーのいい匂いに多少変化した。ケーキ以外何が入ってるか分からないけど成功だな、サトシはそう思って意気揚々とガラス戸を引いてコウ達を招いた。


「お、まさかサトシ、カレー入れやがったな」

 コウは嬉しそうにそう言った。


「てかホントに暗いね。本当に鍋出来るの?」


「ひっひっひ、何を掴んでるか分からない恐怖! それが闇鍋さ!」


「ケーキ食べれるといいんだけど……」


 最後のヒトミのつぶやきには誰も反応しなかった。どろどろに溶けてるよ、と言えば良かったのか肯定すれば良かったのか後輩であるリカも何も言えずにいた。


「さぁ、席につていて食べましょうか!」

 コウは暗闇の中そう言った。そして、それぞれ誰が誰だか分からないまま座り、闇鍋がスタートした。


「まずはひと煮立ちする前に食べる順番を決めましょう」

 改まったコウの声が再び聞こえた。どうやらコウはサトシの正面に座っている様だ。


「え、さっきの順番でいいんじゃないか?」

 サトシは気になってそう言った。


「いや、さっきのは具材を投入する順番だし決め直そう。じゃんけんは見えないし、どうしようか」

 サトシはコウが順番を決め直すのはヒトミのためだろうと思って呆れてしまった。


「あの、これって全部食べなきゃいけないんだよね」

 サトシの左横から小林さんの声が聞こえた。


「ああ、それがルールではある。でもスープまでは飲まなくてもいいと思う。そうだな、実際に闇鍋経験者のヒッキー先輩から食べてもらいましょうか」


 コウは笑いながらヒッキーに先手を勧めた。やっぱりヒッキーがコウをたきつけたのか! あとで一発殴るくらいは許されるだろうか、サトシはそんなことを考えていた。


「ひっ、それ俺からか? まぁ先輩だししゃーねぇか。で、その後の順番はどうすんだ?」

 ヒッキーの声はサトシの右横から聞こえた。


「ボーイファーストで行こうか。後は年上順でいいだろ」


「は? そんな言葉初めて聞いたんだけど」


 サトシの批判は空しく、鍋をよそう順番が決まった。同い年は誕生日順となった。ヒッキー、サトシ、コウ、ヒトミ、リカの順だ。コウはヒッキーに鍋をよそうのを促して闇鍋の一巡目が始まった。


「うへぇ、こええな」


 ヒッキーは緊張を孕んだ声で箸を鍋に突っ込んだ。一番最初に触った固形物を取らなくてはならない事はコウが言っていた。そのためヒッキーは鍋をかき混ぜることなく自分の皿によそった。何かが持ち上げられた時に鼻に付くような酸っぱい匂いがふわっと広がった。サトシがカレー大丈夫だろうか、などと思う隙もあたえない程だった。


「うげっなんかマジで怖いな。そもそもどうして闇鍋なんだ?」


「匂いひどいけど、ほんとにおいしいのかな?」


「保障は出来ないな」


「ケーキ……」


「ひっひっひ、もう後戻りできないぜ。つーかこれすげぇ重いぞ?」


 暗闇の中で皆の声が飛び交うことでサトシは誰がどこに座っているか把握した。ヒトミはコウとヒッキーの間に座っているようだ。サトシは女の子同士で座っていないことをちらと疑問に思ったが、ヒッキーの言葉でそれはかき消された。


「うっげ! なんじゃこりゃ! ひぃいいい!」


「どうした! ヒッキー! 美味しかったか!」 

 コウはわはは、と笑いながらヒッキーに聞いた。


「ひっ、これは、なんだ、どろどろしてて、柔くて、最初苦くて、酸っぱい……ん? この感触は……みかんか!? だーれだこんなもん入れたやつぁ! くっそまずいぞ!」


 場はぎゃはは、と笑い声に包まれた。するとサトシの左に居るリカがもぞもぞ動いて手を挙げた。


「ごめんなさない。私です……!」


「えええええ!」


 男性陣はリカがまさかの選択をしていたことにビックリした。


 ヒッキーなんて「おいおい、女子力ぅ……せめて皮は剥けやっ。つーか鍋汁まずいのコバリカちゃんの所為……?」とつぶやいていた。それを聞いてしまったサトシはリカのイメージが壊れてしまった。


 サトシは以前、小林さんから料理は得意と聞いていたが、どうやらダークマター生産のことだったとは、そうサトシは苦笑いを浮かべていた。


「え、だって果物って良い出汁が出ると思って……」


「いやぁ、コバリカちゃん~そりゃないぜぇ」


「くっくっく、まぁいいよ。さぁサトシ、お前だぜ」


 ついにこの時が来たか、サトシは喉を鳴らして箸を鍋に向ける。鍋の位置はコンロの火で照らされている為分かる。しかし、光が当たっていない鍋の内側はまさに闇鍋だった。サトシは覚悟を決めてえいやっ、と箸を突っ込んだ。

 すると、橋の先端にぐしょっ、と言っても過言ではない嫌な感触が伝わった。今にもそれは崩れそうだったが、ルールはルール。たとえ参加したくなかったサトシとはいえ、真面目にルールに従ってその何かを自分の皿に置いた。


「なにか、どろっとしてるんだけど」


「ひっひっひ、だいじょう、だいじょう、食ってみれば分かるさ」


 ヒッキーの大丈夫じゃない言葉にサトシはうなずいてそれを口に運んだ。

 始めそれは舌に暖かい汁を滴らせ、腐臭に似た匂いが鼻を抜けた。サトシは恐る恐る歯で噛んでいった。ぐしゃっとそれは溶ける様に口の中に広がっていった。そして歯と歯が合わさる時に、何か硬い粒をつぶしてサトシは悲鳴をあげてしまった。


「うっ! な、なんだこれぇ!」


「あはは! なんだった!?」

 コウは嬉しそうに声を上げる。


 サトシはカレーの風味の後に来る甘くて酸っぱいその感触を我慢して何とか咀嚼する。先ほど噛んだ粒はたくさんあるのか、サトシの口からはぷちぷちとつぶす音が聞こえる。


「あ、苺だ……」


「あら、良かったわね。栃木のとちおとめよ。ちなみに採れたてだって」

 ヒトミはたんたんとそう言った。


 鍋でその新鮮さも失われた残滓を味わいながらサトシは苦笑いで返した。サトシはてっきりコウが「ヒトミさんの苺をぉおお」とでも言ってくるかと思ったが、そんなことはなく、コウは笑っていた。


「ひっひっひ、超甘口カレー風味の果物鍋かよ。……最悪だな、おい」

 ヒッキーは笑いながらも自分のツッコミに冷静になってテンションが下がったようだった。


「く、果物おいしいでしょ!? ね? サトシ君!」


「う、はい……」


 サトシはリカの無茶な言葉に頷くしかなかった。サトシはコウが笑いを堪えているのを感じたが、無視してコウに鍋を勧めた。コウははいはい、と軽く流して悪臭のする鍋に箸を突っ込んだ。コウは皿に中継することなくパクッとそのまま口に放り込んだ。


「うわ、男前だなコウ」


 コウはサトシの言葉にまあな、と返して口をもごもごさせた。コウの反応を皆待つ形で沈黙が暗闇の中に落ちた。意外にもコウは文句の一つ、悲鳴の一つ上げずに喉を鳴らした後、冷静に言った。


「くそまじーな、これ。あと自分の持ってきたモノ食べちゃうし、しらけるわ~」


「ひっひっ、そりゃしらけるな。で、なんだったんだ?」


「いわーねーよ。自分で確かめな」


「有馬君なんだったの?」


「うまい棒です、ヒトミさん」


 コウはヒトミさんが質問するとすぐにゲロッた。ヒッキーは女尊男非だっ、とまた新しい造語を叫び、コウはヒッキーはどうでもいいから、とこぼししばらく騒いでいた。いや、お前ら造語作り過ぎだろ、とサトシは心の中でツッコんで、鍋の順番が小林さんに移った。


「怖いなあ、なんか。でも皆食べれる物入れてるんでしょ?」


「ひっひっひ、まぁ半分合ってるな。闇鍋で化学反応が起きる代物もあるんだぜぇ、コバリカちゃん~精々気ぃ付けるんだなぁ」


 ヒッキーは小林さんに意地悪な事を言って脅かそうとするが、小林さんはコウに習ってえいっ、と闇鍋に箸を突っ込んだ。そうして鍋汁が落ちないよう皿を鍋に持っていき、掴んだ物を置いた。


「うう、臭いが……」


 そう呻くリカは大丈夫大丈夫と呪文の様につぶやいて、箸で掴んだ何かを口に入れた。すると、あれ?、と言った反応をしてしばらく咀嚼していた。ヒッキーはその反応に笑いを堪えられないのか、ひーっひっひ、と森の中の魔女の様に笑っていた。うっ、と低い声で唸った小林さんはついに叫んだ。


「うっわあ! なにこれぇ……うわあ、うわあ、だれえ巾着にオレオ入れた人ぉ」


「ひーっひーっひーっ、俺でーす! どうだ! 闇鍋の汁を吸ったオレオはさぞ不味かろう! これぞ、闇鍋が美味くても不味いくてもふやけたオレオを食わねばならない悪魔の巾着! しかもちゃーんと口を縛ってるからな、煮崩れしても味合わねばならんのだぁ!」


 ヒッキーは自分の用意した巾着がリカに当たって嬉しいのか、早口で口上を述べる。ひーっひーっひ、と三下の悪よろしくヒッキーの下卑た笑いに一同は釣られて笑ってしまった。

 サトシは笑いながら、ムードメーカーってこんな奴のこと言うのかな、と考えていた。同時にサークル活動にもう少し行っていれば良かったな、とも思っていた。


 リカが何とか吐き出さずにオレオ巾着を呑み込んだので今度はヒトミに順番が回ってきた。ヒッキーはヒトミさんを急かすが、ヒトミは静かに闇鍋に箸を突っ込んだ。そして旅館の鍋奉行をやってくれる若女将の如くスッと箸を持ち上げて自身の皿に何かをのせる。そして恐る恐る何かを口に運ぶ。

 すると、ヒトミはおえっとお嬢さまらしくない声を上げて取り皿に戻した。その一部始終を隣で見ていたヒッキーは今日一番の引き笑いをかまして転げ回る。


「ひーーっ! ひーーっ! おいおい! 殺す気かよ! ひっーあーつらっ! めっちゃおもろ!」


 サトシもあまりにも意外な反応に吹きだしてしまい、リカも珍しく爆笑していた。コウはやれやれと言った具合で首を振っていたが、顔は絶対笑っている筈だとサトシは思った。ヒトミは「笑いすぎです! あんなにも不味い物は食べたこと有りません!」と憤慨していたが、ヒッキーが「お前のケーキが悪い!」と突っ込んで暗闇の中、再び笑いの嵐が巻き起こった。


 そして順番は再びヒッキーに戻った。ヒッキーはテンションも上がっていた事もあって、しぶきが散るほどの勢いで鍋に箸を突っ込んだ。



 すると、うっと言ううめき声と、女の子の痛い!と言う叫び声が部屋に響いた。何が起きたんだ、と皆黙る。そして回答を待つが誰も答えることはなかった。


「……え?」






読んで下さってありがとうございます。サミシ・ガリーの都合により、今回より2日に一話の更新ペースにさせてもらいます。次話投稿は4月20日です。また増筆の可能性が出てきましたので、5万字以上になる可能性があります。ご理解のほどよろしくお願いします。

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