扉
ゆっくりと開く扉を、ベッドの上に身を預けた女は、透き通るような青色の眼で見つめる。現れた人の姿にも女は驚く事は無く、淡々とした表情で男を迎え入れた。
長身の身体を揺らし、真っ直ぐ目標を見つめ男は足を進める。近付く男に合わせ、女は身体を起こし壁に身を寄り掛からせる。
深い息が女の口から漏れた。
部屋の中で聞こえるのは、男が立てる靴音と女の息だけ。
女の目前まで近寄った男は、固く結んでいた唇を僅かに緩める。女は男が微笑みを見せたのかと思い、少し驚いた表情をする。
――気の所為だ。
また、女の口から溜息が漏れる。
ここに連れて来られ幾日も過ぎるが、女は男の笑う顔など一度も見た事が無かった。男は憎い敵である。自分から家族を奪った。
それなのに、怒りを覚える事無く、寧ろ男が訪ねて来るのを心待ちするようになっている。
一瞬でもいい、笑みが見たい。そんな望みさえ抱くようになった。
立ち止まった男は、無表情のまま女を見下ろしている。言葉は無い。いつもそうだ。ベッドに横たわる自分を見つめ、やがて身体の向きを変えて部屋から去って行く。
だから、今日は身体を起こして見せた。自分の様子を気にして訪ねて来るのであれば、回復した姿を見せれば何かしらの反応をするだろう。
心臓が高鳴る。
まるで恋をした乙女のように、女は期待に熱くたぎる胸を押さえ、男をじっと見据える。
何も起こらない、静かな時間が過ぎていく。
空虚な間に耐え切れず、女は男から視線を外した。女の耳に、耳鳴りが聞こえ、それは家族の断末魔に変わっていった。
青い瞳が潤み、涙が溢れ出す。
たった一人生き残ってしまった悔やみと、寂しさと、敵を愛した自分を詰りながら、女は泣いた。
俯き泣き崩れる女は、男が立ち去る靴音を聞き更に嗚咽を部屋に響かせる。
男は一度も振り返る事無く、扉の前に立つとドアノブに手を伸ばした。
「済まない」
扉を開いた男は、眉を顰め苦しげな表情でそう言った。
しかし、女の耳には扉が軋む音しか聞こえていなかった。
そして、扉は静かに閉ざされた。