3つめ:ダンジョンドア(通称:ドアさん)
小説を閲覧いただきありがとうございます。
感想、評価、ブクマ等いただけましたら、作者は大変喜びます。
どうぞよろしくお願いします。
「ふっふっふ。大量大量」
倉庫から出て、迷宮へと続くドアの前に戻ってきた柚子。
骨董品のほとんどを皮のトランクに収納して柚子はご満悦だった。
そういえば今は何時だろう。柚子は生徒手帳から時計を確認する。
『10:30』
リヒターにこの迷宮へと突き落とされてから、1分1秒も経っていなかった。
あれおかしいな、故障だろうかと首を傾げるものの。
「迷宮で何時間過ごしても、地上では1秒も時間が進んでいないだっけか」
そんなことを教師が言っていたなと思い出す。
「お腹は減るみたいだけどねー」
きゅるると音を鳴らす腹をさすりながら、
とりあえず、倉庫から拝借してきた携帯食を食べて腹を満たすことにする。
食料、そして飲料はたんまりとあったので、飢え死にする心配はなかった。
時間が分からないままというのも不便なので、柚子は生徒手帳を操作して、
時計の設定を地上時間からこの迷宮内の時間へと変更しておく。
『15:34。滞在日数0日目』
「あー結構時間経ってるな」
時間が正確に分かると、そろそろ迷宮攻略に入らないとまずいという気持ちになった。
「明日からにしようかな……」
不安からなのか、先延ばしにしてもいいんじゃないかという心の甘えがちらつく。のそのそと時間稼ぎのようにゆっくりと携帯食を咀嚼し飲み込む。
それからペットボトルの水を一気にぐいっと飲み空にした。
「あーやめやめ! やるといったら、やる!
今日出来ないことが明日になったら出来るという保証はない!!」
柚子はべしんと両手で頬を叩いて、邪念を打ち払い気合を入れる。
レザートランクを抱えて、勢いよく迷宮のドアの前まで足を進めた。
柚子は真剣な面持ちで迷宮のドアと向かい合う。
「すーはー……」
ドアノブを掴みながら柚子は深呼吸をした。
ここを出れば、モンスターが徘徊する危険な迷宮内に足を踏み入れることになる。バーチャルではない本物のモンスターと遭遇するのだ。
ドアノブを掴む手が自然と力み、じっとりと汗が流れる。
「しっかりしろ私。まだ異世界にすら行ってないんだぞ。
こんなところで尻込みしてる場合じゃないっての!」
再びくじけそうになる自分を叱咤して、緊張をほぐしていく。
「――っ!! いよしっ、行こう!!」
ガチャリとドアノブを回して、ドアを壊さんばかりの勢いで、
思いっきりばんっと開く。
ガコンとドアが壁に衝突する音と、べちゃりと何かを潰したような音がした。
「あ、れ?」
何とも言えない手応えを感じて、開いたドアの向こう側を覗き込むと、
ドアと迷宮の壁にサンドされた憐れなスライムが1匹息絶えていた。
恐らく安全地帯の入口付近で出待ちしていたのだろう。
しかし、ドアはゆっくりと開きましょうというマナーをしれっと無視した
柚子の行動力の前にあっさりと敗れ去ったのである。
生徒手帳が光り、新着情報があることを柚子に知らせた。
『ソーダゼリーを倒しました。ダンジョンドアはLvアップしました。
モンスターの死体に生徒手帳をかざすと、モンスターの部位が取得できます』
「ちょ、ちょっとまって! なんでダンジョンドアがLvアップしてんの!?」
『《成長:道具1》の効果により、アイテムにも経験値が分配されます』
「いやそりゃ知ってるけど……ダンジョンドアってアイテム扱いなの?」
柚子が頭を抱えてうんうん唸っていると、万能な生徒手帳は
彼女の悩みをすぐさま解決してくれた。
-----------------------------
名前:ダンジョンドア(レジェンド)
LV:2
耐久:攻撃なんて無駄ですよ?
力 :みなぎるドア力
敏捷:おっと、それは残像だ
必殺技:聖扉ドアバーン(条件:フルコンボで敵を攻撃する)
潜在:破壊不可、敵侵入不可、攻撃速度上昇、複数回攻撃、コンボプラス
フルコンボ達成だばん!、???
-----------------------------
「うおおぉい!! 何なのこの伝説の武器は!? 隠し武器っ!!
真の武器は倉庫じゃなくて目の前にあったってことなの!?」
相変わらずパラメータ部分は参考にならないが、言葉だけ見ると
もうこのダンジョンのボスなんて瞬殺出来そうなレベルだ。
なんか必殺技までおまけで追加されている。
潜在能力が凶悪過ぎて、敵さん終了のお知らせ状態だ。
柚子には害のないドアだが、妙な威圧感を感じて距離をおく。
流れる冷や汗は別に畏怖から流れているわけじゃない。断じてない。
それから、今度から「ドア」ではなく「ドアさん」と呼ぼうと
柚子は心に決めた。
ドアさんのステータスを存分に観賞したあと、柚子はソーダゼリーの死体に近づく。ぷるぷるとしたゼリー状の身体に生徒手帳を当ててみた。
生徒手帳から光が放たれ、ソーダゼリーをスキャンしていく。
「解体機能を使用します」と音声がしたあと、ソーダゼリーの死体は
光の粒子となって消える。
消えた死体のあとには、一回り小さくなったソーダゼリーの欠片が残された。
『ソーダゼリーの肉片を入手しました』
「解体する意味ないでしょ……」
小さくなって取り分が減っただけじゃないか。
微妙に損した気持ちになりながらも、ソーダゼリーの肉片を回収する。
ぶにぶにとした感触が気持ち悪い。
この感触が好きだという人間もいるのだから、世の中って
何があるかわからないよなぁと柚子は思った。
それにしても、このぶにぶに……何かの役に立つのだろうか。
柚子は生徒手帳からソーダゼリーの肉片の情報を呼び出す。
-----------------------------
名前:ソーダゼリーの肉片
LV:1
魅力:もてもて?
潜在:???
-----------------------------
「うぇ……こんなぶよぶよに魅力なんてあるわけないって」
などと言いつつも、しっかりと潜在能力を引き出す。
-----------------------------
名前:ソーダゼリーの肉片
LV:1
魅力:ゼリー界のアイドル
潜在:敵を引き寄せる(ゼリー種限定)
-----------------------------
「これは……」
潜在能力を引き出され、あやふやだった魅力が確かなものへと変わる。
……少なくとも同族にとってはだろうが。
ソーダゼリーの潜在能力を見て何かひらめいたのか、
柚子はぶよぶよしているゼリーの肉片をドアさんに塗りたくった。
触るのも嫌だったゼリーの肉片をぎゅむっと掴んで、
隙間なくべたべたと丁寧にドアさんに塗り込んでいく。
「そして、できたのがこちら!!」
誰に紹介しているのか意味不明であるが、
柚子の視線の先には、ゼリーの肉片まみれのドアさんがいた。
『即席、ゼリー界のアイドル級の魅力を持ったドアさん』の完成である。
そして、ドアさんを閉めて柚子はドアさんの前で待機する。
しばらく待つと、ドアさんの向こうからうぞうぞと何かがひしめく気配が。
アイドルのファンたちが盛大に集まってくれたようだ。
「ふふふ、やってきたなゼリー共。
ゼリー界アイドル級のドアさんのドアバンライブが始まるよー。
ゆっくりしていってね?」
ドアノブを掴み、悪役面をした柚子が容赦なくドアさんを開け放った。
開け放って、そしてそれを閉めたっ!
――開けた! 閉めた! 開けた!! 閉めた!!
――開けた! 閉めた! 開けた!! 閉めた!!
音にするとこんな感じになる。
――バンッ! ババッバン! バンッ! ババッバン!
ばんばばばんばん、リズムに合わせて軽快にドアが開け閉めされ続ける。
――バンッ! ババッバン! バンッ! ババッバン!
さらにドアは加速し続ける。
――バッバババババババッババババババババババババババババッ!!!
もはや音と音がくっついて、『バーーー』という1つの音に聞こえる。
時々、「フィーバー突入」という掛け声がかかったり、
ノリノリのBGMに切り替わったり、拍手が沸き起こったり、
「フルコンボ達成! 必殺ドアバーン!」と盛大に音声が流れたりした。
まるでゲームセンターだ。ここが迷宮だと忘れてしまいそうな騒音だった。
この騒音は夜通し続けられ、迷宮内の魔物に恐怖と騒音を与え続けた。
「やったね! もう1回殺れるバン!」