第8話 出題編1-8 それぞれの動機
四葉さんに見送られて、私たちは部屋に戻った。結局、その後も特に変わったことは起きず、部屋でゆっくりしたり、また二人でお風呂に入ったりとだらだら過ごした。とても家にあるようなものじゃなくて、ちょうど泊めてもらっている部屋と同じサイズの部屋。それをすべて浴室にしているのであまりにも広い。
いつも、足を満足に伸ばせない浴槽でリラックスしている二人にとっては、新幹線に三時間ほど座っていたことで凝ったからだがほぐされていく。そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていって、部屋に戻ったころには十時を過ぎていた。
「もうこんな時間か、そろそろ寝る準備をしないとね」
凪沙はそういって伸びをする。今日は久しぶりに捜査をして疲れたのかいつもよりも眠そうだけれど、ずっと笑顔だからきっとこの非日常を楽しんでいるのだろうと私は思った。まあ、あんまり楽しむべきでもない気がするけれども。どうしても感覚がおかしくなってしまうのは仕方がない。
凪沙がその小さな口を大きく開いて欠伸をした時だった。二人の泊っている部屋のドアを叩く音がした。こんな時間に何の用だろうと思ったけれど、お願いしていたのはこちらだった。私は、すぐにドアを開く。
「こんばんは、デザートをお持ちしましたよ」
そこに立っていたのは、やはり四葉さんだった。私は彼女を部屋の中に招き入れる。部屋にある小さな机に皿を置くと、四葉さんはそのまま椅子を引いて腰掛ける。普段から凪沙と私は二人で泊りがけの仕事もあるので照れはないけれど、四葉さんにパジャマ姿を見せることには少し恥ずかしさがあった。
「それで、さっきの話なんですけど」
「え?」
四葉さんから唐突にさっきの話と言われて、私に思い当たる節はない。家中の話はさっき、四葉さんがしたくないと言っていたはずなのに。しかし、凪沙は話の内容がわかっているのか、平然と話し出す。
「そうそう、その話を聞くまでは寝られないと思って。さ、話してちょうだい」
「お待たせしてすみません。いろいろと会社の事もありまして。あまり気持ちの良い話ではないですから、デザートで中和しながら話しましょう。ミヨさんが作ってくれたチョコレートケーキに、マロンタルト、それとラム酒の効いたレアチーズケーキです。どれも絶品なので、こちらの紅茶にもよく合うと思います」
「すごくおいしそう」
凪沙は素直に舌鼓を打っているが、私には喉に引っ掛かるものがあった。
「いったい、何の話をしようとしてるんですか。私だけ置いていかないでください」
私がそういうと、凪沙はやれやれと言いたげに首をすくめた。
「あなたが動機を推理してくれるんでしょ。四葉さんが話していなかった家庭内の事情。黒崎医師が言っていたのはあくまでグループ内の抗争であって、それが今回の事件に関係しているのは四葉さんを含めた四兄弟だけ」
「まあ、そうですけど。あまり兄弟の悪い話をするのは四葉さんには……」
私がそう言うと、四葉さんはくすくすと口元を隠しながら笑う。なんだか女性らしい、嘘がばれた時のような小悪魔のような笑い方だ。その意味がわからなくて凪沙に目で問いかけると、呆れながら話を始めた。
「あんな場所で言えるわけがないじゃないの。四葉さんの立場を考えてみなさい。それこそ、お昼のドラマみたいなものじゃない。四葉さんは今、椋木グループ会長の座を争っている立場なのよ。誰がきいてるかもわからない場所で下手な発言はできないわ。黒崎医師が話していたのはあくまで椋木家の外側から見た話」
私が四葉さんに視線を向けると、確かに暗そうな顔をして首を振った。
「そうなんです。推理だけを依頼したいのにこんなことに巻き込んで申し訳ないんですけれども、ここまで顔を見せていない三人の兄はもちろん、父の後を継いで椋木グループ会長の座を狙っています。本当は兄弟同士でこんな争いをしたくないんですけれど。増吉はどうやら遺書も残さずに亡くなったようなので、次期会長も定かではなく。そのため、世間に公表するのも次期会長が決まってからのほうがいいだろうということでお二人をわざわざこんなところまでお呼びたてしたということなんです」
四葉さんは心底申し訳無さそうに言う。ここまで、短い間だけれども四葉さんは良い人だということが分かった。きっと、こんなことは望んでいないのだろう。
「正直な話、私には椋木グループの会長なんて重荷すぎます。グループ内の方々やこの館の人々に期待していただいている方々の前ではなかなか言えませんけど、私はこのままグループの化粧品部門で働いていきたいんです。けれどもこのままでは椋木グループから追放どころか犯人にすらされかねないので、お二人に助けてもらおうと」
凪沙は、その言葉に胸を張って言う。
「お任せください。私たち二人が組めば、どんな事件も解決して見せますよ」
「ありがとうございます」
四葉さんはそう言って深く頭を下げる。私もそれに続いた。
「では、まずは家族構成を教えていただけますか?」
四葉さんは適当な紙を取り出し、ジェノグラムを書き出した。
「まずこの館の主人であり被害者の増吉と、前妻である幸代さん」
「前妻?」
「そうなんです。この方は私とは面識が無いんですけれども、どうやら増吉とはいわゆる政略結婚というか、そのころは新興企業だった椋木家具の発展のために愛もなく結婚したとは中道さんから聞いたことがあります」
「中道さんはそのころからこの家に仕えていたんですか?」
かなり高齢には見えるけれども、増吉とはどういった関係なのだろうか。
「いえ、その頃の中道さんは幸代さんの会社にいたそうです。そして、増吉と幸代さんの間に生まれたのが長男の修一、次男の英二、三男の雄三です」
「つまり、四葉さんはお兄様たちと母親が違うわけね」
「まあ、そのことでもいろいろとあるんですけれども。それは後にします。父と幸代さんとは夫婦仲もあまりよくなかったらしいですけれども、私はお会いしたことはありません。私の母である優希と再婚する一年前に、病気によって亡くなったと聞いています。その後、幸代さんの家族が持っていた会社が全て父によって椋木に吸収され、椋木グループは発展を遂げたそうで、中道さんもその時にうちに来たそうです」
そういいながら、四葉さんは携帯の画面に家族写真を表示させる。ぱっと見たところ、四葉さんが保育園に入園した時のもののようだった。四葉さんを間に挟んで手を繋ぐ増吉と優希さんは歳が離れているがとても仲が良さそうに見える。
仲が良くなかった政略結婚とはいえ、一年後に再婚というのはなにかきな臭い。
「増吉さんと優希さんの仲は、四葉さんから見てどうでした?」
「私は、仲の良い夫婦だと思っていました。母もとても私に優しくしてくれましたし、中道さんたちに聞いても同じように言うと思います。事実、母が亡くなってからも、母の部屋にあった荷物を移動させて、保存してありますから」
「それは、どこに?」
凪沙がチーズケーキの破片を口からこぼしながら、四葉さんに迫る。
「母の荷物が置かれてあるのは、玄関の真下にある地下の倉庫です」
「ちなみに幸代さんとの関係については聞いたことがありますか?」
「いえ、私はもちろん生まれていなかったので詳しくはありません。ミヨさんに聞いた話なので確かなのかは分かりませんが、幸代さんとの夫婦関係はあまりよくなかったそうで、幸代さんのお父さんが亡くなってから父は外で女性と数人の関係を持っていたらしいんです。別に兄たちの擁護をするわけではありませんが、父という存在がなく、お金だけ与えられたのであまり良い環境で育ったとは言えません」
四葉さんは紅茶を一口飲み、続けた。政略結婚により結ばれた二人と、その間に生まれた三人の兄弟。外に女性がいることは四葉さんの話ようではおそらく幸代さんたちも知っていたのだろう。そして幸代さんも亡くなって、グループは急成長。そこに勤めていた中道さんもグループに入った。
少なくとも、三兄弟と中道さんには動機になりそうな部分は見つかった。
「じゃあ、次はミヨさんね。あの人はいつからこの館に来たの?」
「それも詳しくはわかりませんが、ミヨさんは高校を卒業してからここにいるということなので中道さんよりも前だと思います。ただ、私が生まれてからここに来た柴崎さんと今泉さん。中道さんも出身などがわかっている中でミヨさんだけどこで生まれたのか、どこの高校を卒業したのかが正式にわかっていないんです。中道さんは父の秘書時代からデータがありますし、柴崎さんと今泉さんはもう平成の話なのでしっかりと書類が残っているはずですが、ミヨさんだけここでどのような契約で働いているのかなどが全てわからないんです。これが何かのヒントになるかわかりませんが」
ミヨさんにも隠れた過去があるのか。私はメモ帳にペンを急いで走らせる。
「こんな聞き方は良くないかもしれませんが、柴崎さんと今泉さんに何か増吉さんを殺害するような動機になりそうなものはありますか?」
私の質問に四葉さんは頭を悩ませているけれども、時計の短針が二周ほど回っても答えは出てこないらしい。二人の年齢から考えて、この館で働き始めるころにはもう椋木グループが成長しきっていたはずだ。もちろん、こんな大きな組織の裏には何があるかわからないけど、会社やグループ関連の要素があるとは思えない。
「すみません、その二人と黒崎医師に関しては何も思い当たるところがなくて」
「ううん、大丈夫よ。人間、そんなに人を殺すような動機があるわけじゃない。考えるだけの材料は貰えたし、今日はもう疲れたから休みましょ。もうお腹いっぱいだしね。美味しかったと料理長に伝えて頂戴」
「そうですね。あまり遅くまでお話しするのも良くないのでこの辺りで。明日は地下の倉庫などを案内させていただきます。では、おやすみなさい」
四葉さんはそう言いながら凪沙がほとんど片づけたお皿を持って、私たちの泊る部屋を出ていった。階段のところまで見送って私が部屋に戻ると、凪沙は既に気持ちよさそうに寝息をたてて、ぐっすりと眠っていた。