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解放  作者: 爆竹
第二章-歪んだ再生
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軋む日常と告白の夜

何も変わらない日常。

しかし、何も解決していない現実。


そんな日々が、三ヶ月――ただ、過ぎていった。


朝起きて、会社に行き、仕事をこなし、帰宅し、食事を摂り、眠る。

心を動かされることもなく、感情の起伏もなく、ただ機械のように繰り返される毎日。


けれど確かに、少しずつ、確実に心が削れていくのを感じていた。


何が正解なのか分からず、前に進めない。

どんな選択をしても、何かを失う気がして、ただ立ち尽くしていた。


そんなある日。

私は、ふと携帯電話を手に取っていた。


無意識に、画面をスクロールする。

指が止まったのは──ゆきひろとまさよしの名前だった。


彼らは中学時代からの親友で、今では神戸に住んでいる。

利害も遠慮もない、ただの友達。

今の自分には、彼らしかいなかった。


――近々、飲みに行けるか?


送信したメッセージに、すぐに返信が返ってくる。


――いいね! まさよしにも声かけてみる?


その軽さが、ありがたかった。


――うん、久々に盛り上がろう。


今回は、まさよしの新築の家で飲むことになった。

海沿いに建てられたその家は、アメリカ西海岸を思わせるような洒落た造りだった。


タイミングよく、まさよしの奥さんと子どもたちは実家に帰っており、家には彼ひとり。

土曜の夜、私たち三人は、その家に集まった。


「リア充め……」


私は心の中で、ぼそりと呟く。

洒落た空間。統一感のある色使い。整ったインテリア。


少しだけ、羨ましさと、劣等感が入り混じる。


ビール片手に、くだらない話をして笑い合う。

ほんのひとときだけ、心が軽くなった気がした。


だが──


ふとした沈黙のあと、私は言った。


「……香梨奈に、男がいたんだ」


言葉が落ちる。

空気が凍る。


「お前、それって……」と、まさよしが口を開きかけて、黙る。


私はただ、頷いた。


「……本当に? 香梨奈ちゃんが……?」


ゆきひろの声には、驚きと戸惑いが混じっていた。

香梨奈のことを知っている彼だからこそ、なおさら信じ難かったのだろう。


「うん」


私は短く、そう答えた。


沈黙。


だが、彼らは逃げなかった。


ゆきひろが言う。


「……お前がどうしたいのか、俺たちには分からないけど、今ここで話したことで、少しは楽になったんじゃないか?」


私は、黙って頷いた。


まさよしも、静かに言葉をつなぐ。


「再生を望んでるなら、まずは自分の気持ちをちゃんと見つめることだよ。家族としての責任もあるけど、結局は、自分がどうしたいか。それが一番大事だから」


その言葉は、妙に静かで、深く刺さった。


ゆきひろが、少し強めの口調で言う。


「でもさ、こんな状態を続けるのって、お前にも、家族にも良くない。……離婚したほうが、みんなのためになるんじゃないか?」


その一言が、胸の奥に刺さる。


「それが……できればいいんだけど」


私の声は、掠れていた。


「でも、お前はどうしたいんだよ?」


問いかけられた言葉に、私は答えられなかった。


ただ、グラスの中のビールを見つめていた。


しばらくの沈黙のあと、私はようやく口を開いた。


「香梨奈に……離婚を告げる」


それは、決意ではなく、ようやく口に出せたひとつの“答え”だった。


「ありがとう。……もう帰るわ」


立ち上がる私に、ゆきひろが驚いたように声を上げる。


「今から帰るのかよ?」


「泊まっていけばいいのに」と、まさよしも言う。


だが、私は背を向け、靴を履いた。


夜風が火照った顔に、心地よかった。


迷いは、もうなかった。


このまま黙って戻れば、きっと何も変わらない。


壊れたままの心を抱えて生きていくことに、もう限界だった。


私は車に乗り込んだ。


──香梨奈に、すべてを告げるために。

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