(1-1)前提条件:ユニット「輝戦スペクトル」に加入している事
“第35回 国立虹霞学園 入学式”
ステージ上部から吊り下げられた看板に書かれた文字を眺めれば眺めるほど、少女の胸は高鳴っていく。私は本当にこの学校に合格でき、そして入学する事が出来たのだ、と。
「只今より、第35回 国立虹霞学園 入学式を開始致します」
回りを見渡せば、真新しいブレザーの制服を着た女生徒が列を連ね着座している。彼女たちの胸には“祝 入学”と書かれた花飾りがつけられている。少女――篠良 美赤もその女生徒の一人。名前の通りの赤い瞳と赤い髪が特徴だ。その瞳は今、星のように輝いており、右耳の上で結んだ赤髪の根元は気合いを入れ結び過ぎたのか一部悲鳴を上げている。
「始めに、校長先生からの祝辞です」
壇上に立ったのは彼女の母親とそう変わらないであろう年齢の女性だった。校長の一礼にあわせて美赤も頭を下げる。紫のスーツと言う個性的な色のスーツを着こなしている校長は新入生をざっと眺めると、人の良い笑みを浮かべて語り始めた。
「特化型特異遺伝子配列が発見されおよそ半世紀、次世代を担う女学生の育成も一定の成果が現れ始め、今や我が国は特化型特異遺伝子配列に関しての技術・知識は世界一でしょう」
特化型特異遺伝子配列、略称“特化遺伝子”――突如として現れた、ある一つの事象に精通した能力を持つ遺伝子配列。
その“能力”は人間の常識を覆すには十分すぎた。片手で車を持ち上げたり、何も無いところから火や水を起こしたり、祈りの力で怪我を瞬時に治癒したり、スーパーコンピューターにも劣らない計算能力を得たり等、それまで空想の世界での定番の数々が、遺伝子の変異によって現実世界で具現化されたのだ。
「そんな中で当校に入学できた貴女達は幸運です。何故なら、貴女達が持って生まれてきた“奇跡”を惜しむことなく発揮する事が出来、ひいては社会の中心で活躍する事が出来るのですから」
その変異は主に女性に発生した為、それまで男性主体だった全ての機関の男女比が逆転する現象が起きた。政界、経済界、学界、果ては家庭まで――女性主導の世界が始まったのだ。
「貴女達がこの学校に何を求め、どう言った女性になりたいかは一人ひとり違うでしょう。けれど我々は自信を持って断言できます、この学校ならばどんな夢でも叶えられると。後は貴女達の意志の強さ次第です」
この学校は“特化型特異遺伝子配列”を研究する国家単位のプロジェクトの舞台の一つとなっている。故に生徒はおろか、校長、教師、事務員や庭師までもが女性だ。優秀な人材及びその者たちが作り上げた環境下で優秀な人材を育て、世界へ輩出する。それは、特化型特異遺伝子配列を排他すること無く真っ先に受け入れ、追求した日本の新しい姿だった。
「ですから今この瞬間に抱えている想いをどうか忘れず、素晴らしい学園生活を送ってください」
美赤は言われるままに“想い”を浮かべ、真っ直ぐ校長を見据えたまま口角を上げた。
――美赤が今抱えている想いは、学園生活を後悔せず楽しむと言う事と、
(自分の才能を開花させて強くなって、今度こそお姉ちゃんを守る事!)
その想いは膝の上でガッツポーズするという行為にまで現れた。
「最後に……みなさん、ようこそ虹霞学園へ。我々は貴女達を心より歓迎します」
募集人数175人の定員に対し、その100倍以上の志望者が訪れると言うこの学園の入試は、筆記試験と実技試験に加えて面接が三回もあると言う異質の内容。その難関を見事突破した者達の意識は、校長の激励によってさらに高められていく事だろう。美赤がそうであるように。
「簡単ではありますが私からは以上です、皆さんの学校生活に幸多からん事を」
国立虹霞学園――この学校は、日本の最先端の技術が詰まった、最高峰の逸材が集う高等学校だ。
その後小一時間ほどで入学式が終わり、新入生は教室へと向かう。美赤は1年4組だ。体育館に通されたときに配られた地図によると、虹霞学園の作りは割と簡単で、校舎は学習棟、実技棟、図書館棟の三種類のみ。円柱状の実技棟を囲うように、Cの字型の学習棟があり、その学習棟の端に別館で図書館棟が建っている。三階建ての学習棟・図書館棟に対し、実技棟は学習棟の二倍程の高さがあるようだ。
三階にある教室に到着すると、電子黒板に提示されている座席表を確認する。美赤の出席番号は12番、席は窓側から二列目の一番後ろだ。既にグループを作り始めつつある女生徒達と目が合えば礼をしつつ、自分の机の上に鞄を置いて溜息。
(ちょっと出遅れたかも……)
何故なら美赤は教室に入るのが少し遅かったため既にグループが出来上がりつつあり、身の上話に花が咲いているからだ。そしてその間に入って行く勇気は美赤には正直無い。だが幸いなことに、美赤の前の席の少女がまだ一人だった為、俯いている彼女の横に立った。
少女は膝の上で硬く拳を握り、心なしか少し震えていた。この空間そのものを恐れているようなその姿は、傍目から見て話しかけにくい。しかし美赤はそんな雰囲気をブチ壊す勢いで、少女の視野に入りこむようにしゃがみ込む。
「こんにちは。私、篠良 美赤って言うの。あなたは?」
努めて明るく話しかけるが、突然視界に入ってきた存在に驚いたのか少女の瞳が大きく揺れる。彼女は酷く動揺しているようで、口をパクパクさせ美赤から目線を少し下げた。
「……こ、郡 橙流、です……」
驚かせてしまった事を謝罪しようかと思うほどの間の後、細々とした声が「こおり とうる」と名乗った。このあからさまな挙動不審は――自分の存在を何者かに著しく否定され、あるいは虐げられるなどして、過剰な程に人を恐れている――いつかの美赤と同じ態度だった。美赤は不謹慎だと思いつつも、彼女に対して親近感を覚えた。
「こおり とうる、ね。よろしく」
ただ、美赤は過去の記憶に浸ることも、彼女の葛藤にも一切触れず、あくまで彼女を安心させるよう穏やかな笑顔を向ける。少しでも彼女の態度に対し違和感を見せてしまっては、彼女は恐怖で殻にこもってしまう恐れがある。かつての美赤がそうだったからだ。それでもこの学校に入学したと言う事は彼女もそれ相応の決意と実力があっての事。その出鼻を挫くのは嫌だった。
「橙流って呼んでも良い? 私の事は美赤で良いよ」
美赤は改めて橙流を眺める。柑子色の髪は耳の横で緩く内巻いており、前髪はハの字型の眉の上で切り揃えられている。蜜柑色の瞳は小動物を思わせる丸さで、出で立ちはとても可憐。美赤は一瞬で自分よりも高い女子力を彼女から感じた。
「……、………」
橙流は美赤の問いにこくんと頷き、何かを伝えよう口を開くも、過剰なまでに緊張しているようで中々言葉を紡げない。けれど美赤は笑顔のまま彼女の言葉を待つ。大丈夫だよ、そう心の中で橙流に向かい呟きながら。
「……ありがとう、美赤。話しかけて、くれて」
そうぽつりぽつりと呟く彼女だが、美赤は首を横に振る。
「大丈夫、私も人見知りだから、グループに一人で入る勇気が無かったの。
橙流がまだ一人でいてくれて、ホント良かったよ」
情けないけどね、と笑い飛ばすと、眉根こそ下がったままだが、橙流はそこで初めて微笑を見せた。
「そう言えば、橙流は何型なの?」
特化遺伝子を持つ人間同士にとって欠かせない話題が、自身の“型”について。特化遺伝子は大きく分けて7種類あり、それぞれ特化している部分が異なっている。美赤は体力、筋力に優れている<特化配列戦士型Ⅰ種>、通称第1型だ。もっとも、それをきちんと自覚したのは一年ほど前なのだが。
「……第2型。美赤は?」
そして橙流の“第2型”は、体力、集中力に優れている<特化配列戦士型Ⅱ種>、通称第2型を指す。その華奢な見かけからは意外だが、美赤自身もいかにも第1型の体格かと言えばそんな事も無かった。
「第1型だよ、意外でしょ?」
「……ううん、何だかイメージに合ってる。
……第1型の人は、何だか、姉御肌って感じのイメージがある、から」
「姉御肌?」
美赤は思わず聞き返した。15年間生きてきて、いかにも“妹”だよねと言われた事はあれども“姉”と言われた事は一度も無かったからだ。
「うん……あ、き、気分悪くなっちゃったら、ごめんなさい……」
美赤の反応をマイナスと捉えた橙流が俯いてしまうが、美赤はぶんぶんと首を横に振る。
「大丈夫! 初めて言われたからビックリしただけ」
実のところ、姉御肌と言われたことは嬉しかった。美赤の中で、姉=守る側 妹=守られる側 と言う公式が出来あがっていたからだ。
「嬉しいよ、ありがとう」
今までは守られる側だったが、これからは守る側になりたいと思っている故に、橙流の言葉はその追い風になった。
橙流と打ち解けたところで美赤は橙流を連れ何組かの生徒と簡単に会話したところで(最も橙流はほとんど喋らなかったが……)教師が現れ、生徒手帳および教科書の配布と、オリエンテーションが行われた。生徒の自己紹介が終わったところで、1年生は再び体育館に集合した。今度は上級生からの歓迎会兼ねたオリエンテーションが行われるのだ。
「みなさん、ようこそ虹霞学園へ。私は生徒会長の相原 雪乃です」
恐らく3年生の女生徒、相原 雪乃。名前の通り、透けるように白い肌に銀の髪が美しい。胸元のリボンの色は赤、美赤と同じだ。この優雅な出で立ちで武器を振りまわす様は、想像しにくいかもしれないが、この所は割とその様な光景が当たり前になっている。
ちなみに橙流のリボンの色はオレンジだった。クラスでそれ以外にも何色か見かけたので、何らかの法則によって分けられているのだろう。恐らくは、“型”によって。
「みなさんと共に学園生活を送れる事を喜びに思い、ささやかながらここで歓迎させて頂きます。
まずは、吹奏楽部並びに合唱部による演奏をお楽しみください」
――と、それを皮切りに、演劇部の簡単な劇や、在学生からのアドバイスなどが続き、あっという間にプログラムは終了した。再び雪乃が壇上に上がり、簡単に閉会のあいさつを済ませた。
「ここから先はクラスでも案内があるかと思いますが、念のため案内いたします。
明日からユニットの勧誘週間が始まります。ユニットによって風潮も異なりますので、色々なユニットを見学し、4月14日までに各自ユニットに加入して下さい」
一瞬、新入生がざわついたが、雪乃は言葉を続ける。
「既に知っているとは思いますが、ユニットとは“ヴァーチャルトレーニング”、略してVTを行う際のグループです。特化遺伝子を持つ私達の能力を限界まで引き出すためのVTは、もうひとつの学業と言っても過言ではないでしょう。ですから当然、皆さんは何らかのユニットに所属して頂く必要がございます」
塔のようにそびえ立つ実技棟で行われるのがVT。仮想の戦場で自らの能力と向かい合い、引き出すために行われる訓練だ。それぞれ異なる能力を持つメンバーで協力しあう事で、コミュニケーション能力や協調性等、人間としての成長も促す事が出来ると言う。
「ただ、学業や部活動を優先したい方もいらっしゃると思います。その為の勧誘週間です。基本的には三年間付き合っていくユニットです、各人にあったユニットに加入して下さいね」
VTの内容はまだ詳しくはわからないが、様々なミッションがあり、それをユニットのメンバーで達成する事はもちろんの事、ユニット同士で対決する事もあるそうだ。実際、美赤がオープンキャンパスで虹霞学園を見学した際、公開訓練が行われており、在学生同士が争っていたのを覚えている。
「なお部活動は見学週間が明日から始まります。ユニットとは違い勧誘は行われないため、興味がある場合は直接部室か各種活動場所を訪ねてみて下さい」
VTに力を入れている虹霞学園だが、全国でもトップの能力の学生が集まる為か、全国大会に出場している部活もあると聞く。もっともこの辺りは美赤は興味が無いので詳しくはわからないのだが。
「以上です。なお生徒会は5月から募集します。学校をよりよい方向に変えることは難しい事かもしれませんが、国に支援されているこの学園の生徒会は相当やりがいがあります。興味のある方は生徒会室に遊びにいらして下さい、生徒会の魅力を私が直々にお話しさせて頂きますね」
最後にちゃっかり生徒会の宣伝をしたところで、歓迎会は閉会した。
再び教室に戻ったところで新入生は下校時間となった。学級委員などの役割決めは明日らしい。
「ユニットかあ……迷っちゃうね……」
ユニットの数は30を超え、その規模も特徴も全て違う。学園生活を左右すると言っても過言ではないそれを一週間ほどで見極めるのは新入生にとって最初の大仕事、だから橙流もユニット紹介の冊子を眺めながら溜息をついているのだろう。ただ、美赤はそれに該当しない。入学前から既に決まっているからだ。
「んー、私はもう決まってるんだ」
「え、そうなの?」
迷い無い美赤の言葉に、橙流は目を丸くした。
「私のお姉ちゃんがこの学園の3年にいるんだ。だから、お姉ちゃんと同じユニットに入るの」
姉を守ると決めて入学した以上、同じユニットに入ることはもはや通過点の一つにすぎず、冊子を開いてすらいない。それもそれで問題かもしれないが、最悪姉に色々聞けば良い。
「そう、なんだ」
一瞬橙流の瞳に不安の色が見えて、美赤の“姉御肌”が刺激された。次に橙流にかけるべき……否、かけたい言葉が自然と頭に浮かぶ。
「もし良かったら、橙流も見に来る?」
それで気に入ったら、一緒に入ろうよ。そう橙流に伝えると、
「……うんっ、ありがとう、美赤」
橙流はどこか申し訳なさそうにしつつも、最後は嬉しそうに頷いた。