第1話 珠梨と柴村
初めて小説を書く夜知という者です。つたない文章ですがよろしくお願いします。
珠梨が教室に入ったとき、妙にクラス全体がざわざわしていた。今日は転入生がくるとかそんな日ではなく、特にこれといった行事もない。
「珠梨ーおはよー」
珠梨に挨拶してきたのはいつも明るい友達の実香だ。
「おはよ。ねぇ、今日何かあったっけ? 皆すごく盛り上がってるみたいだけど」
実香は笑いながら教室を見回した。
「うん、なんか今日魔法界から先生が来てるみたいでさ。特に女子が、先生格好いい! って騒いでるの」
この世界は魔法界と人間界がはっきり区別されていて、同じ場所で暮らしてはいけないと両世界の共通の法律で定められている。そういうわけで同じ国に住んでいても魔法族と人間がお互い会うことはないし、ただの人間は魔法族のことは何も知らない。クラスメイトが騒ぐのは当然といえば当然だった。
「ふーん。あたしも見てみたいかも」
なんとなく言った言葉に実香が飛びつくとは思わなかった。
「だよねだよね! さすが珠梨、実香のしたいことわかってるぅ」
実香は嬉しいことがあると単語を連呼する癖がある。そこがわかりやすくて珠梨は嫌いじゃなかった。実香にはいつもうまくペースに乗せられてしまう。
「一緒に行こうってこと?」
「うん、だって一人で行くの嫌だし」
実香の屈託のない笑顔を見たらすっかり毒気を抜かれてしまった。
「はいはい。じゃあ行こっか」
やれやれと心の中で思いながら教室を出た。
珠梨と実香以外にも魔法界から来た格好いい先生をひと目見ようと、応接室の前に大勢の派手な女子が集まっていた。その女子の多さに珠梨と実香は腰が引けて、女子達を遠巻きに見ていた。
「うーん、やっぱりすごい人数……行くの怖くなってきた」
そう言ったのは言いだしっぺの実香だ。
「ちょっと、実香が言い出したことでしょ」
実香はばつが悪そうにえへへと笑った。
「ごめーん。でも珠梨も行きづらいでしょ?」
「うん。あんな派手な女子達がいる所に行くのとか絶対無理。怖いもん」
スカートは短いし、化粧に遠慮が無く、髪色も様々。珠梨は校則の緩さが信じられなかった。真面目な珠梨はスカートをたくさん折ったり、化粧をすることはない。そうする理由が見つからないからだ。派手な生徒が側にいるとどうしようもなくやるせない気持ちになるのだった。
ぼんやりしていると突然実香に肩を叩かれ、意識が現実に戻った。
「珠梨あれ見て!」
「な、何?」
実香の指差す方を見ると、応接室のドアが開いて校長先生と例の魔法界の先生が出て来るのが見えた。先生を見るなり大勢の女子が――もちろん実香と珠梨も――息を呑んだ。
すらっとした長身、切れ長の瞳に真っ直ぐ整った眉。そして艶やかな暗い紫の髪が細い顎を縁取っていた。先生が歩くたびにさらりと髪が揺れるのが遠くからでもわかる。珠梨が今までに見た派手な色の髪はどれも人工的なもので、艶やかさを感じたことなどなかった。しかし先生の髪はとても自然で、触れてみたいほどだった。実香はみとれながら呟いた。
「魔法族の人は髪の毛に色が付いているって聞いたことはあるけど……すっごく自然な色。実香たちが髪染めてもあんな風になれないよねぇ」
「うん。やっぱり魔力ってやつがああいう色にさせるのかな?」
二人は顔を見合わせた。魔法族について何も知らないのだ。隔絶されて生きているのだから無理も無かった。
やがて女子達が先生を取り囲んで騒ぎ出した。先生は微笑みながら困ったような表情をしている。校長先生が怒った顔でどきなさい、と言っても聞きはしない。むしろ恐ろしい顔で校長先生を睨みつけていた。
「わあ、バーゲンセールみたい……珠梨どうする? 魔法使いの人見ることできたし、教室戻る?」
確かにもうすることもないし、あの光景は見るに堪えない。
「そうだね。戻ろ」
二人はまだ応接室に集まっている女子達を避けて階段を上ろうとした。
そのときだった。
珠梨は確かにあの先生の視線を感じた。あの切れ長の瞳に体を貫かれたような気がして、驚いて振り返ると珠梨以上に驚いている様子の先生と目があった。
(なに……?)
先生は何か言おうとして口を開きかけたようだが、また閉じてしまった。珠梨は困惑したまま、階段を上った。
やっと女子が先生から離れて、先生は校長先生と二人きりになった。
「いやあ申し訳ありませんでした。まさか生徒があんなにしつこいとは……柴村先生の人気はすごいですね」
しかし柴村は違うことに気を取られていた。校長先生は柴村の様子がおかしいと気づいた。
「柴村先生? どうかしましたか」
「校長先生」
「なんでしょう?」
「話をしたい生徒がいるのです。全校生徒の写真を見せてもらえませんか」
校長先生は目を丸くした。
「構いませんが、なぜまたそんなことを……?」
「強力な魔力を持つ生徒を見つけました。人間界に魔法使いはいないはずなのに。
どうしてだろう」
最後の一言はほとんどつぶやきだった。1時間目が始まる前に起きた出来事だった。