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なぁ?ウィリアムズ  作者: サミシ・ガリー
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13.狂気と不運 コウ

狂気と不運



 有馬コウは経験したことのないほど長い一日を過ごしていた。

 朝四時から午前十時までホテルの受付のバイトをし、終わったその足で大学まで行き、すけべえな教授に念仏を唱える様にレポートの発表をした。その後、旅サークルの部室で会ったヒッキーとアキと遅めの昼食を食べてパチンコをする予定だった。が、駅を降りた所で同サークルの先輩のヒトミを見つけた。コウはいわゆる大学生らしい大学生活を楽しんでいた。

 しかし、ここまでが、コウの日常だった。


「どう?私は経験したことないんだけど、結構苦しいもんなの?」

 隣に座るヒトミは飛び切りの笑顔だった。


 以前は、コウはヒトミが笑わないことに興味を持ち、一度でいいから笑顔を見て見たかった。その端正な顔立ちときれいな肌に艶のある黒髪は人形のようで、表情の乏しさには畏怖も感じさせた。


 サークル内で問題を起こす人間のことをサークルクラッシャーと言うが、問題の中心となりやすい誰とでも寝るような女とは別の意味でヒトミはサークル内の男を粉砕してきた。有馬コウもまた想いが通じなかった男子達と同じ様に、あわよくば見たコトのないその笑顔を自分だけの物にしたかった。

 今まで望んできたそれが目の前にある、が、その笑顔は子供が無邪気のままに生き物を殺すような、純粋な笑みだった。


「なに、今どこ掴んでるのさ」


 コウは脂汗を額に浮かべながら眼球だけ動かしてヒトミに質問した目の前の人物に救いを求める。その焼けるような視線を感じていないかの様に、小柄な男の子はメロンソーダをおいしそうに飲んでいた。

 小さい頃は女の子と見間違われたろう、と想像に難くない中性的な顔は小学生にも見えなくない。コウは今にも飛びそうな意識の中、子供の落ち着いた話方に違和感を覚えた。


 事の顛末は、コウとヒトミとの会話が盛り上がっていた時の事。

 この子供が当然の様に二人の席の向かいのソファーに座った。不思議に思ったコウが声をかけようとした瞬間、ヒトミの手がコウの脇腹に突き刺さった。はじめ、コウは殴られたかと思った。しかし、ヒトミがコウの耳元で「騒がないで、今有馬君の臓器に触れている。動くと痛いから我慢してね」と、ささやいた。それと同時にコウは耳にかかる吐息のくすぐったさを感じる間もなく、脇腹の痛みが脳に突き刺さった。そうして、今に至る。


「肝臓」コウから目を離さずにヒトミはその子供に答えた。


 コウは信じられない、とは思えなかった。実際にヒトミの左手はコウの右わき腹に突き刺さっている。しかし赤いセーターの下からは血が吹きだしている訳でもなかった。

 コウは右脇腹にヒドイ痛みと感じた事のない異物感で動けないでいた。周りの動きがスロー再生されるように感じ、痛みは消えることなく、気絶できればすぐにでもしたかった。コウがそう思うのも、状況は一向に好転しなかった。


「いやいや、女の子なら胃袋掴めよ。で、この人は誰なの」

 優等生な子供はズズっとコップの底をストローで吸い上げて、興味なさそうに質問を重ねた。


「サークルの後輩君で、え~と有馬君だっけ」ね? と確認をコウに取るヒトミの左手がわずかにブレた。コウは叫び声を上げそうになるのを、必死で我慢して首だけ縦に振った。


「そうなんだ。いいの? ヒトミは」

 チラとヒトミに一瞥をする、道路脇の花も摘めない様な少年の表情は冷たい。しかし、ヒトミは手伝ってもらえばいいじゃない、と言って軽い調子で見つめ返した。


少年はコップに残った氷をがちゃがちゃとかき混ぜながら思案してうーんと唸って、「ま、いいか。たぶん大丈夫。で有馬さんでしたっけ。なんかすみませんね、巻き込んじゃって。ヒトミが言うように手伝ってくれれば問題はないですから」


 あははと年相応な笑いに相反して、大人が接客するかのような話方にコウは気色悪さを感じた。コウは答えの代わりに長い息を吐き出して目をつむった。涙かどうかも分からない滴が頬を伝い、コウの顎に溜まっていく。


「痛いですか? そりゃ肝臓だもんね。ボクシング見た事あります? あれノックダウンってあるでしょ。顎に当てて脳を揺らして立てなくする奴。でもボディーも殴るよね。勘違いさんは良く、ボディー捨てて顎狙えよって思うかもしれないけど、肝臓を狙うのは筋肉のない臓器をもろに殴れるからなんだよね。鍛えてるボクサーでもいちころさーってね。右ひじでしかガードできないからボクサーはあんなに前傾姿勢なんだ。まるで生き急いでるみたいだよね、実際生き急いでるんだけどさ」


 少年はふふふ、と好きなヒーローについて解説するようにすらすらと話した。一時であれ、その言葉の羅列はコウに脇腹の痛みを忘れさせた。


「は、ボクシングね。バカがするスポーツだわ。人殴って何が面白いんだか」

 ヒトミはそれを鼻で笑って冷えた昆布茶をすすった。


「否定的だなあ。実際バカなスポーツかもしれないけど、そんな考えしか持てないと何でも面白く感じないよ。仕事であれ、恋であれ、つまらない風にも面白い風にも出来るのに。人間が生きる意味なんて見つかってないんだから、それぞれが自分を納得させて生きて何が悪いのさ。だーからヒトミは医者の子なんだよ」 その子供はしょうがない子だなあ、とヒトミを嘲笑った。


「ボクシング批判がどうして医者の子批判になるの、意味わかんないんだけど。あんたなんて自分が誰かもわからない癖に。嫉妬しないでよね」

 ヒトミは眉を潜めて睨み付ける。


 少年は気にする風でもなく、横を通った店員にメロンソーダを頼んだ。店員は目の前の少年と顔なじみなのかコウとヒトミに会釈をして少年に、

「みさきちゃん二杯目でしょ。体冷えるよ」


 女の子だったのか、コウは思考をどこか別のところにやりたいがゆえにわき腹の痛み以外のことに集中しようとして思った。

 目の前の少女と店員は仲良さげに会話をしている。状況はまるで強盗に会った様だ。命が惜しければ財布を出せと、しかし今回は命の代わりに手伝いをしろと言うわけだ。どのような危ないことに巻き込まれるか分からない。

 コウは痛みを忘れようと思考を巡らせる。ヒトミさんの手が臓器に触れられる事は知られてはいけないはずだ。人間が持っていていい力じゃない。目の前の少女だってそうだ。つまり、今はまだ死なない、と受け取った方がいいのかもしれないな。世界でも有数の平和国家日本で、まさか犯罪で命を落とすことになるとは。コウは未来の暗さとあこがれていたヒトミが人間でないことに、そして異形の存在との出会いに絶望した。


 少女と店員の話はまだ続いていた。どうやらコウが思っていたより時間が流れていないようだった。


「でね、今日はお父さんとお母さんと一緒なの」


 にこりと可愛らしく笑みと共にそう言った。

 店員はまぁ、とこちらを見て自分と年が離れていない事を知ると、顔を赤らめて若いわねの一言を少女に返した。


「いやいや、そんなんじゃないんで」

 ヒトミはすぐさま右手を振って否定した。


「あ、こっちはお姉ちゃんだった。でもこっちはお父さんだよ」

 まぶしい笑顔で痛みを堪えるコウに無茶な振りをした。店員は有り得ないとは思いつつも、そ、そうなのと戸惑い気味にそう答えた。

 コウは自分の長女が一つ上のヒトミさんな訳ないだろうと心の中でツッコミを入れ、協力しないといけない事を思い出し、一度だけ頷いた。





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