第18話 解答編1-2 英二&修一殺しの謎
「ほら、この一本道ですよ。さらに物置のドアは内開きですから英二様の遺体があんなところにあっては部屋から脱出できないですよ」
今泉は勝ち誇ったように言う。でも、今泉がアリバイを作るために私たちと一緒にいて、かつこの密室を作り上げる方法がある。あの時に私と凪沙が完璧なタイミングで階段を降りてきたのは、彼女にとっては幸運だった。
「到着したわ。さすがに英二の遺体を再現に使うのは申し訳ないから代わりに抱き枕を代用している。今泉さん、開けてみて」
「はぁ、わかりました」
今泉がドアを開くと、隙間から暖房の温かい風がこちらに向かって吹いてきた。そして、視界に入ってくるのは英二の遺体。ただ、どこにも凪沙が再現に使用したという抱き枕は見当たらない。
「その抱き枕というのは?」
中道が問いかけると、凪沙は黙って上を指さす。すると、今泉の鼻先にちょうど水滴が落ちてきた。それは一定の間隔で落ちてきて、カーペットに染み込んでいく。
「ああっ」
物置の中には、天井から水滴がぽたりぽたりと落ちている。そして、その水滴は物置の入り口から向かって上にあるカーペットから垂れてきていた。
「知っているかはわからないけど、これは氷橋を参考にしたトリックよ。かつて北海道の開拓民たちが丸太や藁などを凍らせて仮設の橋を作っていたという話が残っているわ。実際のものは人が渡れたほどの強度があるみたいだし、こんなに狭い幅ならなんてことはないわ。犯人はこれを参考にドア付近の壁にくっついている棚の両方にカーペットの両端を載せたら、十分に強度のある橋が出来上がる」
「つまり、犯人はカーペットを凍らせて両端を棚に載せることで橋にして、その上に英二様を放置したということですか?」
「ええ、そうよ。これで暖房が付いていた理由もわかる。地下は普通にしているとこの温度だからなかなか氷は解けない。だけど、こうしていれば暖房の温かさでどんどんとカーペットの氷が解けていく。そうして強度が緩んだところでカーペットが落ちて薬なりで気絶させていた英二の体が曲がればそのまま落ちていき、準備されていた剣の先に突き刺さって……というわけね」
凪沙が言い終わるのが早いか、ちょうど溶け終わったカーペットが崩れる。そのタイミングで抱き枕が直角に折れ曲がって落ちてきた。まっすぐ寝かせていれば腰が曲がってそのまま真っすぐに落ちる。これでドアの前に邪魔ができるというわけだ。
「犯人は英二と揉みあって暴れた時にシャンデリアやグラスを割るほどの大立ち回りをして殺害。その後にポケットから何かを取り出すために身体を起こさせたというシナリオを描いたんでしょうね。それをしておけば遺体が仰向けなのも理解できる。ポケットの内側を出すだけでそんな工作できるんだから簡単よね」
「じゃあ、アリバイも無意味ということですか」
柴崎さんが聞くと、凪沙は小さく頷いた。これなら英二が亡くなった瞬間に犯人が部屋の中にいることはないから、一本道の廊下で出会うはずもない。二重の密室は脆くも崩れ去った。しかし、今泉は反論する。
「でも、このグラス片はどうやって説明するんですか。こんなに部屋中散らばっていて、実際に探偵さんもグラスが割れる音を聴きましたよね?」
今泉の言う通り、部屋には四方八方にグラスが飛び散っている。その散乱具合から、さすがにここまで大きく暴れていれば一階にいる誰かが気が付いてもおかしくはなかった。しかし、それも凪沙は既に解き明かしている。
「ええ、聞いたわ。でも、グラスが割れる音は聞いたけどどれだけの数かなんてわからない。当たり前よね、実際には私の隣にいた銀杏は耳が良くないから聞こえないほどの音量だったもの。およそ、こうすれば可能なんじゃない?」
そう言ってから凪沙は棚に無事に残されていたグラスを英二の代わりに使っていた抱き枕の上に適当に並べ始めた。それをするたびに今泉の顔が引きつる。
「英二が落ちる衝撃でグラスは落ちる。別にどんな形で落ちてもいいから、あなたは音を鳴らしたかった。二重の、私と銀杏の証言による密室を作るために」
「だとしても、それならグラスはドアから向かって奥にいくように倒れるんじゃないですか? 犯人との揉み合いがあったと思えるほど倉庫は荒れていますが」
中道さんは、緊張を解かない。なかなか推理もできるようだ。
「それも簡単な話よ。事前にどういう方向に飛ぶかを考えて、それ以外の方向に向かってグラスを割っておけばいい。どうせ、この倉庫はあまり使わないらしいじゃない。なら、ここを散らかしておいてもばれることは無いわ。静かにグラスを割るだけなら、誰も気が付かないしね。私なら深夜にこっそりやるわ」
私は今泉の方を見るけれども、どうやら反論はできないようで。静かに下を向いていた。今は何を考えているのだろうか、そんなことはわからない。
「でも、あのボートはどう説明するんですか。やっぱり、あれを説明してくれないと一緒に長い間働いてきた由梨が犯人だなんて信じられないです」
柴崎さんの気持ちはもっともだった。こちらは今泉には優しく丁寧に対応してもらったとはいえあくまで客人だ。言葉だけでは納得できないものがあるのだろう。
「それも説明してあげるから、とりあえずここは去るわよ」
再び客間に戻って、凪沙は全員が部屋に入ったことを見て話し始める。
「ボートに関しても、氷を利用したトリックよ」
「氷?」
「ええ、さっきは中道さんが除雪作業を行っていたわよね。それを見て、すべてわかったの。考えてみれば、簡単なことだった。人間でも充分に可能よ」
そのトリックは、あれだけ大掛かりな殺人ながらも仕組み自体は非常に簡単なトリックだった。銀杏も凪沙に聞いた時には拍子抜けしたように。
「除雪作業ですか。まあ、行いましたが」
「じゃあ、その時に使用したのは何?」
どうやら、まだ全員がピンと来ていない中で今泉の顔に余裕がなくなっていく。
「何って、凍結防止剤ですよ」
「そうよ。最初、その光景を見た銀杏はお湯や地下水で、いうなら道路の消雪パイプのように氷を溶かせばいいのにと思っていたけれども、それは大きな間違いだった。それこそ仙台市内や豪雪地帯でも日本海から吹く季節風の影響で雪が降る地帯と違って、ここは単純に気温が低いことがあげられる。その最も大きな違いは、水が氷ること。パイプのようなものを敷けば水が凍ってパイプが爆発する危険がある。それに、水を撒いたところで道路上で凍ればより危険。滑りやすくなるの」
「滑りやすくなるって……もしかして!」
四葉さんが何かをひらめいた様子を見せた。
「そうよ。今泉さんはこの現象を逆手に取った。あんなに大きなモーターボート。担ぐのはもちろん、それこそ一本だたらでもない限りは不可能だし、これほどまでに深い雪なら台車の要領で車輪を付けても雪を咬んで動かない。なら、あらかじめ導線上に水を撒いて凍らせておけば移動は簡単になるのよ」
凪沙がそう言うと、ざわめきが走る。
しかし、今泉はまだ反論の余裕があるようだった。
「でも、それじゃあ滑らせる地点まで移動させることは簡単でしょうけれども、どうやって修一様の部屋を狙ってボートを落として殺害したのか。それに、移動させた後に斜面の手前でボートを放置したとすれば、犯人はそれに一押しを加えるために外に出ないといけない。あの時、私は修一様の部屋で大きな音がした時にすぐに駆け付けましたよ。雪なんて髪についていましたか?」
「まず、このボートを落とすという殺害方法では正直に言って誰でもよかったんでしょ? もちろん、修一がターゲットだったけど英二でも良かった」
凪沙が冷静に反論すると、今泉は体を少しだけ引いた。
「部屋の並び順を考えると、修一と英二、さらに雄三は並んでいる。そして、斜面に対して向かっているのはその三人の部屋だけ。なら、そのうちの一人を殺害できれば充分くらいの考えで、もしも失敗したとしても一本だたらという存在による恐怖を植え付けて館の中を混乱させることができる。どうかしら?」
今泉は返事をしない。凪沙はそれを確認してから続けた。
「また、今泉さんがすぐに事件現場に駆け付けたのも自然なことよ。なぜなら、ボートは勝手に雪が落としてくれるんだから」
「どういうことですか?」
久米さんが聞くと、凪沙は増吉の部屋から拝借したであろうボートの模型を取り出した。そして、指をさしながら説明する。
「いわば自動装置よ。まず、ボートの後方に雪を積んでから斜面で滑り落ちないようにバランスを取る。これで放置しておくだけでそれは完成するの。ボートの後ろは既に雪があるからボートの外に雪が流れていくけれども、どんどんボート前方に雪が積もってバランスが取れなくなり、斜面を落ちて修一の部屋に激突したということね。別に英二を殺害した方法と、雄三を殺害するために用意していたトリックは誰に使用してもいいようなものだったんでしょう。全員、兄弟ということもあって体格も似通っているし思考も同じくらいのレベルだから出し抜くのは難しくない」
これで、修一殺害の謎と英二殺害の謎が解けた。
しかし、もう一つだけ残っている。
「でも、増吉様を殺害したのも今泉さんということですか?」
「まあそうなるわね」
黒崎医師の問いかけに凪沙が答えると、今泉はそれに食って掛かった。
「でも、あの部屋は密室だったし鍵だって複製できない。あの部屋をどうやって説明するんですか! それに私じゃないといけない証拠なんてない!」
もう余裕がなくなっているのか、かなり口調が強くなっていた。
「それも非常に簡単な密室だったわ。実際に説明してあげるから、もう一度移動しましょ。この事件の始まりの場所、増吉の眠る部屋へ」