愛する君はどこにいる?
『君が記憶を失っても、君を愛すよ』
それはなんと残酷な言葉なのだろうか? 僕は映画を見て、笑った。
イルミネーションが煌めき、ここは夢なのかと錯覚させるくらい綺麗な風景が広がっていた。すっかりクリスマスに呑まれた街並み。浮き足立つそれを、一人で歩くには少し寂しい。でも、誰かと歩くのはもっと違う気がした。
マフラーからでる白い息からは、悲しさが溢れでる。涙は寒さで吹き飛んだし、愛は凍てついてしまった。そうだ、そういうことなんだよ。
でも仕方がないだろう、僕の愛する人は眠っているのだから。それはもう深い深い、眠りの底で。
これは僕の独白、僕の自分語りを聞いて欲しいだけで、けして共感して欲しい訳じゃない。
より虚しくなる気がするから、より情けなくなって、君に当たってしまいたくなる。
話すのは、僕の好きだった人について。
誰よりも冴えた頭を持っていて、よく笑う人だった。そんな君が大好きだった。
紅葉も、夕焼けに焼かれる海も、虹さえも君を前には、ちっぽけな美しさ。全てが霞んで見えるほど、僕は君に酔っていた。
だからかな、君が記憶喪失になったあの夏、僕は君を愛してるって言えなくなった。
唐突なことで、本当に蝉が煩かった事しか覚えていない。急いで駆けたと思う病室に居たのは、君の筈だった。いや間違いなく、君だった。けれどそれは、僕の事を知らない君だった。
夏の魔力に当てられたのか、病室で人形のようにニコリと笑った君。きっと死んでも忘れられられないだろうね。
まるで好きな人を、その人形に奪われたようだった。子供が大切にしていたおもちゃを壊してしまって、新品を買ってやったことはあるかい? そのときに、これじゃない!!って叫ばれたことは? そんな感じさ。見た目は同じ、だけど中身が違う。なんか、違う。拭えない違和感だけが、僕を取り巻いた。
突如子供だけが見ている世界に、放り投げられた感じがした。
だけど大人になっちゃった僕は、笑って、癇癪を起こさずにすんだ。だけど愛してるっていう、気の効いた一言はまったく出てこなくてね。咄嗟に、友人です。って口走っちゃって。でも心のどこかで安心した自分がいた。うまく行ったように。
とっても怖かった、けど確かにこの人を愛せる自信はないかもしれない。心の奥深くで、そう囁かれた気がしたもんだから、もう笑うしかなかった。
彼女もニコッて笑ってくれて、これで終わり。勝手に別れた気になって、悪いことをしたように逃げた。それから、彼女を一度も見てはない。結局は、友人にもなれなかったみたいだ。
そんなことを忘れかけていた社会人六年目。仕事も軌道に乗って、楽しいく忙しい真っ只中。友人が少ない僕に、結婚式の招待状が来たんだ。
大学のサークルの、まあまあ話すくらいかなレベルの、陽キャな後輩から。手当たり次第に送ったのだろう。でもそれでも、幸せを分けてくれたみたいで、少し嬉しかった。
封を開けて、それから相手の名前を見たらビックリ。なにせ、僕の元カノだったから。
話してなかったけ? 話したけど別れたから付き合ったのかな? そんなことを考えながら、僕は御を消して出席に丸をした。
生憎、独り身なもんでね。行動に制限はないさ。
少しだけ、本当にちょっとだけ、胸が痛んだことは気付かないふりをした。
華やかな結婚式。
そこに立った主役は、記憶を取り戻していないだろう元カノ。とっても綺麗な気がする。白いドレスに身を包み、まるで天の使いのようだった。
後輩も嬉しそうだし、彼女も幸せそう。
でも僕には笑顔に満ちたこの空間が、あまりにも居心地が悪かった。僕の愛した人を殺してまで、そこにいる彼女が許せなかった。強く握った拳は、ジンジンと悲鳴を上げる。
途中からは、まるで全てが他人事のようだった。僕と彼らの間に、水の幕が張ったみたいだ。
分かることは、僕の愛した人はもう帰ってこないということだけ。ただそれだけ。
僕は家に帰ってから、泣いた。
それはもう、子供のように。
あのときの君を愛せていたら、世界は変わっただろうね。子供のように、見放さなければ。
涙が枯れて、愛が凍てついて、僕は思った。結局は、自己満足の愛だったのだろうと。
この寒さのせいじゃない、僕の心が冷えきっていたのだろうと。温かい心を何処かに忘れたのだろう。
僕の愛とは、何だったのだろうか?
残るのは後悔と、床の冷たさだけ。彼女の全てを愛せば、眠る彼女は僕の腕の中、いつか目を醒まして笑ってくれたのかもしれないと。嗚呼、きみの綺麗な心に僕は似合わなかった……いや自ら手放したのか。痛む喉に眉をひそめ、そう思った。
でも一つだけ教えて欲しい。僕は間違っていたのだろうか? 上部だけの愛を囁くことが、正しいとでも言うのだろうか。
ーーそれとも彼女は変わっていなかった……そんな可能性もあったのだろうか? 勝手に僕が突き放してしまっただけで。
僕の瞳から、喉から、また悲しみの音が独りでに漏れた。
『君が記憶を失っても、君を愛すよ』
それはなんと慈愛に満ちた言葉なのだろうか? 僕は映画を見て、泣いた。
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