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第16話 出題編2-8 今、雪は解けた

 黒崎医師からスペアキーのリングを受け取って、靴を回収しに行った凪沙と合流するべく玄関へ行くと、そこには既に凪沙が待っていた。


「さ、すぐに倉庫へと向かうわよ」


「一応、中道さんに言っておいた方が……」


 おそらく玄関から出てすぐ外にいるであろう中道さん、ドアの摺りガラスにはその背中が動いているのがぼんやりと見えていた。玄関の先にあるランプが光を照らして、その周りだけは雪が光を反射して昼のように見える。


「よく考えなさい、まだ誰が犯人か確定していないのよ。いくら私と二人だからと言って中道さんが武器でも持っていたらどうするの。いいから黙っていくわよ」


 そう言われて、私は引っ張られていく。さっき、黒崎医師が平然としていたことから同じ部屋に泊っている中道さんも犯人ではないと思っていたけれどもそれが正解とは限らないのだ。自分の楽天的な部分を反省しながら階段を下る。


「うわ、すごい不気味ですね」


 さっきまでは多くの人が周りにいたからなんとも思わなかったけれども、蝋燭などで彩られ、外の明かりが全く入らない地下の廊下はあまりにも寂しい。まだ館の主だった増吉たちに鎧や甲冑を飾る趣味が無かったのは良かった。


 ぶるぶると震えながら、携帯の光を頼りに前へと進む。倉庫のドアは大きく、それを押すと先ほど放置していた英二の遺体が見えてきた。その光景はあまりにもホラーチックで、発見時よりもよっぽど怖い。ただ、この中で証拠を探さなければならない。凪沙の言う通りなら、ここにその証拠が残っているはずだ。


「でも、もしその証拠が無かったらどうするんですか?」


「その時はそのとき、修一殺しでも犯人に繋がる証拠が出なければ、まあどうにかするわよ」


「それで大丈夫なんですか……」


 凪沙は意気揚々と答えたけれど、それは倫理的に大丈夫な方法なのかと心配になる。まあ、殺人現場に倫理とかそういうものを持ち込んでも仕方がないとは思うけれど、できれば決定的な物的証拠を提示して犯人がしっかりと罪を告白してくれた方がいいと思う。ただ、それをここで凪沙に言っても仕方のない話だ。大事なことは次の殺人を防ぐこと。跡目争い、遺産争い、女性関係に私怨などの可能性もある。誰が犯人かわからない状態では何とも言えない。


 どれくらいそれを探していただろうか。グラスの破片が散らばった床からわずかな手がかりを探すのは大変だった。なんでもいいから、犯人に繋がる情報を手に入れるしかない。それは必ずあるはずだと思い、床を這う。さすがに倉庫には床暖房などの設備もないからどんどんと冷気が登ってきた。ついた膝がそのまま体を冷えさせてくる。そんな状態で、ついにそれは見つかった。


「探偵さん、探偵さん!」


「よくやったわ! これで犯人が確定した。後は修一をどうやって殺害したのかを考えればさすがに犯人も観念せざるを得ないでしょ。」


 凪沙は喜びのあまり、私に抱き着いてきてそのまま頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしている。それは嬉しかったけれど、しっかりとデジタルにも残しておかないと証拠として弱いから、私は慌てて写真を撮影した。これで犯人は確定だ。


 ルンルン気分で階段を登る凪沙を前に、私は中道さんに報告しておくかを迷うけれど、それはやめておいた。そのまま黒崎医師に再びスペアキーを渡して、部屋に戻ることにする。窓の端には中道さんの姿が見えた。


「こんなに寒いのに何してるのよ? 中道さんは」


「黒崎医師によると、除雪をしているらしいです。なんでも明日は警察がここに到着するかもしれないとかでそのために玄関の周りとかを除雪しているんじゃないですか。それにしても、あれは何を撒いているんですかね」


 中道さんは、どうやら何かを雪に向かって散布しているらしかった。しかし、それがなんなのかはさすがにここからでは良く見えない。凪沙はもう一度、中道さんがいる方向を見てから興味を失ったように答えた。


「あれは凍結防止剤よ。明日、警察が来るとするなら今晩の吹雪でまた雪が積もってしまうことを防ぐために撒いているんじゃない?」


「へぇ、そんなものがあるんですね」


 私はこれまで凍結防止剤なんてものがあるのを知らなかった。基本的にニュースからの情報だけど、除雪と言えば人力でかき分けたりというようなイメージを持っている。それか、お湯を撒くとか。


「まあ豪雪地帯のアイテムよ。なかなか東北とかにこの時期にこないとみられないけど、そもそもこの時期に東北を観光する人なんてそんなに多くないから知らなくても無理はないわ。塩化ナトリウムを含んでいるから雪を解けやすくする作用があるの」


 なるほど、私は理解した。水の凝固点、つまり氷になる温度は零度なのに対して塩化ナトリウムはマイナス二十度。私はずいぶんと久しぶりに科学の知識を生かした気がする。大学を卒業してからもう時間はかなり立っているけれども、さすがに地獄のような受験勉強を乗り越えてきたおかげで自分の中に残っている。


「でも、道路を解かすのって地下から出るスプリンクラーみたいに地下水なんかで溶かすんじゃないですか? あれみたいにぱーって温水を撒く方が楽だし効率的だと思うんですけど、それは違うんですかね」


 私はこの館にくるときに道路でも見た消雪パイプ。あれは地下から水をくみ上げて散布しているのだろう。そういった設備がどういう仕組みになっているのかわからないけれども、さすがに椋木の家なんだからお金にものを言わせて作れるものならここに作ったほうが便利なのにとも思う。


「消雪パイプって言うのは水を撒く散水式と、道路の下に温水を通して表面を温めて融雪する方法があって、こんなに標高の高い場所なら散水式は使えないわよ。下手に水を撒いて雪を溶かしても、それが氷点下で凍ってしまったら余計に危険じゃない」


 なるほど、言われてみればそうだ。実際に調べてみると、標高の高い寒冷地である白馬などでも散水式のものは使われていないらしい。スリップなどを考えればまだタイヤなどを改善する方が安全だということだろう。


「なるほど、そんな話をしてたらお風呂に入りたくなってきましたね。ほら、さっきの証拠集めで体も冷えたし、探偵さんも一緒に入りません? ちゃんとトリートメントとか使わないと、せっかくの綺麗な黒髪が」


 そこまで言ったところで、私の口に人差し指が立てられた。さすがにこの状況で話を始めるわけにもいかないから、そのまま黙っている。眼前には随分と穏やかになった雪が降り注いでいた。これくらいなら雪遊びも楽しめそうだ。


 そんなことを考えていたから、急な凪沙の動きに驚いてしまう。


「そうよ、そういうことよ。それなら大丈夫だわ!」


「どうしたんですか? そんなに驚くべき発見て程でもないと思いますけど」


 中道さんがお湯や地下水を使わない理由。それは単純に雪を溶かしきる前にこの温度なら凍ってしまう。まくのなら凍結防止剤のように塩化ナトリウムを混ぜたものなどにするのが自然だ。ただ、言われてしまえば確かにそんなことである。


「違うわ。修一殺しで問題となったのは二つ。一つはどうやっても普通の人間が大雪の中であんなに大きなボートを動かすことなんて不可能な事。もう一つはどうやって全員が鉄壁のアリバイを手に入れたかということ」


「そうでしたね」


「でも、この方法ならばボートを移動させることができる。そうなれば、アリバイの確保だけ。そして、それも全てがわかった!」


「と、いうことは……」


「今、雪は解けた」


 ちょっと痛いなあと思いながらも、こんな難事件を解決した後なのだから少しくらいはいいかと思いつつ、私は全員を集めるために立ち上がった。

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