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ランプの明かりはなんとも頼りない。今はむしろ、扉から差し込む月明かりの方が強いほどだ。
「みんなランプは持ってきたか?」ヒッチは言った。だが誰も返事をしない。「おいおい、誰も持ってきてないのかよ」
ランプの光が下がると、それは床に置かれた。隣りにヒッチのバックパックが置かれる。ヒッチはそこからまだ灯っていないランプを取り出した。それをブースカットに渡すと、ブースカットはそれをアンナに手渡した。ヒッチのバックパックからはまだランプが出てくる。それは順々に手渡された。
「よし、点けるぞ」そう言うとヒッチは、それぞれの手に持たれたランプに火を点けた。
ぽーっと僕たちの周りが明るくなる。
刹那、僕たちの背後で大きな音がした。僕は驚いて振り返ると、僕たちが入った扉が閉まっていた。
「嘘っ」アンナが声をあげる。
僕は急いで扉まで戻ると、それを開けようと試みた。が、手が震えてうまくいかない。
「何やってんだ」ブースカットが鼻を鳴らして、僕を押しのけると扉に手をかけた。だが扉は開かない。「あれ、閉まっちまってるぞ」
「か、風だろ?」
「閉まるだけならともかく、なんで開かないんだよ?」
誰も答えなかった。沈黙は恐ろしいが、誰も何も言えない。
「ちょっと待って」僕は、別のことに気が付いて言った。「僕のランプは?」
アンナの手にはランプが握られている。ブースカットの手にもランプが握られている。ヒッチのランプは床に置かれているが、僕のランプだけ見当たらない。
「何変なこと言ってるんだよ」ヒッチはため息をつくように、床にあったランプを手に持った。「今俺は三つのランプに火を灯した。もともと俺が一つランプを持ってきたわけだから、ここには四つのランプがあればいいわけじゃないか」
もう一度僕はランプの数を数える。それぞれの手に持たれたランプが三つと、床に置かれているランプが一つ。確かに四つのランプがある。
「たく。城内を調べていけば別に出口が見つかるだろう。そこを探そう」ヒッチは後ろを向いた。ブースカットもその隣りに並ぶ。僕はやはりアンナと一緒に二人の後ろに並んだ。「思ったほど中は荒れてないようだな」
ランプの光が四つ、僕の前で揺れている。僕は右手でアンナの左手を握り、左手を口元に当てた。光に照らされた床は、荒れてはいるが、ヒッチが言うようにひどくはない。だが、僕の視線は城の内部よりも、自分の左手に注がれている。
僕は左手にランプを持っていない……。
僕はアンナを見た。前を向き、右手で持ったランプを前に掲げている。その光に照らされて、アンナの顔は赤く見えた。その視線が急に横を向く。
「お兄ちゃん、これ見て」アンナは突然声を発した。ヒッチもブースカットも足を止める。「これ、何だと思う?」
アンナの首ほどの高さの壁に、鋭利なナイフでつけたような傷があった。ランプで照らすと、傷はいくつもある。
「文字じゃないか?」ヒッチが屈みこみ、ランプをかざしてその傷を眺めた。「『僕……連れ、いか、な……で』?」
「僕を連れて行かないで?」
「まだ下に続きがある。『……が、連れ、くから』」
皆がランプを差し出し、四つの光にともされて、傷の跡ははっきりと見える。
「ふん」ブースカットが鼻を鳴らした。今までで一番弱い鼻息だ。
「僕を連れて行かないで、んー、が、連れて行くから」僕はその文字を読んだ。「これって、霊ってこと!?」
「いや、その、んー、のところが大切だろ」
「アンバスカルの城って、ずっと昔のものなんでしょ?」アンナは言った。「アンバスカルの霊のしわざだったら、言葉づかいがおかしいわ。昔と今って、外国の言葉くらい言葉って変わってるんでしょ。それに、どうして霊が壁に文字を刻めるの?」
「その通りだ、ふん」ブースカットの鼻息が荒くなる。「それは生きた人間が刻んだんだ。そうに決まっている」
やけに断定的な表現だ。僕はそっとブースカットの顔を見上げた。小刻みに、顔だけでなく全身が震えているようだ。僕は自分の左手を見た。僕も震えている。
「それに、一行目と二行目で書かれたときが違うんじゃないか?」ヒッチはまだ文字を見ている。「二行目はわざとらしく文字を削っている。たぶん、これは憶測だけど、過去にも俺たちみたいに肝試しをやった連中がいるんだ。きっとその時のアトラクションなんだよ」
「一行目は?」
ヒッチは答えなかった。
『僕を連れて行かないで』
どこに?
どこに連れて行かれそうになっているの?




