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第3話 出題編1-3 密室

 当たり前のように何万という人が行き交う東京駅から、依頼人である椋木四葉が取ってくれたであろう電子チケットで二人は新幹線に乗り、一路仙台を目指した。私にとって新幹線に乗るのは中学生時代に、京都と奈良へ行った修学旅行以来のことだった。しかし、その時とはテンションが雲泥の差である。あの頃は良かったなあ。


 窓の外に降る雪を見ていても、綺麗なんて思わずに溜息しか出ない。メールを送ってくれた椋木四葉だって、文面は丁寧だったけれどもどんな人かわからない。社長とかそういうたぐいの人に私はあったことがないので、怖いイメージを勝手に抱いている。冷徹というか、サイコパスというか。


 一方で、隣に座る凪沙はえらく上機嫌だ。どうやら、東京の都心部ではとてもじゃないけれども、こんな光景は見られないほどに深く積もった雪を見られたこととグリーン車なことが嬉しいらしい。私が隣にいると少し恥ずかしいくらいに。


「わぁ、みてみて。すごい雪よ!」


「はいはい、わかりましたから」


 凪沙はちょうど、通路を挟んで向こう側にいる五歳くらいの女の子と同じテンションで牛肉煮の弁当を頬張りながらはしゃいでいた。私の頭には、犬は喜び庭駆け回るという小さなころから耳に馴染んでいる歌詞が浮かんできた。どちらかというと気まぐれで気高い猫のような人であるはずなのに、こういうところは子供っぽくて素直だ。あ、私の弁当にいつの間にか人参が増やされている。


「とりあえず、今回の事件は何系でしたっけ」


「わかんないけど、密室とか?」


 そう言いながら手渡された携帯電話。そこには依頼のメールが表示されている。季節の挨拶なども含まれていてとてもお洒落だけれど、一方で少し読みにくい。わかりやすく事件について書かれたところを抽出してみる。


「一点に穴がある密室ですか」


 文面だけだとどうしても理解しきれないけれども、おそらくそういう状態で増吉が遺体として見つかった。脱出できるという言い方は変な気もするけれども、穴は窓に開けられたわずかな穴。間違いなく、それが今回の殺人に大きく関係しているはず。


「もう、そんなことは後でもできるから。車内販売で何を買うか考えましょ」


「はぁ」


 余りにもハイテンションな凪沙。そのせいで私は余計に疲れたと思う。朝五時にたたき起こされて、そこから寝ずに動いてきた。さらには心労までついてきたのだから疲れて当たり前だ。ただ、眠る前に確認しておかなくてはいけない。


「それで、仙台駅についた後はどうするんですか?」


「駅まで車で迎えに来てくれるらしいわ」


「へえ、それは親切ですね」


 私は少しだけ皮肉交じりに言った。脅迫まがいの依頼に親切もクソもない。


「どうやら事件現場であるは車でしか行けないみたいだから、車に乗れば後は向こうに任せておけばいいらしいわ。どうせ、私もあなたも運転はできないし」


 車でしか行けないところ、つまり逃げ場はないということだ。もしかしたら最後になるかもしれない惰眠をむさぼるべくリクライニングを倒して顔を凪沙とは逆の方向に向けたところで、無理やり顔を掴まれてそれを阻止される。


「なにしてるの、せっかくだからトランプしましょ。新幹線と言えばトランプでしょ。せっかく駅の売店で買ってきたんだから。大富豪、七ならべ。なんでもいいわ」


「いや、眠たいんですけど」


 しかし、私の悲痛な叫びは新幹線がトンネルに入ったせいで届かない。凪沙はいつの間に買ってきたのか新品のトランプを取り出してシャッフルし始めていた。



「そろそろつきますよ。ほら、降りる準備をしてください」


 それからどれだけの時間をトランプをして過ごしていただろうか、いつの間にか車内のアナウンスで仙台に到着することが知らされた。


「はいはい」案内表示板を頼りに改札をくぐる。


 さすがに東北地方一の大都市ということもあってか、降りる人も乗る人もこれまでより多かった。凪沙がどこかへと行かないか目を配りながら、私は大きな荷物を持ってホームへと降り立った。ホームにある隙間からふっと木枯らしが吹きこんできて、安いコートでは十分に寒く感じる。さすがに一千万以上の報酬をもらえれば、ボーナスくらいは出るだろうからコートを買い替えようと私は決心した。


「こっちみたいですね」

 

 改札を出ると、様々な方向へと人が移動している。人がたくさんいるせいでなかなか動きづらいけれども、なんとか吊り下げられた案内板を見てとりあえず駅の外へ出ることができた。言葉を発するたびに空気が白く目前を舞い、立ち止まっていると雪がどんどんと肩に積もっていく。メールに書いてあったとおりの待ち合わせ場所に到着すると、そこにはいかにも高そうな車が待っていた。私は車に詳しくないからわからなかったけれども、少なくともハンドルは左についていた。


「お待たせしました」


 私が、車の近くで姿勢を正して待っている人に声をかけると、その人は柔和な笑顔を浮かべて返事をしてくれた。車の助手席に座っている人もこちらに気が付いたのか、ひらひらと手を振っている。二人とも上品すぎて眩しいくらいに。


「どうも、小伏凪沙様と渡橋銀杏様でお間違え無かったですか?」


「はい、そうです。椋木四葉さんの依頼を受けてやってきました」


 そういいながら私が凪沙の携帯電話で依頼のメールを開いてそれを見せる。


「確認しました。どうぞ、こちらへ。四葉様は中でお待ちです。荷物は私が」


 そういいながら、彼は後ろのドアを開いて私と凪沙を中へと誘導した。開いたドアから、暖房の空気があふれ出てくる。その魅力に抗えずに、荷物をさっと預けてから車へと飛び乗った。冷やされた体を、じんわりと車中の空気が溶かしていく。


 東北なまりのあるラジオの音声だけが車内に流れている中で、預けた荷物が荷台に積み込まれている間に、助手席に座る彼女は話し始めた。


「小伏さん、渡橋さん。よく来てくださいました。このような姿勢で名前を名乗るのも申し訳ないんですけれども、依頼主の椋木四葉です。運転席にいるのは執事長の中道なかみち。ここから少しばかり言った我が家で改めてご挨拶をさせていただければ」


 そういいながら、四葉さんと荷物を載せて運転席に戻ってきた中道は軽く半身になってこちらに頭を向けてから体を曲げる。私もそれに合わせて、頭を下げた。どんな条件であれ、ここに来た以上は四葉さんは依頼主であるから、基本的なマナーはしっかりしないといけない。凪沙にはそれが期待できないから、私がやる。


「どうも、渡橋です。こちらが小伏です」


 一応、こういう時のために作ってある名刺を渡しは手渡した。すると、四葉さんはそれをこれも柔らかい笑顔を浮かべて受け取ってくれた。どうやら、悪い人ではないらしい。年齢も年上だろうけど、私や凪沙ともそこまで離れていない様に見えた。


「ありがとうございます。お噂はお伺いしております。では、参りましょう」


 四葉さんがそこまで言ったところで、アクセルがかかる音がした。


「それでは、安全運転でいかせていただきます」


 私と凪沙を乗せた車は、仙台駅を後にして山のほうへと走り出した。



 車が動き出して少しすると、四葉さんが話を始めた。もう、高いビルはほとんど見えなくなって、白い傘を被った山々が車の大きなドアの真ん中に位置付けられている。


「まず、こちらまで出向いていただきありがとうございます。詳細な内容を依頼を受ける前に明かすのは家族に反対されたせいで失礼な依頼状となってしまいました。これから、簡単にですが増吉殺害の謎を解き明かすうえでの依頼内容などを確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 そこまで言うと、凪沙はこくりと頷いた。それをバックミラーで確認して、四葉さんは話を続ける。私もそれに異論はない。考える時間はあればあるほど良い。


「では、説明させていただきます。一昨日の夕方、時刻で言えばちょうど十八時頃にわが父であり椋木グループの会長でもある椋木増吉むくのきますきちが自室で遺体となって見つかりました。死因は、父のかかりつけ医でもあり現在は我が家に留まってくださっている黒崎くろさき先生によると毒死だそうです」


 毒死、また難しそうな話だった。


「なるほどね。それで、私たちが呼ばれたと」


「ええそうです。別に私たちもそれが単なる毒死ならば問題はありませんでした。ですが、その状況がいかにも変だったのです」


「変とはどういうことですか。そもそも、使用された毒物は?」


 私が矢継ぎ早に問いかけると、四葉さんはそれに対して淡々と返答する。


「使用された毒物はシアン化カリウムです」


 シアン化カリウム。その言葉を聞くと、さすがに私と凪沙もすぐにわかりやすく反応してしまう。職業病とでもいうのだろうか。推理ドラマでは定番の、通称で言えば青酸カリだ。しかし、凪沙にこれまで一年近くも教育されてきた私は既におかしいと感じていた。しかし、ここでは指摘しない。


「もちろん、それだけなら問題はありません。ですが、父の遺体は発見当時、椅子に座った状態で見つかり、その前にある机には青酸カリが含まれた水の入ったコップがありました。父自身による服毒自殺と考えればそれで納得なのですが、父は来月に控えた東京に住む孫娘のために旅行の計画も立てており、自殺をする理由が思い当たらないのです。娘の私が言うのも変ですが、父は幸福な人生を送っていたと思います」


「なるほどねえ。じゃあ、何者かがその飲み物を飲ませたとか?」


 凪沙が相槌を打つ。視線は外の雪景色を見ながら、何かを考えているようだった。


「そう考えるのが自然だと思います。ですが、ここで不思議な点があります。遺体の発見当時、その部屋の鍵は両方とも父の机の上に置かれていたんです。もちろん、複製は不可能で、過去に海外のメーカーに特注で作ってもらったカギです。念のために確認しましたが、そんな客はいないと。空いていたのは、窓の一部の穴だけ」


「なら、窓から脱出したんじゃ?」


 強盗の手段として、というか無理やりに部屋をこじ開ける方法として窓の一部を割って鍵に手を伸ばして開く。これは想像がついたが、その程度なら椋木一族ならばすぐに推測できるだろうと思う。なら、別の可能性をすぐさま頭に走らせる。


「いえ、それもないんです。というのも実際に現場を見ていただければわかると思うんですけれども、増吉はすでに軽度の認知症を発症しており徘徊などによる転落の危険を避けるため、窓には十字架の柵をつけて脱出ができる状態ではないんです。それこそ未就学児くらいの子供ならともかく大の大人が通り抜けるのは無理だと思います。子供は、この三カ月ほど屋敷には出入りしていません」


 なるほど、どうやら増吉は密室で毒殺されたということらしい。


 しかも、青酸カリで。ここがおかしい。探偵でなくてもわかるほどに。


「う~ん、まあ普通に考えればカギになるのは放置されていた青酸カリが含まれた水よね。密室をどう作り上げたのかを度外視するなら、それを飲んで死亡したと考えるのが自然。だけど、それがトリックだとするなら、例えば昼食に青酸カリを混入させていたとかみたいな、そのほかの方法で青酸カリを紛れ込ませたとか」


 凪沙が的確にその頭脳を使って要点をまとめた。それに四葉さんも頷いている。


「そうなんです。私もそこまでは推理ができたんです。ですが、それだと問題が」


「問題?」


 凪沙の言葉を遮り、四葉さんは話を始める。


「基本的に料理は同じ調理器具で作り、それをわけるのが基本です。そして、うちでは父以外は食卓について食べるのが慣例ですから、まずは私たちに取り分けてから父の部屋に運ぶことになっています。ですが、もちろん私を含めて同じ料理を先に取り分けたにも関わらず、ぴんぴんしています」


「じゃあ、その運んでいる間に青酸カリを混入したんじゃ」


 短絡的な思考かもしれないが、私がいつも凪沙から言われているのはその他の確率をすべて潰したうえで最後に残ったものが真実。それに則るとまずはそれに従うのが自然だった。まして、青酸カリなんてものを使用したのだから。


「そうです。そして、その日に昼食を運んだのが私なんです」


 四葉さんがそういった瞬間に、車の中の温かい空気が凍った気がした。


「もちろん、私はやっていません。ですが、その一点で私は疑われています。それは仕方がない。だから、小伏さんと渡橋さんに私への嫌疑を晴らして欲しいんです」


 そういいながら、四葉さんは頭を下げた。これまで、社長という役職におびえていた私にとって、礼儀正しい彼女が見せた弱い姿勢は、庇護欲をそそられた。守ってあげたい、なんとか助けてあげたいと、私はそう思った。

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