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部屋の外は、今まで以上に暗く感じる。僕たちが持つランプの力なんて、全然たいしたことがない。僕たちの周囲少しと、足元でさえ、はっきりと見ることができない。
僕は、自分たちが、どこをどう通ってここに来たのか、よく覚えていないのだけど、ヒッチは違うようだ。的確に躊躇することなく進んでいる。
「ねえ、アンナ」僕は隣りを歩くアンナに、小さく声をかけた。「今の部屋、何か変だったよね。何がと言われると、難しいけど。あそこに入ってから、アンバスカルの城が変わってしまったみたいで」
「お兄ちゃん、何言ってるの?」アンナは眉を寄せて、僕を見た。「あたしはなんだか興ざめって感じなんだけど。もうちょっと濃くてもいいと思わない?」
「だってさ、あの部屋に入る前、僕はランプを持ってなかったんだよ」僕は左手を前に挙げた。
アンナはすぐに答えなかった。けれど、ややして小さく呟く。「そうかしら?」
僕はアンナの疑問が理解できず、前を見た。階下に向かう階段が、前に迫っている。ヒッチとブースカットは、そこから下を覗いているようだが、僕の位置からは何も見えない。
「こっちに来てくれ」ヒッチが屈みこんだまま、僕を手招きした。
僕はヒッチの近くに行き、屈みこんだ。そこから下の階を覗くが、ほとんど暗くて見えない。が、しばらく見ていると、真っ暗ではないことに気が付く。
「分かるか?」ヒッチの質問に、僕は頷いて答えた。
「誰か、いる?」
「光に変化がない。止まっているのか、あるいは」
「自然の光なんじゃないかしら」アンナが続けた。「あたしたちが入ってきた扉が、開いてるんじゃない? 角度的に、ちょうどこの階段の正面だったし」
「そうだな、俺もそれを考えてた」
「相手はあたしたちのこと知らなかったわけだし」アンナはヒッチを見据えて言う。「きっと、あたしたちを子供だと思わなかったのよ。だから、あの扉をこじ開けて急いで帰ったんだわ」
「ああ」ヒッチは立ち上がると、頬を掻いた。「おそらくそうだろう。よし、早くさっきの部屋の下に行こう」
早く、とは言ったものの、ヒッチは慎重に歩を進めた。階段は廊下よりも傷みがひどいようで、歩くたびにぎしぎしと音が響く。僕は、なるべく力をかけないように階段を降りた。
アンナが言ったとおり、僕たちの正面から光が見えた。光と言っても弱々しい月の光だ。正面から、わずかに城内を照らしている。けれど、充分なほどの明るさだ。目は暗闇にかなり慣れてきているようだ。
僕はアンナの左手を強く握った。
正面に見えていた月の光を避けるように、僕たちは横へと進んだ。ヒッチが、さきほどの部屋の下にたどり着けるであろう廊下を選んだからだ。三階と二階とでは構造が違うのかもしれないが、僕には分からないことだ。だから僕は、アンナの手をもっと強く握り締めると、何も発せず、ヒッチの後ろに続いた。
「あの部屋だ」
ヒッチは立ち止まると、前方を指した。離れているが、かすかに扉を見ることができる。その扉はほんの少し開いているようだ。中からはやはり光がない。
「誰もいないようだな、ふん」小さな声で、ブースカットが鼻を鳴らす。
僕たちは慎重にその扉に近づいた。そしてヒッチが、誰よりも先に扉にたどり着くと、部屋の中を覗いた。
「ああ、確かに誰もいないな」中をランプで照らしながらヒッチは言った。「何もない。あそこの、中央に置かれている椅子以外は」
「おかしいわ」アンナも中を覗く。「上から見た限りでは、あそこに人が座っていたもの。もう逃げちゃったのかしら」
僕も部屋を覗いた。四角い部屋で、本当に何もない。ただ中央にぽつんと椅子が置かれているだけだ。その椅子の足元に、何かが置かれている。けれど、暗くてそれが何か分からない。もう一度部屋を全体見渡す。部屋の一面を厚手のカーテンが覆っている。その向こうにはもしかしたら窓があるのかもしれないが、月の光はカーテンを通ることはない。
僕は、そのカーテンが一瞬揺れたのを見逃さなかった。




