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バタンと、背後で大きな音が聞こえた。
とっさに僕は振り返ると、それは椅子が倒れた音だった。僕の視線は、その椅子の先へと伸びる。巨大な影が、ブースカットよりも、大きな影が、そこに立っていた。それは、背中を丸めるようにして立っており、手をだらんと垂らしている。
「うあああああ」
その口から、低い声が響く。僕は、足の力が抜けてしまったように、倒れるように、一歩下がった。
「うわぁぁぁっ」僕の口から悲鳴が出た。思った以上にきれいに出た。
「うわぁぁっ」僕の悲鳴は、ブースカットに飛び火した。「た、助けっ」
「あ、待てよっ」すでにブースカットは走り出していた。ヒッチは、悲鳴こそあげなかったものの、すぐにブースカットを追いかける。「待てってば、置いていくな」
僕も、体勢を直すと、すぐに転がるように走り出した。前方に揺れる二つの光を頼りに、僕はアンナと続く。光は左に折れ、僕もそこを左に曲がると、前方から月の光が見えた。ブースカットはそこから飛び出し、ヒッチも出ていく。僕もアンナも、一気に城から飛び出した。
テラスから階段を駆け下り、城の正面に来たところで、ようやく僕たちは止まった。みんな、激しく息を切らしている。
「なんでいきなり走り出すんだよ」ヒッチがブースカットを睨みながら言った。
「う、うるせぇ」ブースカットも膝に手を当てて答える。「もう我慢できねぇよ。普通じゃねぇ、この城。化け物だ」
「そんなの、ちゃんと調べないと、分かんないじゃないか」
「分かってからじゃ遅いかもしんねーだろうが」
僕は城の二階を見た。別に変化は見られない。あれが、僕たちの後を追って、飛び出してくることもないようだ。
「あれ、アンナちゃん?」ヒッチは振り返ると、アンナを見た。ヒッチの表情が、見る見る崩れていく。それと同時に、ヒッチの体が明らかに震え始める。「何で、四つ準備したんだっけ」ヒッチの口が動く。「だって、ここにいるのは……じゃあ、何で?」
「何言ってんだよ」ブースカットが背筋を伸ばしてから、ヒッチを睨んだ。
「アンナちゃんの手を見てみろよ」
ブースカットもアンナの手を見る。それから、ブースカットの目は明らかに動揺する。
「だってよ、これは……」
それが、彼らの限界だったようだ。次の瞬間には、走り出していた。僕はアンナと目を合わせると、お互いに首を傾げた。それから、二人を追って走り出した。僕は、どうして彼らが、あんなに取り乱したのか、その理由が分からなかった。アンナの表情を見る限り、アンナも分かっていないからなのか、眉をひそめ、神妙な顔つきをしている。
僕はアンナの速さに合わせていたから、町につく頃には、ブースカットも、ヒッチの姿もすっかり見えなくなっていた。
「もう、明日問い詰めてやらないとな」
「そうね」アンナは嬉しそうに微笑んだ。
僕は空を見上げる。月がだいぶ傾き始めている。あと数時間もすれば、太陽が昇ってもおかしくないだろう。僕は家に向かって歩き始めた。
「待って」アンナが立ち止まる。「お兄ちゃんは先に帰っていいよ」僕も立ち止まると、アンナを見た。「あたしは、最後にちょっとだけ確かめたいことがあるから」
それだけ言うと、アンナは僕の手を振り解いて走っていってしまった。僕は、アンナの背中を見つめる。追ってもよかったが、そんな気は起きなかった。僕は、一人で家へと帰った。




