1つめ:全知全能なる生徒手帳
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くらくらとする頭を押さえて、柚子は倒れていた身体を起こす。
辺りを見渡せば、見たこともない部屋だった。
青っぽい色をした岩壁に囲まれた何もない部屋だ。
確か自分は体育館で入学式の最中だったはずだが……。
そこまで考えて、次々と色んな記憶が頭の中に蘇ってくる。
異世界へ渡る者「転移者」を養成する学校。
その中でもとりわけ規模が大きく、入学志願者が後を絶たないことで
有名な名門校「天意高等専門学校」。
柚子は凄まじい競争率に打ち勝ち、その学校に入学出来た幸運な人間の1人だ。
だったのだが……。
「そうだ……あの教師にここへ飛ばされたんだっけ」
入学早々に身体検査を実地され、それが済めば追いやられるように体育館へ
集合させられた。入学の祝辞や在校生からの歓迎のあいさつもそこそこに、
やたら上から目線な教師が出てきたかとと思えば、有無も言わさずに学園が所有する迷宮に放り込まれる。なんとも荒々しい洗礼を受けた柚子たち新入生。
しかも結託してクリアさせないように、1人1人別々の場所へ飛ばしたらしい。
強引に迷宮へ放り込んだ教師……リヒターの言葉が柚子の脳裏によみがえる。
『君たちには軽ーく簡単な迷宮を攻略してもらうから。
クリアするまで地上には帰れないからそのつもりでね。
心配しなくても、すごく簡単な迷宮さ。
クリア出来ないほうが難しいから、安心しなよ。
その名もずばり<初心者の迷宮>。
ね? なんか簡単そうな名前でしょ?
全部で10階まであって、5階に中ボス10階にボスがいるそれだけの迷宮さ。
うん、実にイージーモードだよね!
内部も複雑じゃないし、道なりに行けば迷うことはない。
特別サービスとして、最初は安全エリアに転送するから、
そこで準備を整えること。
もしも死んでもその場で全回復して復活だから、
ゾンビアタックしてもクリア出来るよー良かったねー。
ちなみに迷宮と地上では時間の流れが違うから、仮に1年かかったとしても、地上では1秒も経過してないから。腕に自信がないなら10年でも20年でも籠って、Lv上げするといいんじゃない?
ここまでサービスしてあげたんだから、どんな手段を使ってもクリアすること』
「適当なことばっかり言ってくれちゃうし、
重要なことをさらっと混ぜ込んでくるし、あーもう……最悪だぁ」
リヒターの言葉を要約すると、つまりこういうことだ。
文字通り、死ぬ気でクリアしろ。
クリアするまで迷宮から出られない。
その為の設備は十二分に用意したから出来ないとは言わせない。
「鬼だよ、あの人……」
新入生に対して笑顔で非道な行いを働いた教師に対して、
自然とそんな言葉が零れ落ちた。
もっとも、鬼すら可愛いものだと知るのもそう遠くない話なのだが。
「とにかく落ち着こう。あの教師は最初は安全地帯に飛ばすって言ってたよね。
ということはここに危険なものはないってことだ」
誰も人はいないが、柚子は自分に言い聞かせるように独り言をもらす。
声に出すことによって、精神を落ち着かせよう作戦である。
「次にこの迷宮を脱出するための方針を考えるんだけど。
あ、その前にステータスの確認をしよう。
なんか改造手術を受けて色々できるようになってるらしいしね」
今の柚子は改z……ごほん、ではなくて身体検査によって
特殊な能力を付与されていた。
「神の加護」「ギフト」などと呼ばれたかつての架空の産物であり、
今は「スキル」としてこの世に存在する。
ここならならじっくりと確認出来るだろう。時間もたっぷりとある。
「生徒手帳から確認出来るんだっけ? えっと、手帳手帳……」
柚子は学生服のポケットから自らの生徒手帳を取り出した。
「天意高校学生手帳……くぅ、かっこいいなぁ……」
柚子は手の中に納まる長方形の物体をうっとりとした表情で見つめる。
生徒手帳の見かけは手帳とはずいぶんかけ離れていた。
名刺ほどの大きさで、銀色に青いラインが入ったカード……のような精密機械。
これが、天意高等専門学校の生徒手帳だ。
現代科学と異世界の技術が惜しげもなく使われた生徒手帳。
というよりも、もはやPCも真っ青なハイテク機器である。
あと何気にデザインが素晴らしくかっこいい。
学生証、学校生活の心得など、普通の生徒手帳にも記載されている事柄から、天意高等専門学校敷地内のMAP(自分の現在地付き)、自分の学業成績、出席率、購買で利用するポイントの残高、各種申請が必要な手続きの申し込みなど、上げれば切が無いが必要なデータがぎっしりと詰まっていた。
天意高校で生活するうえで、なくてはならない存在だ。
それに何とも手放しがたいクールなデザインだ。
機能が多すぎて、使い方が分からないという生徒は多く、
そんな生徒のために、生徒会が立ち上げた「天意高生徒手帳wiki」なるものまで存在する。そこには、在校生が簡単な操作手順から、これは覚えたほうがいいというポイントなどを記載してくれている。
明日から使いこなせるお洒落アイテム、それが天意高校の生徒手帳である。
「こうして表面をすぅーっと……」
柚子が指でカードの表面をなぞると、青いラインが発光する。
カードに使われている液晶魔石<リキッドマジックストーン>に
ため込まれた魔素<マナ>が放出される。
魔素の光が四角を形作ると、仮想ディスプレイが浮かび上がった。
柚子はディスプレイのトップに表示されている検索ツールを起動し、「学生証」と打ち込む。
ちなみに入力するには、カードに触れたまま念じるだけでいい。
すぐにディスプレイは柚子の望みの物を表示させた。
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天意高等専門学校 学生証
学生番号:0333
学年:新入生
氏名:物集柚子
LV:1
職業:《学生》《アイテムユーザー》
力 :普通
敏捷:そこそこ
体力:やや少ない
魔力:高い
知識:狭く深い
精神:ずぶとい
運 :嫉妬するほどある
異能:《引き出す1》《制限解除:道具1》《成長:道具1》
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表示された情報に柚子は頭を抱えた。
いや柚子でなくとも頭を抱えるような内容だった。
「普通こういうのって数字で表示するんじゃないの?」
Lvくらいしか見るところがないではないか。
だいたい力が普通とはなんなのか。何に対して普通だというのか。
せめて比較対象ぐらい書いていれば使いものになったのに。
柚子は役立たずのパラメータは無視して、異能と書かれた項目に移った。
「えっと、異能って……ああ、スキルのことね」
見慣れない単語に柚子は首を傾げるが、すぐに思い出し自己完結させた。
異能とはつまりスキルのことだ。スキルとは俗称で正式には『異能』と呼ぶ。
その由来は、「この世界の法則とは異なる力を生む」ことから付けられた。
もっとも、ほとんどの人はスキルと呼び、正式名で呼ぶことはない。
せいぜいテストで「異石によって付与される才能の正式名を答えよ」と聞かれた時に、答えられればいいぐらいである。
「《引き出す1》《制限解除:道具1》《成長:道具1》かぁ。
これだけ見てもなんのこっちゃって感じよね」
詳細がみたいなーと思っていると、生徒手帳はそんな柚子の脳波を
素早く読み取り、詳細を知りたい部分を指でなぞるように案内した。
柚子は少し驚いたような表情をしたあと、指示に従い操作する。
まずは職業の確認から行うことにした。
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【職】学生
在学している者に与えられる職業。
学生の資格を失うと同時にこの職業は失われる。
【効果】
取得経験値量UP
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「ほお、経験値UPかー。ありがたやありがたや」
続いて柚子は2つ目の職業である「アイテムユーザー」の文字をなぞった。
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【職】アイテムユーザー
あらゆる道具を使いこなす専門職。
【効果】
専用スキル解放
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「うー、えーっと。要するにアイテムを駆使して戦えってこと?
爆弾を投げたりとか薬品で状態異常にさせたりとか。
今のままだと間違いなく使えない職業っぽいような。
スキルの詳細確認は……」
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《引き出す1》
道具に眠る潜在能力を引き出す。
ランク:コモンまでのアイテムの潜在能力を引き出せる。
《制限解除:道具1》
Lvによる道具の使用制限を解除する。
《成長:道具1》
道具に経験値が割り振られるようになる。自身の取得経験値が減少する。
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どう見ても己を強化するよりも、アイテムを駆使して戦えと
言わんばかりのスキル構成だなと柚子は思った。
道具……つまりアイテムに経験値が割り振られるとはどういうことだろう。
経験値を得ると、アイテムのLvが上がるのだろうか?
いや、そもそもアイテムにLvなんてあるのか?
Lvが上がったアイテムはどうなってしまうのか。
質が上がるのか、より強力なアイテムへと変化するのか。
分からないことだらけのスキルに柚子は少々不安を覚えた。
そして、そんな謎スキルのせいで自分の取り分(経験値)が減ってしまうのは
痛い。どのくらい減少するのだろう?
学生の職業効果と相殺になればいいが、さらにマイナスになったら困る。
とにかく、Lvは上がりづらいと認識しておこうと柚子は思う。
ステータスの確認が終わり、一息ついたあと柚子は今後の方針を決めた。
「アイテムを駆使して、出来る限りLvを上げてクリアすればいいってことだ」
柚子は自分に気合を入れる。
Lvが上がりづらいのがどうした。
上がりづらいだけで、上がらないわけじゃない。
Lvを上げたいなら、人よりも多くの経験値を得ればいい。
スキル構成に不安があるから何だというのか。
不安の原因は、そのスキルのことを良く知らないからだ。
だったら、たくさん使って知っていけばいい。
そして、自分の手足のように使いこなせるようになってしまえばいいのだ。
そう思うと自然とスキルに対しての不安はなくなる。
むしろ長年連れ添った相棒のようにしっくりとなじむような気さえしてきた。
「伊達に骨董屋の孫なんてやってないんだから。
アイテムの扱いなんてお茶の子さいさーいってもんよ。ふふん。
最悪、アイテムだよりで低Lvで走りぬけるってのも手よね!」
腕を組みながらドヤ顔をする柚子。
他人がいたら頭の痛い子扱いをされそうだが、幸いなことに誰もいない。
「よーし、そうと決まればまずはブツを集めるわよ。
幸い、向こうに何か倉庫っぽいドアが見えるわ!
あそこに初期装備なり何なり、使える物があるはず。いざ突撃ーー!!」
突撃ーーと景気よく飛び出したはいいものの、うっかり迷宮のドアを開けそうになって、生徒手帳より警告を食らったのはご愛嬌だ。
柚子曰く「いやだって隣同士にドアがあるのが悪いじゃん」らしい。
さっそくアイテム(生徒手帳)に命を救われた柚子であった。