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僕とアンナはそのまますぐに家に帰った。言われたとおり、これからすぐにでも昼寝をするためだ。けれど、アンナはともかく、僕はまだ眠たくない。普段から昼寝なんてとらないから当たり前だ。
僕とアンナの部屋で、アンナを寝かしつけていると母親が部屋に入ってきた。手には一切れの菓子パンを持っていた。
「あれれ、アンナもう寝ちゃったの?」口元に手を当てて母親が言った。「せっかくパンを焼いたから食べるかなと思ったのに」
「まだ起きてるよ」と、アンナは目を開けないで言った。僕はアンナはもう起きないだろうと思った。「起きたら食べるー」
母親は手を当てたままカラカラと笑った。
「ねえ、母さん」僕は片手をアンナのお腹に当てたまま言った。「アンバスカルの城っていつからあるの?」
「お兄ちゃん!」アンナが僕にだけ聞こえる声を出す。
「私の子供のころからあったわよ」
「そんなの当たり前じゃない」
「そうかしら」そう言ってまたカラカラと笑う。「そうよねぇ。まだ私そんなに歳とってないしね」
「歳をとっても子供のころからあったことには変わりないよ」
「あら、その通りよねぇ」
「アンバスカルの城の話を教えてよ」僕は余った手でパンを取り、口に運んだ。左手は妹のお腹の動きを感じている。ゆっくりと上下に僕の左手は動く。
「あら、どうしたの、突然?」口元に当てた手の指を一本だけのばした。「アンバスカルの城に行っちゃだめよ。子供の霊に連れていかれちゃうんだから」
「本当は?」
「何よ、本当って」
「だって、そんなことあるわけないでしょ。そんなの迷信じゃない。僕は、子供がアンバスカルの城へ近づかせないための方便だと思うんだけど」ヒッチの受け売りだ。「だから、本当の理由があるんでしょ?」
「さあ、私は知らないわ」少し困ったように顔を傾け、目を上に向けた。「でもね、私は迷信じゃないと思う。本当は、もっと恐ろしいことなのよ。霊なんかよりもっと恐ろしいものに連れて行かれてしまうの」
「幽霊より恐ろしいものなんて」
「子供にとって幽霊は恐ろしいけどね。私は、幽霊より人間の方がはるかに恐ろしいわ」
僕は頭を傾けた。けれど、ちょっとだけ面白いことを思いついたかもしれない。
「とにかく、アンバスカルの城に行っちゃだめよ。ここだけの話だけど、私、子供の頃に行ってお漏らししちゃったんだから」
「何それ?」
「これが本当なのよ。たぶん、私がアンナくらいの年の頃かな、友達数人とアンバスカルの城に行ってね、まだ明るかったのに、城の中は暗いの。明かりなんて何もないし、窓だって少ない。みんなでくっついていた中で、わたしだけ見ちゃったのよ」ぐいっと体を寄せて僕の目を真剣に見つめる。「ぽわーって光る白いもの!」
僕はため息をついた。「嘘をつくとき片目をつぶる癖を直した方がいいよ」
「もう!」体勢を戻すと、両手を腰に当てた。「面白くない!」それから肩をすくめると、母親は部屋から出ていった。
僕は、どうしようかと少し迷ったが、準備だけ整えてから、妹の隣りでベッドにもぐりこんだ。




