終われない理由
心だけじゃなかった。
身体までもが、拒絶を始めていた。
眠れない夜。
喉を通らない食事。
仕事に出ても、言葉が頭に入ってこない。
昼か夜かもわからず、
自分が何者なのかさえ、曖昧になっていく。
それでも、私は香梨奈に「離婚しよう」と何度も口にした。
「もう限界だ」と。
「無理だよ」と。
それでも香梨奈は、首を横に振って泣くだけだった。
「やめないで」
そう言って、私の手を握ってきた。
やめないで、とは。
夫婦を? 家族を?
それとも、私自身を?
わからなかった。
彼女が失いたくないのは、私なのか、子どもたちなのか。
けれど、あのとき香梨奈は確かに――私にすがっていた。
私は問い続けた。
──香梨奈を失いたくないのか?
──それとも、子どもたちのために父親でいたいだけか?
──私はただ、置いていかれるのが怖いだけじゃないのか?
苦しかった。
逃げたかった。
でも、逃げられなかった。
時間は、ほんの少しだけ、私たちを鈍くさせていった。
許したわけでも、忘れたわけでもない。
ただ、心が、感情を処理しきれなくなっていた。
痛みは、確かにある。
けれど、それを感じきる力が、もう残っていなかった。
会話は必要最低限。
目を合わせることも、ほとんどない。
けれど私たちは、まだ同じ屋根の下にいた。
それだけが、かろうじて“家族”という形を保っていた。