8つめ:4の扉(別名)
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どうぞよろしくお願いします。
※この回は暴力描写注意、体罰などの表現がございますので
苦手な方は注意してください。
柚子もココノオも突然現れたリヒターに戸惑いを隠しきれない。
「な、なんで先生が……」
「だから、ボスの配置を間違ったからその穴埋めとしてここにいるってわけ」
同じことを何度も言わせるなとそっけない口調。
その鋭い目つきに柚子は黙り込むしかない。
ボスが間違ったということは、ゴーレムではなくマキナの方が出現する
予定だったのだろうかと柚子は思った。それならそれで構わない。
また仕切りなおすのは面倒だが、問題はない。
「コマンド:デリート」
リヒターは邪魔なゴーレムの残骸に手をかざしてコマンドを実行する。
ゴーレムの残骸は輝き光の粒子となって消え去った。
障害物が消えて満足したのか、にっこりと笑みを浮かべる。
その笑顔に柚子は首をかしげ、ココノオはぶるりと体を震わせた。
リヒターは笑みを張り付けたまま、柚子とココノオの方を向く。
「さぁて、どこからでもかかってきなよ。学生番号0333」
「「え?」」
先ほどゴーレムが立っていた位置と入れ替わるようにリヒターが立ち、
そんなことを言った。次の問題解いてみて、と言うような気安い言い方だ。
まるで教師みたい……いや、教師だった、失礼。
「ん? 来ないの? じゃあこっちから行こうかな」
固まったまま動く気配のない柚子を見かねたのか、リヒターが先に動く。
「があっ!?」
「柚子っ!!」
リヒターが人差し指を柚子に向けると、柚子の体が宙へと浮かび上がった。
そしてロープで首を絞められているかのような窒息感が柚子を襲う。
「ぁ……がぁあぁあっ……ぐる……ぃ!」
「ほらほら、きちんと抵抗しないと首がもげちゃうよ?」
「ぐぅ……っ」
空中でじたばたともがき、どうにか抵抗しようとするがどうにもならない。
「柚子を……放せぇえええ!!!」
身動きが取れなくなった柚子を救うべく、ココノオはリヒターに向かって攻撃を仕掛ける。
ココノオは尾を刃物状に変化させると、リヒターを切り裂いた。
「すぐに熱くなるのは君の悪い癖だっていつも言ってるんだけどね。ココノオ」
虫でも追い払うかのように、ココノオの尾はあっさりと弾かれてしまった。
だが同時に柚子を締め上げていた力も解除された。
どさりと地面に崩れ落ち、柚子は呼吸不足でぜーぜー肩でと息をする。
「柚子! 大丈夫か?」
「ぐぇ……ひ、ひどぃ……目にあった……」
げほごほとせき込みながら、何とか息を整える。
納得がいかない。理解できない。
そんな思いがぐるぐると頭の中で回った。
「ここのボスは……ゴーレムか、マキナじゃなかったんですか?
なぜ、リヒター先生が攻撃してくるんですか?
説明してくださいっ!!」
リヒターの理不尽な仕打ちに対して、柚子は声を張り上げ抗議した。
至極まっとうな意見であったが、リヒターはお気に召さなかったようだ。
「……うるさいよ」
風を切るような音がした。何かが壁に衝突するような音もした。
「え……? ゆ、ず?」
ココノオの目の前でリヒターが消えた。そして柚子も。
あわてて、衝突音がした方を振り向く。
そこには、壁に叩きつけられて血反吐を吐き出す柚子と、
彼女の腹を何のためらいもなく蹴り上げるリヒターがいた。
「今の子って本当に察しが悪いよねー。いちいち説明しないと分からないの?
この状況になっても分からないかな? ねぇ、どうなの?」
「ぃ……ぎ、だぁあ……あぁ!!」
「んー? 聞こえなかったのかな?」
リヒターは足に力を込めて柚子の腹部を更に痛めつける。
激痛にもがきながら、柚子は必死に言葉をかき集めた。
――そうしなければ殺される。
本能が死を感じ取り、脳が言葉を紡ぐように命令する。口が動いた。
「りひ、たー……先生が……ボスだった……んですね」
「そう。正解。よくできました」
答えに満足したのか、リヒターはあっさりと柚子の腹から足を退けた。
「さて、仕切り直しといこうか。君のステータスも大体把握したことだしね。
学生番号0333、君の持てる力を全て使って僕に一撃でも当てることが
できればクリアにしてあげる。倒すのは無理だろうし。
どう? 難易度が下がったと思わない?」
「ご考慮……ありがとう、ございます」
思わないよと反論してやりたかったが、腹部の痛みを思い出してぐっと堪える。
「敗北条件は君が10回死んだらってことにしよう。
まあ、勝っても負けても迷宮クリアにはしてあげるよ。
せいぜい、成績に影響が出るくらいだから」
柚子の顔から血の気が引いていく。10回も殺る気なのか。
(でも無駄に抵抗して余計な痛みを受けるくらいならいっそ……)
勝とうが負けようが大差ないのなら(成績に影響するのは痛いが)
ここは大人しく、痛みを最小限にして10回死んでおいた方が賢い気がした。
しかし、柚子の甘い考えを見通したか、リヒターはさらに無慈悲な言葉を吐く。
「けどさ、それじゃあ面白くないよね?
ないとは思いたいけど、わざと死なれるようなことになったら興ざめだし」
「い、命は大事に派なので、それはないかと」
なぜ、ばれた。
柚子は冷や汗をだらだらと流しながらそう答えた。
「それは良いことだね!
じゃあ、負けたらその背中に括りつけてある荷物は全て没収にしよう」
「な……」
没収という言葉に柚子の頭は真っ白に染まる。
アンティークものの小物が、ポスターが、プラモが、ブリキの人形が!!
負けたら、没収? 無くなってしまう?
それだけは……それだけはっ!!!
「負けられない……」
柚子は腹部の痛みも忘れて、モップを正面に構えるとリヒターをにらみつける。
「ふふふ、良い目だね。そうこなくっちゃ」
リヒターは余裕の笑みを浮かべて柚子と対峙した。
柚子はバケツを床に置き、モップを下向きに構える。
「この骨董品は……私が守るっ!」
そう叫びながら、柚子はモップを豪快にスイングさせた。
モップはバケツにヒットして、がこんと盛大にいい音を立てる。
バケツがリヒターに向かって飛ぶ。
「そんなものを飛ばしてどうするんだい?」
バケツは避けられてしまうが、それでいい。大事なのは中身だ。
バケツが派手に飛んだことにより、中に入っていたゼリーの肉片が
辺りに飛び散る。
「油断大敵ですよ、先生」
「これは……」
ばら撒かれたゼリーの肉片がぶくぶくと泡立つ。
するとその泡の中から、小さなゼリーたちがわらわらと生まれてきた。
柚子はポーチから半分に欠けたゼリーの核を取り出す。
ゼリーの核に魔力を注ぎながら、柚子は命令を下した。
「『妨害しろ』」
「「「「ぷるるるん!!!!」」」」
ゼリーの核から、柚子の魔力の波動がゼリーたちに伝播する。
それによってゼリーたちは柚子の命令に反応し、リヒターに飛びかかった。
「この数のモンスターを使役するなんて面白いね!」
ゼリーの雨を避けて、リヒターは柚子の方へと向かってくる。
「うわ、ココノオへるぷ!」
「分かってる! 乗って柚子!!」
避けられることは想定済みだったので、すぐさま柚子はココノオに飛び乗り、
リヒターからの逃走を図る。
「『追撃しろ!』」
ゼリーたちに次の指示を飛ばしながら、ココノオに乗ってリヒターから逃げ回る。念話を使いココノオにも指示を出しておく。
『ココノオ、出来るだけこの部屋全体を駆け回るように逃げてほしい。
リヒター先生に怪しまれないようにね』
『了解。何分逃げ回ればいい?』
柚子は生徒手帳を取り出て確認する。
『10分あれば、たぶん』
『……キツイけど頑張ろう!』
「逃げてばっかりじゃつまんないなぁ。ゼリーを使役しての
撹乱作戦は面白かったのにね」
「あぶなっ!!」
いつの間にかリヒターが接近していた。
その手には魔力で出来た剣が握られている。
直感的にモップでガードを取ると、刃と柄がぶつかった。
(ちょ、攻撃のスピード早すぎでしょ。
いつ剣を振ったか全然分かんなかったんですけど!)
「良い感をしてるじゃん。今のはやったと思ったんだけどなぁ」
「ち、ココノオ撤退!」
モップの柄で剣を弾いて、全速力でリヒターから距離を取る。
「距離を取っても、安心とは限らないんだからね」
リヒターの周りに火の玉が無数に浮かぶ。
初級の炎魔法かとココノオは悟った。
(無詠唱であの数を瞬時に生み出すなんて……)
さすがは元主だと思わず関心するが、今はそんな時ではない。
「これがファイアボール。初級の炎魔法さ。
今後習うだろうから、覚えておくように」
そんな教師らしいことを言いながら、リヒターは柚子たちに向かって
ファイアボールを飛ばした。
「ココノオ逃げるよ!」
「わ、わかってる!!」
野球ボールほどの大きさの火の玉から逃げる。しかし。
「こ、これ追尾してきてない!?」
「確かに……」
「あ、ホーミングの補助魔法を入れてるから、逃げても無駄だよ。
対象に当たるか、僕の魔力が切れないと消滅しないからね」
「「鬼めっ!!」」
当たったらただでは済まない。
しかし、リヒターの魔力切れも期待できない。
それなら、と柚子はココノオに支持を出した。
「ココノオ、戻って! 迎え撃つから!」
「大丈夫なの!?」
「多分ね!」
「……信じるよ!!」
ココノオはくるりと向きを変えると、火の玉に向かって突進する。
柚子はモップを構えて、タイミングを見計らう。
火の玉が目の前まで迫る。
「……ドアバンで鍛えた反射神経を、舐めるなあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
カコーン、スコーン、バッコーン!!
モップが的確に火の玉を捉えると、リヒターに向かって打ち返す。
柚子は打ち返した火の玉が1つでも、リヒターに当たることを密かに期待したが、全て魔力障壁によって打ち消されてしまった。
(万が一当たればいいなくらいに思ってたんだけど、やっぱ駄目か)
「すごいよ柚子。もう駄目かと思った」
「ココノオのサポートがあったからだよ。ありがとね」
ぱちぱちぱち。
「いやー、君。すごいなぁ、驚いた」
リヒターが軽く拍手をして、柚子の健闘を褒める。
「まさか魔法を打ち返してくるなんてね。
ふふふ、すごく良いね。楽しいよ」
「「!!?」」
リヒターが宙に手をかざすと大規模の魔法陣が瞬時に描かれた。
黒い不吉な文様の魔法陣だ。恐ろしいほどの魔力が満ちている。
黒い魔法陣が展開されると、柚子とココノオの体が金縛りにあったように
動かなくなってしまった。
柚子の胸……心臓に近い部分に黒い文様が浮かびあがる。
そこから黄色い花が咲いた。水仙の花だ。
「これは。冥府神の誘い<ハデスゲート>」
「何その物騒な名前の魔法は……」
ココノオはこの魔法に見覚えがあった。
「なんてことするんだ。いいかい、柚子これは即死魔法だ」
「そ、そくし!?」
「元主、いやリヒター!! 新入生相手にこれはやり過ぎじゃないか!?」
明らかな過剰攻撃にココノオは激怒する。
しかし、リヒターは楽しげに笑うだけだ。
あ、これはまずい。余計なスイッチ入ってしまった。
「ああ……悪癖が……この戦闘狂め……」
「ふふ、ふふふ。楽しいなぁー。
もっと色々君と楽しんでみたくなった。
それにはさ、このゼリーたちが邪魔だと思わない?」
狂喜に歪んだ笑みを浮かべて、リヒターは一歩一歩ゆっくりとした足取りで、
柚子に近づく。柚子は身をよじろうとするが、動かない。
「見なよ。このゼリーまみれの部屋を。
せっかく楽しんでる最中なのに、これはないよねぇ。……最悪だ。
このゼリーを消すには、使役してる本人を殺すのが一番手っ取り早い」
「……っ!」
まずい、何とかしないと。
けれどもリヒターの魔力を打ち破るほどの力はない。
考えろ。何か、方法は。
(ゼリーまみれ……)
柚子ははっとして、生徒手帳を確認しようとする。
(駄目だ……動かない。でも状況としてはいけそうなんだよね)
刻一刻と迫る死の気配。
迷っている時間はない。これを逃せば、勝機はない。
意を決して、柚子は口を開いた。
「『コマンド:ダンジョンドア』」
「な!?」
リヒターの顔から笑みが消え、心底驚いたような表情が浮かぶ。
それもそうだ。彼ですら感知できない速度で目の前にドアが出現したのだから。
前に1つ左右に1つずつ、後ろに1つ。
リヒターを取り囲むように、四方にダンジョンドアが出現していた。
「ま、間に合ったんだ! よし、行け! 柚子!!」
「くっ!!」
リヒターが脱出する前に、柚子はコマンドを実行した。
「『オリジナルコマンド:クアトロフォースダンジョンドアーズカルテット』!!
別名、『4の扉』」
開かれる死の扉。リヒターに向かって、絶望が叩きつけた。
激しい衝撃波、そしてドアバーンという音声が入りまじり、部屋が轟音で満ちる。
密かに柚子の生徒手帳から流れた音は誰にも聞こえなかった。
『「初心者の迷宮」の私物化率が100%になりました。
おめでとうございます。物集柚子がダンジョンマスターとなりました。
所有権が移行されたことにより、
ダンジョンマスターのスキルを全て使用することができます』