理想の輪郭
その日までは、幸せだった。
幸せだと、信じていた。
自分には縁のない話だと思っていた。
――その日は、突然訪れた。
色鮮やかだった世界から、色が消えた。
信じていたものが、音もなく崩れ落ちた。
自分自身さえ、信じられなくなった。
それでも、
私は受け入れた。
足掻いて、もがいて、そして――諦めた。
知らなくてもよかったことを、知ってしまった私。
その瞬間、
私の中に眠っていた欲求と才能が目を覚ました。
抑え込んでいた感情が、静かに、しかし確かに動き出した。
その日、
私の中にあった欲求は、ついに解き放たれた。
その日、私の人生は――終わった。
……いや、正確には「終わり」ではなかった。
想定外の裏切りを受け、それまでとはまったく異なる価値観のもと、
新たな人生が始まった。
これは、その始まりの物語である。
私の名前は松本弘樹、四十歳。
大阪市内で小さな会社を経営している、ごく平凡な男だ。
家族は、妻の香梨奈、長女の夏鈴、長男の蒼空。
四人で、静かに暮らしている。
見た目は中肉中背。
特別かっこいいわけでもなく、むしろ女性には奥手なほうだった。
よく言えば穏やか、悪く言えば優柔不断。
人に合わせて生きる方が、ずっと楽だった。
恋愛経験は平凡だった。
小中高を通じて、異性にモテた記憶なんてない。
初対面ではよく緊張し、顔が真っ赤になる癖があった。
どこにでもいる、ただの男――それが私だった。
そんな私が三十歳のとき、香梨奈と出会った。
出会いは職場だった。
そして、いわゆるスピード結婚。
当時の私は、人生のどん底にいた。
電気代さえ滞納し、その日暮らしで精一杯。
そんなときに現れた彼女は、まるで運命のように思えた。
交際が始まってすぐ、私はプロポーズした。
勢いだったが、迷いはなかった。
結婚してすぐ、子どもが生まれた。
長女の夏鈴。
そして、長男の蒼空。
子どもができてから、私は大きく変わった。
それまで無計画だった私は、昼夜を問わず働くようになった。
香梨奈が望むものを与えたくて、ただがむしゃらに働いた。
家族の未来のために。
それが、幸せだった。
「これでいい」
「これが、理想の人生だ」
そう信じていた。
心から、満たされていた。