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第4話 出題編1-4 六花館

「到着しました。こちらが椋木家の所有する六花館です」


 雪の降る山道を力強く乗り越えて、ついに車は目的地に到着した。被害者である増吉の殺害現場でもあり、四葉さんたちの実家でもある六花館へと到着した。真っ白な雪山をバックに、黒い壁の洋館がひっそりと佇んでいる。あたり一面は吹雪で百メートル先も見えないせいで、視界にあるのはただ一つの色。その深い黒が視界を支配していた。まるでこちらを押し潰さんとばかりに大きく見える。


「ううっ、寒い」


 温かい車内にいたせいか、より冷えて感じる。荷物は運転手を務めていた中道さんがいつの間にか下ろしてくれていた。どうやらそのまま持って上がってもらえるようなので、私は手袋の上から空いている両手を擦ってそこに息を吹きかける。白く結露したはずの息すらも見えないほど、地面は白く覆われていた。


「少しでも遠くに出たら、確実に遭難しますね」


「別に外なんて出たくもないわよ。さ、さっさと入って」


 新幹線では私が呆れるほどはしゃいでいたのに、今の凪沙にその面影は全くと言っていいほどに無く、とにかく早く温かいところへと避難したいというのがひしひしと伝わってきた。返事もおざなりになっている。私もそれに関してはまったくの同意なので、四葉さんの後ろにぴったりとくっついて、六花館へと足を踏み入れた。


「どうぞ、こちらが六花館です」


 足を踏み入れた瞬間に、私はまぶしさに目が眩みそうになった。まるで明治時代に作られたような、色とりどりの調度品が四人を出迎える。天井から吊るされた豪華なシャンデリア、シルクのテーブルクロスが引かれた木製のテーブル。明かりもわざとなのかどこか薄暗く、それがより館内を幻想的に見せていた。窓の外に見える雪すらも照らしているように、気品がある。まさに、女の子が子供の頃に憧れるお嬢様の豪邸といった雰囲気だ。できることなら、すべて写真に収めたいほどにまぶしい。


「ようこそお越しくださいました。上着をお預かりいたします」


 そう言いながら、二人のメイドさんが私と凪沙のコートを回収していく。テキパキとそれを木製のハンガーに掛けていく様、秋葉原にいるようなフリフリの装いではないけれども、黒いドレスの上に白いエプロン。膝の下まで隠れる長いスカートが、より上品に魅せていた。しかも、二人とも顔立ちがしっかりと整っていてメイド服が良く似合う。これがお金持ちの感覚なのかと、少し驚いた。


「どうぞ、こちらへおかけください。飲み物としてコーヒーか紅茶をご用意しますが、お二方はシュガーとミルクはご入用でしょうか?」


 先に上着を掛け終えたメイドさんが、私たちに問いかけてきた。


「二人ともコーヒーで、砂糖もミルクも何も要らないわ。ブラックでお願い」


 私には一切の確認を取らず、勝手に凪沙は返答する。まあ、私自身は基本的にコーヒーはブラックで飲むタイプなので何も問題がない。問題となるのは、凪沙自身だ。


「畏まりました。少々、お待ちください。お嬢様と中道にも淹れましょうか?」


「うん、お願い」


 それだけ確認を取ってから、メイドさん二人は部屋から去っていった。中道さんはどうやら部屋へと荷物を運んでいてくれるらしく、私と凪沙、そして四葉さんの三人が部屋へと残された。ふと、沈黙が部屋の中を支配する。


「すごいですね。メイドさんがいるなんて」


 その空気に耐えかねた私は、四葉さんに話しかける。


「そうなんです。二人とも、すごく綺麗で仕事もできるからメイド服がすごく似合っているの。特に、さっきコーヒーの確認を取ってくれたのが柴崎しばさきさん」


「お呼びでしょうか、お嬢様」


 そう言いながら、コーヒーの入った四つのカップとお茶菓子をトレイに載せて柴崎さんが部屋へと入ってきた。その姿勢が崩れることはなく、背筋は伸ばされて歩く方向もまっすぐにこちらへと向かってきている。何か、武術の心得がある人の特徴だった。すらっとしたその足はまるでモデルみたいだ。四つのカップも揺れていない。


 隣にいる凪沙もかなりスタイルはいいけれども、いかんせん子供っぽいから大人に見えない。一方、柴崎さんは大人らしい魅力がスタイルに現れている。髪型は綺麗にまとめられたポニーテールで、光に当たると茶色にも見える黒髪。それがより大人ぽさを醸し出している。目元も鋭くて、いかにも仕事のできる女性って感じだ。


「ううん、なんでもないの。ただ、メイドさんが珍しいからって」


「そうですか。こちらはコーヒーです、お待たせいたしました」


 柴崎さんは、コーヒーを置く際にその人に向かって笑顔を浮かべてからどんどんとテーブルに並べていった。静かに仕事をしていると、美人というか顔立ちが整いすぎて近寄りがたい印象を受けるけれども、その分だけ微笑むと柔らかい。


「あ、ありがとうございます」


 私は、そのままコーヒーに息を二度、三度ほど吹きかけてから口元へと運ぶ。コーヒーに詳しいわけではない、普段は粉を溶かしたコーヒーを飲んでいるような私でもわかるほど、良い香りがした。そのまま口へと運ぶと、程よい苦みが口の中へと広がる。こんなに美味しいコーヒーを飲んだのは、生まれて初めての事だった。


「すごく美味しいです」


「ありがとうございます。給仕長が豆から選んで、自ら挽くほど拘りを持っているので、お客様から褒めていただけばとても喜ぶと思います。どうぞ、そちらの方も召し上がってください。お茶菓子としてクッキーもどうぞ」


 柴崎さんは、凪沙にコーヒーを飲むように促した。こうなることはわかっていたから止めれば良かったかもしれないと私は思うけれども、自業自得だ。凪沙は、ブラックコーヒーが基本的に苦手だ。理由は苦いから。


 入れてもらったコーヒーは、私としては程よい苦さけれどもコーヒーチェーンでも苦いという凪沙にはからり辛い代物だろう。ひとえに、大人っぽいとか名探偵っぽいという理由で外ではブラックコーヒーを頼む癖はやめたほうがいい。毎度毎度、それを注意しているのにやめないのは凪沙だ。


「じゃ、じゃあいただきます」


 凪沙は覚悟を決めて、コーヒーを口に含む。それなりに長くて濃い付き合いの私にはわかるけれども、どんどんと顔が青ざめていく。それでも、プライドなのか礼儀なのか、頑張って飲み切った。こういうところは、偉いと思う。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 明らかに普段よりも顔色を悪くしながら言うものだから、私は笑いをこらえるのに必死だった。そのまま、苦みを消すためか後から運ばれてきたクッキーをどんどんと口に放り込んでいく。私は後で、凪沙には黙って甘めのコーヒーを用意してもらうのを柴崎さんに頼むことを決めた。


 全員がコーヒーを飲み終えてお皿の上に用意されたクッキーもほとんど凪沙が食べきったところ。たぶん、このクッキーも高級品だというのに何も気にせず、近くのドラッグストアで買ってきたみたいな調子で食べ続けていたのだ。あきれていた反面で、どこかこの館に彼女からすれば戻ってきたはずなのに表情の硬い四葉さんにとっては良かったのだろうか、クッキーが無くなったのをみるとすぐに立ち上がった。


「では、さっそくですが現場へとご案内いたします。今泉さん、部屋の鍵を」


「はい、かしこまりました」


 こちらは小柄で可愛らしい今泉いまいずみと呼ばれた柴崎さんとは違うもう一人のメイドさんは、すぐに鍵をポケットから取り出した。そこまでは打ち合わせができていたのだろう。彼女は柴崎さんと対照的に短い髪や丸い目。切りそろえられた前髪などどこか幼さを感じさせる。四葉さんの年齢はわからないが年の少し離れた姉妹のようだと、そう思えるほど顔の系統は似ていると思う。


 四葉さんからすれば、最も黒に近い容疑者であることが耐え難いのだろう。どこか、焦りがあるのようにも感じたけれどもそれは仕方のないことだ。私と凪沙はふかふかのソファーに沈み込んだ腰を浮かせて、立ち上がった。

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