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僕たちは壁にあった文字についての討論を終えると、城内の探索を続けた。途中にあった階段を登り、今は城の三階に来ている。目の前にはかつては豪華であったろう扉がある。だが、今では傾いている。ブースカットはその扉に手をかけた。
「……て」
「何?」と言おうとした僕の口を、ヒッチが抑えた。そして口に指を一本当てる。
静かだ。
否。
「………………」
心臓が激しく跳ねる。僕はヒッチを見た。ヒッチも僕を見て頷くと、ブースカットに目で合図を送る。僕たちはゆっくりと後退した。扉から離れ、僕たちは固まる。
「風の音?」僕は小声で言った。だがヒッチは首を振る。
「風の音なら、さっきからずっとしている」アンナは首を傾けた。「今のは人の声よ」
僕は扉の方に視線をやった。ランプの光は届かず、輪郭でさえ見えない。真っ暗だ。僕たちはそれぞれ手に持っていたランプを中央に置くと、そこに輪になって座った。
「人の声のはずがない。きっと獣の咆哮だ」
「そんなはずないわ。人の声よ」
「こんな場所に人がいるはずがない。それに」ヒッチも扉に視線を送った。「もし人がいるのなら、あそこから光が漏れてないとおかしい」
「暗闇が好きなのかも」アンナは俯きながら言った。「人じゃないって考える方が恐いわ。聞こえてきた声は小さいし、何と言ってるのか分からなかったもの。あの部屋に人がいるとは限らない」
「ふん」ブースカットの鼻息は、またかなり弱い。「人じゃなきゃ何だってんだよ」
「とにかく慎重にことに当たろう。まずはあの部屋を調べてみる。いいな?」
僕は頷いた。
「分かったわ」
「うん」
「そうだな」
僕はまた違和感を覚える。ヒッチが提案し、僕は頷く。返事は三回。中央にランプは四つ……
「よし、行こう」ヒッチはランプを持つと立ち上がった。
僕たちも後に続く。右手にアンナを握り、僕の左手は、やはり何も持っていない。僕の前に四つのランプがゆらゆらと揺れている。
ブースカットが再び扉に手をかけた。だが、ヒッチはそれを抑えると扉に耳を当てる。
「………………」
ヒッチは唇に再び人差し指を当てると、扉に力をかけた。
ぎーーーーーっ。
小さな音だが、それはよく響いた。僕の心臓が激しく打つ。アンナは、恐くないのだろうか、扉の前に立ち、開いた空間を見つめていた。
「誰もいないわ」アンナが言った。「でも、ちょっと待って、あそこ……」
バタンッ。
途端、何かが閉まる音が大きく響いた。
「ふんっ」ブースカットの鼻が大きく開く。
ヒッチは扉を大きく開け、ランプの光を中にかざした。僕たちも慌ててそれに続く。弱い光が室内を照らす。
僕は、そこが、アンバスカルの城であることが、とても信じられなかった。ランプの光に照らされた内装は、とても整っている。正面には屋根のついたベッド、隣りにはクローゼットの類、机も椅子もある。床には、カーペットさえ残されていた。
だが誰もいない。
ヒッチ、ブースカット、アンナが部屋に入り、僕は最後に扉を抜けた。上を見ると、天窓があった。ちょうどまっすぐ先に、丸い月が見えている。もし、誰もランプを持っていなかったとしても、僕たちは充分に室内を観察できるだろう。
僕は正面を見た。
!!
僕の前に影が、四人の頭が、揺れている。
僕の心臓が大きく跳ねる。「ア、アンナ!」一番後ろにいたアンナが振り返った。「だ、誰だ?」僕の疑問を理解できなかったのか、アンナは首を傾げた。
「ねえ、お兄ちゃん、これ、見て」逆にアンナに手招きされて、僕はアンナに近づいた。僕たちは、再び輪を作ると、中央の床を見た。「この下、きっと私たちに気が付いたんだわ」
床には、小さな穴が開いていた。
ブースカットの息を飲む音が聞こえる。ヒッチはすでにランプを床に置き、穴から下を覗いていた。ヒッチは不思議な表情をして、顔をあげた。眉間に皺を寄せている。それから順に穴から下を覗く。
僕の番は最後だった。穴の中を見ると、最初は何も見えなかった。暗かったのもあるし、焦点があっていないのもあった。しばらく見ていると、輪郭があらわれてくる。部屋の大きさは同じくらいだろう、四角の形が見える。だが、何も置かれていない。ちょうど、穴の真下から少しずれた所に、椅子があった。そこに、暗くてよく分からないが、人が座っているように見える。それは俯いていて、表情はうかがえない。僕は顔をあげた。皆顔がこわばっている。
「人、だよね?」僕は声に出した。誰もすぐには答えない。
「あたしが部屋を覗いたときね」アンナも眉を寄せながら、しゃべりはじめた。「部屋の真ん中から光が見えたの。まっすぐ伸びてて」
「俺も見た」
「けどそれが突然消えて、扉が閉まるような音が響いたから」
「ふん」ブースカットは腕を組む。「俺たち以外の誰かがいるってことだ」
「人、だよね?」僕はもう一度言った。「下の、椅子に座ってるのって」
「座ってるんじゃないかもしれない」ヒッチは頬に手を当てた。「さっきまでは下の階に光があったけど、今はない。考えてみれば分かると思うけど、今、このランプの光は下にまっすぐ伸びてるはずだ。それに声も届いている」
「けど、少しも動かなかったわ」アンナが続ける。「動けないのか……」そこで言葉を止める。
「わっ」
僕は悲鳴をあげた。突然ランプの光がすべて消えてしまったからだ。辺りが真っ暗になり、僕は、とっさにアンナを探した。すぐに僕はアンナの手の温もりを見つけた。左手も、ブースカットだろうか、僕よりも大きな手を握る。
「何で?」
誰も答えない。僕は震える体を我慢しながら、右手に力を入れた。




