6つめ:九尾の鈴
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初心者の迷宮5階。
中間ボスが待ち受けるエリアだ。
中央に大きな部屋が1つ。それを取り囲むように周囲には
無数の小部屋が点在している。
大きな部屋には中間ボスが階段を守っていて、そいつを倒さないかぎり
6階へ行くことは出来ない。
5階の中間ボス、ココノオは台座の上に座って新入生の登場を
今か今かと待ち受けていた。
そして同時に、自分と当たってしまった運の悪い新入生を嗤う。
本来ここには、別のボスが配置されるはずであった。
5階の中間ボスの役割は新入生の障害になること。
そして、倒されたあとは新入生の守護獣としてパートナーとなり、
迷宮を脱出することである。
なので、本来は学園が用意した魔獣や下級精霊などが配置されるのが普通だ。
それが何の因果か。上位の神獣であり、迷宮のモンスターなんぞ
ボスも含めて束になっても敵わないはずのココノオがなぜか配置されていた。
そんなことをした犯人はココノオの現契約者。
リヒター・マインラートその人である。
『なぁに、ちょっとしたサプライズだよ。
こういうイレギュラーもあるって知る、いい機会じゃない?
実際、迷宮がバグって低レベルボスと高レベルのボスが
入れ替わるって事例もあるしね。
これを教訓にして乗り越えてほしいっていう生徒への愛ってやつ。
いやー僕って優しいよね、本当。教師の鑑だ』
などと言っていたが、長年この主と付き合ってきたココノオにはわかる。
これは主のきまぐれであり、暇つぶしに過ぎないのだと。
もし万が一、自分が倒されたらどうするつもりなのかと聞くと。
『え? そしたらその子と再契約に決まってるじゃん。
中間ボスはそのために設けられてるんだからね』
当然とばかりに契約破棄宣言。
まぁこうなるだろうなとは、分かってはいた。
いたが、実際に口に出されるとつらいなとココノオは思った。
少々正確に難はあるが、(少々か?)リヒター・マインラートは
非常に優柔な人間だ。
高位の神獣である自分をあっさりと下した実力は他で類を見ない。
主としては申し分なく、今後も彼のパートナーとしていたい。
そこまで考えて、何を馬鹿なとココノオは頭を振る。
スキルを与えられたばかりのひよっこが自分に勝るなど、
万に一つもありえない。
Lvが、積み重ねてきた実績が、何もかもが違いすぎるからだ。
自分の役割はここに入ってきた新入生を軽く脅せばいい。それだけだ。
ココノオは無駄な思考を打ち払うように長い尾を揺らす。
こちらへと近づいてくる気配に目を細めてながら、ココノオはその時を待った。
***
遅い。
ココノオはいらいらと尾を揺らしながら、むふーーっと長い溜息を吐く。
かれこれ数時間前に感じた新入生の気配。
それがこの部屋に訪れるのを今か今かと待っていたのだが、一向にこない。
最初は下の階に戻ったのかと思った。しかし、気配はする。
どうやら、この部屋の周りをぐるぐる回っているようだが、何をしているのか。
この階層のMAPを埋めているのだろうか。
そういう律儀な者は多い。しかし、それほど複雑な構造はしていない。
とっくに埋まっていてもおかしくないはず。
では隠し通路や罠がないか調べているのか。
そんな高度な仕掛けはないし、初心者の迷宮に罠は設置していない。
だったら、新入生はさきほどからぐるぐると何をしているというのか。
ココノオは再びむふーーっと息を吐く。
これはイライラしている時の癖だ。ついでに尾も忙しなく動いてしまう。
どうしようもない癖だった。
『君は少し短気なんじゃないかな』
ココノオの癖を見るたびに、主はそう漏らしていた。
自分が特別に短気なわけじゃない。気の長さは一般的だとココノオは主張する。
『いーや、短いと思うなぁ。
だって、僕と戦ったときだってその短気で決着が着いちゃったわけだしさ』
主の圧勝だったではないかとココノオは思った。
自分は手も足も自慢の尾すら主には届かなかったのだ。
『あと、その性格。
少しは直しておかないと、また足元をすくわれちゃうかもよ?』
またも何もあるか、とココノオは憤慨する。
ぐるぐる。ぐるぐる。
未だに外で回り続ける新入生。ココノオの溜息が増える。
ぐるぐる。ぐるぐる。
ええい、何をしている。早くこの部屋に入ってこい。
入って、自分の姿を認識し、恐怖で足を止めろ。脆弱な己を呪うがいい。
この尾の先に結ばれた鈴を見事取ることができれば、お前の勝ちだ。
その猶予は与えないがな。
挑発するようにココノオは9つある尾のうち、鈴が結ばれている1本をゆるりと振った。
ちりん。ちりん。
鈴が鳴り、その音を聞きつけたのか新入生の足音が止まる。
来たか。ココノオは扉を見つめ、いつ新入生が入ってきてもいいように構える。
しかし、そんなココノオをあざ笑うように、新入生は再びぐるぐると回り始めたではないか。
むふぅぅぅーーーー。
もはや怒りを通りこして、白けてしまう。
当分は来ないか、と呆れながらココノオは台座で丸まる。
無駄に身構えていたせいなか、なんだか眠い。
どうせすぐには来ないだろう。
来たらすぐ起きれるようにココノオは浅い眠りに身をゆだねた。
『また足元をすくわれちゃったね』
まどろむココノオの耳に、主の声がやけに近くで聞こえた気がした。
***
「えっと、鈴ってこの鈴でいいのかな?」
ふわりと漂う甘い香り、すぐ間近で聞こえる少女の声。
ココノオはハッと目を覚ます。
いつの間にか、目の前には制服姿の少女がいる。
そして、その手には金色の鈴が握られていた。
鈴……!? あわててココノオが自分の尾を確認すると、
あるはずの鈴が消えていた。
まさかっ!! そんなはずは!! しかし何度見ても鈴は少女の手の中だ。
「この鈴を取れば私の勝ちでいいんだったよね」
なぜそれを。どうしてそのことを知っているのか。
ココノオは冷静を装いながらも、内心では冷や汗が止まらない。
「え、だってあなたがそう言ってたし……。
もしかして、独り言だったの? 聞いちゃまずいことだった?」
いや、心の中で呟いたつもりでしたとココノオは思った。
まさか声に出ていとは、あまつさえ少女に聞かれていようとは。
それにどうして、少女の接近を許してしまったのだろうか。
確かにうとうととして油断はしていた。
しかし、部屋の中に入れば気配ですぐ起きたはずだ。
いつの間に、自分は深く眠っていたのだろうか?
「ふふ、それとも。この匂いのせいで思考力が低下していた、とか?」
思考の海に埋没するココノオの前に少女は懐から小瓶を取り出す。
きゅっと蓋を取ると、少女から香っていた匂いが更に強くなった。
こ、れは……。
匂いを嗅ぎ取ったココノオの喉がごくりとなる。
体中の血が湧き上がるような感じがした。喉の音が、止まらない。
「それにあなたちょっと気が短いよね。
ぐるぐると足音を聞かされていらだってたでしょ?
だからこの独特な匂いも見落とした」
ではあれはただぐるぐると意味もなく回っていたのではなく、
最初からこの匂いで自分を動けなくするための作戦だったのか。
気配に意識を向けさせて、匂いに対して違和感を持たせないようにするための。
「迷宮の部屋と言っても、ここのは密閉された空間じゃなかったみたい。
小さいけど、通風孔っぽい穴が開いてた。
良く見ないと見落とすくらいのやつね。
そして、それはあなたがいる部屋も同じだった。
だから、ぐるぐる回って気配で撹乱しながら、匂いを送らせてもらったわ」
まぁ通風孔に気付いたのは、やたらあなたの声やら鼻息やらが聞こえてきて、
おかしいなって思ったからなんだけどね。
ついでに弱点の方も聴けてラッキーって感じ。
そう少女は笑って言った。ココノオも釣られて笑う。
なんだ、結局おのれの慢心が敗北を招いたのか。
そして短気だという自分の性格がもろに禍していた。
主よ。確かにまたしても足元をすくわれたようです。
ココノオは降参というように台座に体を投げ出す。
さあ、煮るなり焼くなり、契約するなり好きにしろ。新入生。
自分はこの匂いでもう動くことは出来ない。
見ろこの醜態を。そして、聴くがいい、このごろごろと勝手に鳴る喉の音を!
「うにゃあ~、しょうがないのにゃ~。マタタビには敵わんにゃ。
猫又のココノオにゃ~」
「えっと、物集柚子。天意高等学校の新入生です」
台座の上でぐでんぐでんになった猫を見つめる柚子。
思ったよりも可愛い口調に思わず胸がきゅんとする。
近所で愛でていた、白猫のタマキにそっくりなのである。
「よーし、新入生柚子! ココノオはお前と契約してやるにゃん!
ぱーとなーなのにゃん、よろしくなのにゃん」
「あ、はい。どうも。それよりお腹撫でてもいい?」
「撫でろ撫でろーにゃー」
ココノオの催促に理性がブチ切れた柚子。
このあと、めちゃくちゃ撫でごろしまくったとかなんとか。
中間ボスを無事クリアしパートナーとして、猫又のココノオと契約が完了する。
初心者の迷宮攻略も後半へと差し掛かりつつあった。