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解放  作者: 爆竹
序章-終わりと始まり
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暴走する感情

離婚しよう。

そう決めた私は、義父に電話をかけ、すべてを伝えた。


「すぐ行く」と義父は言った。


香梨奈と子どもたちがまだUSJにいることを思い出し、私は車を出した。

家族を迎えに行くために。


駐車場に着いたとき、遠くに香梨奈の姿が見えた。

子どもたちの手を引きながら、笑っていた。


その笑顔を見た瞬間、何かが、頭の奥でぷつりと切れた。


——なんで、お前が笑っていられるんだ。


気づけば、足が勝手に動いていた。

香梨奈のもとへ早足で近づいていた。


そして、気づいたときには、手が出ていた。


パン、という乾いた音が空気を裂いた。


人生で初めて、女性に手を上げた。

止められなかった。

理性というものが、一瞬だけ、完全に消えていた。


手のひらがじんと熱く、痺れていた。


香梨奈は何も言わず、ただ驚いた顔で私を見つめていた。


そして——その視線の奥に、ふたつの怯えた目があった。


夏鈴と蒼空。


小さなその目が、何が起きたのかもわからずに、大きく見開かれていた。

夏鈴は弟の手を握りしめながら、一歩だけ後ずさった。


その仕草が、私の胸を深く、深く刺した。


——あんな顔をさせたのは、誰だ?


……俺だった。


「……乗れ」


その一言だけを残して、私は無理やり平静を装い、車に戻った。

車内の空気は凍りついていた。

私の手は震えていた。


アクセルを踏む足元が定まらず、ブレーキと混同しそうになる。

大阪環状線を走る車の中で、何も見えていなかった。


ただ、何かから逃げるように、家へと向かっていた。


途中、バックミラーに映った子どもたちの顔が脳裏に焼きついた。

怯え、困惑し、口をきけずにいるふたりの姿。


「……ごめんな」


声にならないほど小さくつぶやいたその言葉は、誰にも届かなかった。


家に着いてから、私は子どもたちを信頼できる友人に預けた。

しばらくの間、彼らをこんな空気の中に置いておきたくなかった。


そのあと、香梨奈、義父母と向かい合った。


私の中には、まだ怒りの残骸がくすぶっていた。

けれど、あの子どもたちの目が、少しずつ冷静さを取り戻させていた。


「……離婚も考えました」


それが、最初の言葉だった。


香梨奈の裏切りは、どうしても許せなかった。

何度も、夢にまで見た。

あの笑顔。あの写真。あの画面の向こう側。


けれど——


香梨奈が涙を流しながら頭を下げたとき、

義母が目を潤ませながら「申し訳ない」と言ったとき、


私は思ってしまった。


——自分にも、非があったのかもしれない。


仕事にばかりかまけ、彼女の小さな異変に気づけなかった。

ひとりにしてしまったのかもしれない。


それでも、悔しかった。

それでも、苦しかった。


「離婚するつもりは、今はない。……できれば、やり直したい」


その言葉を言いながら、自分の中の何かが軋む音がした。


あれが正解だったのか。

間違いだったのか。


わからない。

今でも、わからない。


けれど、それが——

すべての始まりだった。

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