5つめ:初心者の迷宮1F(私物)
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また何かやらかしたのだろうかと柚子は首を傾げる。
いやいやまさか……何もおかしなことはしていない。
ただ、迷宮の壁に柚子印ゼリーほいほいを塗りたくっていただけだ。
私は悪くないっ!! と柚子は唸る。
いや、何も生徒手帳は悪いなどとは言っていないし、スキルの取得を教えてくれただけなのだが……。
「私物化かー、どれどれどんなスキルなのかな?」
とにかく取得したスキルを確認しようと、生徒手帳を取り出して、
そこに書かれた文面に目を通す。
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《私物化》
他者の所有物を自分の所有物に変更することが出来る。
ただし、発動には特別な条件が必要になる。
また、私物化状態には段階が存在し最終段階を満たすことで、
初めて他者の所有物を自分の所有物へと上書きする。
【条件】
何かしらの方法で、他者の物を自分の物として扱う。
方法は多岐に渡る(例:マーキング、長期間の所有、支配、洗脳など)
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「図書館の本とか借りパk……ごほん!」
思わず、まずい言葉が零れそうになるが、慌てて言葉を飲み込む。
スキルを確認した柚子は、次に私物化リストなる項目を開く。
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現在以下のものを私物化しています。
・初心者の迷宮(10%)
1階部分を占拠しています。
ダンジョンマスターのスキルの一部を使用できます。
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「……うわー、借りパクとかそんな小さいスケールじゃなかったわー」
スキルの重大さに冷や汗が流れる。
なんでダンジョンマスターもどきになってるんだ。
こんなスキルを持っていていいのか、自分に使いこなせるだろうか。
そんなことを1分だけ考える。
「使えるものは使っとけっておばあちゃんも言ってたし、
良しとしよう。そうしよう!!」
祖母の教育が行き届いていたおかげか、はたまた柚子自身の性格の
ずぶとさが幸いしてか、精神的なショックによる混乱をあっという間に
回復させた柚子は、ばっさりと割り切ることにした。
「ダンジョンマスターのスキルは……よし、これを使おう。
『コマンド:リターン』」
さっそくダンジョンマスターのスキル一覧を確認し、
コマンド:リターンを使って、安全地帯までワープした。
「ただいまー」
もはや我が家のような安心と温もりを感じつつある安全地帯。
とりあえず、地面に腰を下ろして生徒手帳を眺める。
スキル「私物化」の効果でなんちゃってダンジョンマスターになってしまったが、これを有効に活用しない手はない。
どこまでできるのか、どの程度の権限を持っているのか調べていく。
「内部オブジェクトのエディット……もしかして、ドアさんを自由に設置出来たりするのかな?」
ダンジョンマスターのコマンド一覧の項目からダンジョンエディットというのを
発見した。これを使うとどうやら壁や扉を自由に取り外し出来るようだ。
柚子はエディットを起動すると、初心者の迷宮1階のMAPを表示させる。
さきほどまで壁を塗り続けていた場所なので、どんな感じになっているのか
だいたいは把握していたが、改めてみると結構入り組んだ構造をしていたようだ。
「よし、じゃあまずはリフォームね」
柚子は外壁とこの安全地帯の部屋部分だけ残して、迷宮の内壁を全て選択して削除する。ずずんと遠くの方で地響きが聞こえた。
恐らく柚子のコマンドによって迷宮の構造が変化した音だろう。
MAPを確認すると、内壁が全て消えて巨大なワンルームへと変貌していた。
いや、安全地帯を入れると2部屋か。
ともかく、ドアさんを開けると広い空間が広がっていて、
部屋の奥に2階への階段があるという、とてもシンプルな構造へと早変わりした。
「ここから更に縮小してっと」
巨大なワンルームを指定して、部屋のサイズを小さく設定。
これで、安全地帯を出ると目の前に階段があるだけの部屋が完成するはずだ。
『警告! 部屋が小さすぎます。
最低でもモンスターを1体生み出すスペースが必要です』
「あ、警告食らった……モンスターを湧かないようにするのは出来ないのか」
警告メッセージを読んだ柚子はそれならばと部屋の間取りを変更する。
隅のほうに小さい部屋を作り、そこでモンスターが生まれるように設定してみた。今度は警告は出なかった。
「よし、これで1階部分は安心して通れるようになったな。
お次にドアさんを2階へ……む、2階はまだ私物化してないから
選択出来ないか。けど、ドアさんの設置は出来るっぽいし、
2階を私物化してからドアさんを設置しよう」
そうしたら、またドアさんのドアバンライブで経験値がたんまりだ、と
柚子はほくそ笑む。
「そろそろ1階の敵じゃあ経験値が少なくなってきたとこだったし、
ドアさんを2階にも設置出来るなら、2階で稼がせてもらうしかないでしょ」
迷宮のリフォームを終えた柚子はこてを携えて、さっそく2階へと向かうことにする。
「しぶつーだ。迷宮はー。私のホームー。マイホーム、マイホーム。
マイ、しーぶつ、ほーむぅー」
気分良く鼻歌を歌いながら、ドアさんを勢いよくばーんと開ける。
ドアはゆっくりと開きましょうというマナーはまたもや無視された。
というか、守る気ゼロ。皆無である。
壊さんばかりの勢いで開かれたドアさん(破壊不可があるので壊れないけど)は、衝突事故のような音を発しながら壁にぶつかる。
ついでに何かをプレスしたような生々しい音までした。
「あ、あれ?」
なんか前にもこんなことあったようなと冷や汗を流す柚子。
恐る恐るドアさんの裏側を覗いてみると、悲惨な姿になったゴブリンの死体が。
すぐに顔を引っ込めて、喉元まで上がったきた胃液をなんとか堪える。
「うえぇ……」
ゼリーならまだしも、人に近い形をしたゴブリンのミンチ死体は直視出来ない。
なんてオーバーキルだよぉ、と柚子は反省。
生徒手帳からも部位取得不能だと警告されてしまった。
「と、というか……なんでゴブリンがここにいるの?」
吐き気と戦いながら、柚子はMAPを開く。
「き、きちんと改装出来てるよね。現にこうして目の前にすぐ階段があるし、
あっちの奥の部屋がモンスタールームだから……問題ないはずなんだけど」
どうしてドアさんの前でゴブリンがスタンバっていたのだろうか?
湧き設定に問題があったのか。
もしや、モンスタールームではなくこの部屋で生まれる設定になってるのか。
あわてて設定を確認してみたが。
「えーっと。いや、あの部屋で生まれるよう設定になってるなぁ。
ふぬぬぬぬ…………わからない。どういうこと?」
何度も確認し微修正を加えてみたものの変化なし。
さてどうしたものか、と柚子が本気で悩み始めた頃、
奥のモンスタールームのドアががちゃりと音を立てて開いた。
「は?」
「ぐげ?」
出てきたのはゴブリンだ。
柚子とゴブリンは驚いてお互いに硬直し合う。
「「……」」
「って、お前ドア開けれたんかぁーーーー!!」
「ぐげ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃーーーー!!」
互いに好き勝手なことを叫びながら、武器を振りかざし交える。
棍棒とこてががちがちと音を立てて弾き合う。
「ぬぐぐ、まさかゴブリンにドアを開くだけの知能があるなんて」
めちゃくちゃに振り下ろされる棍棒をこてでいなしながら、
柚子は悪態を吐いた。ゴブリンもゴブリンでぎぃぎぃと悔しそうに鳴いている。
たぶん、ゴブリン語で「おのれ人間、出待ちとは卑怯なり」とか言ってる
のではないだろうか。
なんだか互角のいい勝負になっているように見えるが、
使っている武器の性能は柚子の方が断然上である。Lvは互角だが。
予想外の出来事に動揺してしまい、防戦になっているのだ。
その動揺もこてを振るっているうちに、徐々に収まってきていた。
むしろ、気分高揚の効果でどんどん好戦的になってきていた。
「ふん。足元が甘い」
「ぐぎゃ!」
腰を落として左足で足払いをすると、小柄なゴブリンの体が地面に転がる。
反対の足で、ゴブリンの体をボールのように蹴り飛ばして、
壁にシュートを叩きこむ。
「ふぎゃああ!!」
「終わり」
無防備になっているゴブリンに向かって、一撃必殺のこてを投機してやる。
こてはゴブリンの頭を貫いて、そのまま壁にゴブリンを張り付けた。
ゴブリンはそのまま絶命し、柚子はこてを手放したことで正気に返った。
「……あ」
壁に縫い付けられたゴブリンの死体を見て、やってしまったと溜息を吐く。
「潜在能力っていうより、もはや呪いだな」
ゴブリンの死体を直視しないようにしながら、生徒手帳を近づけて
戦利品を確保する。
「しかし、ゴブリンはドアを開けるのか……。
だったら、出現モンスターを指定して、ゼリーだけしか出ないようにしよう。
まさか、ゼリーがドアを開けたりはしないだろうし。
あー、権限制限に引っかかった。モンスターの指定は出来ないのか……。
じゃあ、ドアを無くして閉じ込め……1部屋に最低でも1つのドアを付けること? あーもう! かゆいとこに手が届かないなー、くそー」
試行錯誤を重ねた結果、こうなった。
「ぷるるる!」
カチッ。
「ぷる?」
バタァーーーーン!!
「ぴぎぃ!?」
生まれた瞬間、ドアさん(2枚目)に叩きつけられ絶命したソーダゼリーを
見て、柚子は良しっとガッツポーズを決める。
「ふぅーー、これで安心だ。
ちょっとうるさいけど、モンスターが湧く間隔を長くしたから大丈夫でしょ」
モンスターを生み出す位置を指定して、そこにトラップのスイッチを設置。
生まれた瞬間、モンスターの重みでスイッチが起動する。
スイッチはドアさんと連動していて、起動した瞬間にバーンと内側に開かれる。
こうしてモンスターを撃退。外には一切漏れないようになった。
「モンスタートラップルーム作戦成功。
これ、Lv上げにも使えるよね。
2階の私物化が出来たら、本格的に構造を考えてみようっと」
これで邪魔をするものはいない。
仕切りなおして、こてとゼリー入りのバケツを携えた柚子は2階の階段を上がって行った。