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第5話 出題編1-5 怪物の遺体

 六花館りっかかんという名前だけあって、館の構造は非常に特徴的なつくりをしている。六花と言えば雪の結晶をさすのだが、まさに上空から見るとそのように作られているらしい。それぞれ、六角形の塔が廊下を挟んで接続されているように見える。


 その中心には螺旋階段があり、それを使うことで二階と一階、一階と地下一階を行き来できるらしい。一階と二階には各階層ごとに、それぞれ六個ずつの部屋があることになる。私と凪沙は同部屋で、二階の南東側に位置する部屋を割り当てられた。どこの部屋でも窓の外から見える景色は全くと言っていいほどに一緒だから、別にラッキーだともアンラッキーだとも思わない。


「父の部屋は一階の最も北東。玄関と応接間が真南にあり、厨房のある南東の部屋を越えた先にあります。どの部屋の鍵も、基本的にはそれぞれの部屋の持ち主が一つを所有し、スペアキーは二階にある中道さんの部屋まで行かなければ手に入りません。中道さんの部屋にさえいけば、この館の部屋を開けること自体はできます」


 四葉さんは歩きながら、部屋の配置を解説してくれた。一階には椋木家の当主である増吉と、三兄弟がそれぞれ部屋を構え、二階には四葉さんと中道さんたち使用人たちの部屋と倉庫が用意されているらしい。そして地下はそのまま通路になっていて先ほどまでコーヒーとクッキーを楽しんでいた玄関とつながる客間の下にある。


「だけど、それが二つとも部屋の中にあったのよね」


「その通りです。今、私が手に持っているのは普段は父が使う用のもので、認知症の始まっていた父がトイレや浴槽に落としても大丈夫なようにフローティングキーホルダーをつけています。これも部屋の中にあったものですが、その時の写真はあとでお見せします。どうぞ、二人ともこちらです」


 いくら大きな館とはいってもすぐにそこには到着した。四葉さんが鍵を挿入して右にひねると、鍵が開く音がする。破られたドアの先、そこに椋木グループ会長であり、この六花館の主である椋木増吉は椅子に座ったまま穏やかに眠っていた。


 その姿はまさに、仕事に命を懸けて生きてきたその生涯を象徴するように、今にも動き出して書類仕事を始めそうな雰囲気があった。遺体となっているはずなのに、どこかオーラを感じる。


「現場は基本的にそのまま? 遺体の状態も」


 さっそく、凪沙は増吉の遺体に向かって手を合わせてから手袋をはめる。私もそれに倣って手袋を装着した。さっそく、問題になる穴の開いていた窓に触れる。


「はい、そのままにしています。窓から雪が入るので閉めましたが、開けていただいても構いません。あとは検死のために遺体を少しだけ動かしたことくらいでしょうか。ですが、それも写真を撮影しておりますので後でお見せします」


 凪沙は窓がある壁の方から部屋を一望して、小さくうなづいた。


「あと、これは遺体の発見当時の話なのですが」


「はい」


「なぜかはわかりませんが、増吉様の遺体を含めて部屋中が濡れていたんです」


 それを聞いて、私も凪沙も一瞬だけ思考が止まる。不自然に濡れていた部屋。風で雪が差し込んだのかと考えたけれども、そもそも遺体の発見当時に窓はほとんど閉まっていたらしいし、四葉さんの口調は明らかにそういう意味で言ったことではなかった。明らかに、不可解な状況で部屋全体が濡れていたということだ。


「ねえ、窓を開けて頂戴」


「もちろんです。捜査のために必要なことがあればおっしゃってください」


 凪沙の指示で、四葉さんがカギが開いたままの窓を開けようと右に押した。するするとそれは動き、全開になる。しかし、冷たい風が吹き込んでは来なかった。


「なるほど、二重窓になっているのね。それで、鍵は両方とも空いていたの?」


 東北地方などの寒い地域では一般的なつくりらしい。少しでも冷気が入ってくるのを防ぐためのものだ。そして二重窓の間に十字架の形をした柵があり、その奥の窓にも同じ場所に穴が開いている。ほんのわずかな、手も通らないほどの隙間だ。


「はい、そうです。窓は閉まっていましたが、鍵は二つとも開いていました」


 しかし、実物を見てみればわかるのだが私は実際に十字架の形をした柵を見るとここから脱出することは不可能に見えた。なら、なにか開いた窓から細工をしたのか。凪沙は何度か窓を開け閉めしているけれども特に不思議な所もない。


 いうなれば密室殺人。確かに、見た目だけなら自殺だと見えなくもない。複製が不可能な部屋の鍵が二つとも部屋の中、増吉の机に置かれている。そして、その机には青酸カリを含んだ水が置かれてあるというのだ。


「まあ、自殺の可能性をすべて消すわけじゃないけれどもね」


 凪沙は黙って、部屋の中を見渡しながら思考を始める。癖になっているのか、腕を組んで片手を顎に添えながらぶつぶつとつぶやいていた。このモードになれば私がいくら話しかけても無意味なので、こちらも探偵の助手として推理してみる。


 部屋の作りは、六角形であること以外は普通に見えた。天井の高さや、床の高さにも違和感は感じないし、特にこれといった細工が仕掛けられそうな場所もない。ドアについた鍵の周りを確認するけれども、どうやらピッキングという線も無さそうだ。物自体は多いけれど壁に密着した棚に収納されており、増吉の殺害に関与したということもないだろう。なら、自殺なのだろうか。


「しかし、すごい装飾品ですね」


 とりあえず、不自然に濡れた水が犯人によるミスリードなのか、それとも何かしらこの密室を完成させることにつながるのか。その謎は凪沙に任せて、私は目についた壁に掛けられ、棚に並べられた骨董品に目をやる。洋館の装いによく似合った品の良い、落ち着いたものもあれば、どこの国から持ってきたのかもわからないようなカラフルなお面まで、多数のラインナップがそろえられている。


「これは、増吉様が若いころに海外旅行へ出かけた時の思い出の品だそうです。近年は体力や病気などの影響でなかなか海外には行けませんでしたが、昔から旅行の好きな方でしたから。私も何度か連れて行っていただいたことがあります」


 荷物を置いてからやってきたのだろう中道さんがいつの間にかドアの近くにいた。懐かしがるように言ったのを聞きながら、再び部屋を見渡していると一つだけ気になるものがあった。理論上は、これなら開いた窓から増吉を殺害できるんじゃないだろうか。壁にかかった、どこの部族あるいは民族から買ったのかもわからないこれ。


「探偵さん、これを見てください」


 私が激しく体を揺さぶると、ようやく凪沙は自分の世界から戻ってきた。


「もう、なによ」


「これですよ。これ。吹き矢なら理論上は部屋の外から増吉を殺害できます」


 一応、これでも探偵の助手として一度だけだが難事件が解決される様を隣で見てきたのだ。更に、普段から過去の事件やミステリー小説で勉強もしている。私だって、そこらの人よりはよっぽど筋道を立てて推理をすることは得意なはずだと自負している。そして、吹き矢を発見した段階で決まったと思ったのだが。


「あのねえ、それだと二つの謎が残るでしょ」


 二つの謎?


「まず一つは、密室の謎が残ったままなこと。仮に殺害を外からできたとしても増吉

さんが部屋の中で二つの鍵を持っていた時点で、犯人はそれをセッティングしてから部屋を出たのだから密室が作られているのに変わりないわ」


「でも、それは増吉さんが中から閉めたんじゃ」


 反論をしながらだが、私は確かにそれがおかしい点であるとは気が付いた。片方の鍵があれば充分なのに老体の増吉がわざわざ二階にある中道さんの部屋にまでいってスペアキーを自身の部屋に持ち込む理由などない。他殺なら、敢えて密室だったことを強調するために犯人が置いたと考えるのが自然だ。


 ただ、自殺の場合は自殺する人の心情を理解できないから何とも言えない。


「そして、もう一つが青酸カリっていうは基本的に体内に摂取してから効果を発揮するのよ。皮膚からも毒は体内に入り込むけれども死に至るかはわからない。悪くない推理だとは思うけれども、現実的にこの狭い隙間を吹き矢で狙う技術も求められるのは。限りなく可能性がゼロに近い推理ね」


 そういいながら凪沙が指さしたのは、増吉の遺体が座る椅子だった。いわゆるロッキングチェアと呼ばれるつくりのもので、足の部分がソリになって前後に揺れるものだ。そして、背中には確かに木の柱が四本、その間にわずかな隙間はあるけれども一般人が吹き矢で狙い打てるような隙間じゃない。そもそも、吹き矢なら背中に痕跡が残る。その可能性を検証したかはわからないけど、調べればわかってしまう。


 ダメだったかと小さな溜息が漏れた。しかし、凪沙は何かに気づいたらしい。


「でも、この椅子だけなにか不自然ね。机とはなんだか作られた場所というか色合いも違うし、デザインも違う文化圏のものだし。机周りのインテリア、こういうのって普通はデザインとかを合わせるものじゃないの?」


 凪沙はロッキングチェアに触れながら、確認する。ただ、その椅子にも不自然な点はない。何度か増吉の遺体が椅子と共に揺れた。死後硬直は既に終わりきっていていくら椅子を揺すっても遺体はびくともしない。


「それは、増吉様が座って作業をするのが困難になったということで少しでも体に負担がないような椅子として今泉君が選んでくれたものです。増吉様も気に入っていらっしゃったのでデザインはあまり気にしておられなかったのでしょう」


「まあまあ、とりあえずはわかったわ。部屋に戻ってゆっくり考えてみましょ」


 凪沙がそういってから、四人は増吉の部屋を後にした。

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