それでも、空の下で
ある日曜日の朝だった。
カーテンの隙間から差し込む光が、やわらかかった。
香梨奈が、ぽつりとつぶやいた。
「……今日、晴れてるね」
私は曖昧に、「そうだな」と返した。
それだけなのに、その声が、妙に耳に残った。
あの日から、どれくらいの時間が経ったのか。
鮮やかだった痛みは、少しずつ鈍くなっていた。
許せたわけでも、忘れたわけでもない。
けれど、時間がほんのわずか、心の表面をやわらかくしてくれていた。
久しぶりに、ふたりで外に出た。
無理やりでも、空の下に出たかった。
何かを変えられるとは思っていなかった。
でも、変わらないことにも、そろそろ疲れていた。
空は澄みきっていた。
真っ青な空。眩しすぎる太陽。
香梨奈は顔をしかめながら、空を見上げていた。
たぶん、同じことを考えていたのだろう。
その仕草に、少しだけ笑いそうになった。
近くの公園で、コンビニで買ったサンドイッチを食べた。
その瞬間、私は驚いた。
「……あ、味がする」
思わず漏れた言葉に、香梨奈がこちらを見た。
ぎこちないけれど、彼女は笑った。
私たちは黙って、サンドイッチを食べた。
それだけだった。
けれど胸の奥に、何かがぽつりと落ちた。
重くない。痛くもない。
ほんの少しの、あたたかい何かだった。
やり直せるとは思わない。
すべてが戻るとも思わない。
それでも、同じ空の下で隣に座っている。
それだけで、少しだけ“今日”を生きてみようと思えた。
喪失のあとに、すぐに何かが始まるわけじゃない。
私たちはまだ、壊れたままだ。
けれど、それでも生きていく。
偽りでも、形だけでも、前を向こうとしている。
それが、今の私たちにできる、唯一の再生だった。
あの日を境に、私たちの日常は、歪んだまま続いていた。