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第12話 出題編2-4 地下の密室

 部屋に戻るとすぐに凪沙が出迎えてくれた。が、それはどうやら小腹が空いていたからだったらしくすぐにチョコとココアの準備をさせられる。銀杏はしぶしぶ体に鞭を打ってお湯を沸かし始めた。


「ふーん、そんなことが気になってたの。まあ、現実的に考えて遺産相続や跡目争いが増吉と修一の殺害理由というのは考えづらい気もするけどね」


「どうしてですか?」


 せっかく私が集めてきた情報を、凪沙は一蹴する。


「すぐに犯人がわかってしまうからよ。もしもこのまま誰も殺されなければおそらく跡目争いは英二か四葉さん。英二が殺されて雄三が生き残れば雄三か四葉さん。英二も雄三も死ねば四葉さんで確定。それなら事実かどうかはわからないけれども増吉が幸代の会社を乗っ取った時のように自然死や病死に見せかけるわ。増吉はともかく、修一はどう考えても人為的に引き起こされた殺人よ」


 確かにそれは凪沙の言うとおりだった。ボートがこんなところまで移動してくるはずがない。しかし、修一の殺害を最初から計画していたならどうして増吉の死を密室で行う必要があったのだろう。普通、密室殺人というのは自殺や事故死に偽装するためのものだ。なのに、あんな派手な殺し方をすれば他殺で確定する。


 なにか犯人は別のものを隠したのか? それとも修一と増吉殺害は別件?


「でも、女性関係ねえ。私はあんまりそういうことをする人の気持ちがわからないんだけども、恨みを買う様なことになるのかしらね。正直に言うとあの三人にお金以外に魅力はないんだからどちらかというと可愛い女の子に騙されて、女性を恨む側の人だと思うけど。ああ、こんなことを言っちゃ可哀想よね」


「私もそういうことはわかりませんけど、男と女って言うのはいろいろあるもんなんですよ。好きとか嫌いとかよりもたくさんの感情が」


「なんだか恋愛を知ってるみたいに言うわね。まあいいわ、ありがと。疲れたのなら休んでてもいいわよ。私はもう一回、修一殺害の現場を見てくる」


 私は凪沙のその言葉に甘え、自分の体を深くベッドに預けて眠りについた。



「ずいぶん長いこと休んでたわね。おはよう」


 私が体を起こすと、凪沙がすぐに声をかけてきた。時間をみるとちょうど午後の六時。空腹を感じたから目が覚めたのだろう、体の中が空洞のようになっている感覚があった。どうやらそれは凪沙も同じらしくどちらかが言い出すでもなく部屋から出て一階へと降りていく。あんな現場を見てもお腹が空くのは正常なのだろうか。


「あ、おはようございます」


「え?」


 一階へと降りてすぐに出会った今泉さんに声を掛けられた私は素直に驚いた。確かに先ほどまで寝ていたのはそうだけれども、どうして今泉さんにはそれが分かったのだろうと思って頭を掻くと、まとまった髪束が手に触れた。


「寝癖、良ければ直しましょうか? 少しかがんでください」


 今泉さんはポケットから櫛を取り出して、私が頷いたのを確認してからさっさと髪の毛が整えられていく。その手際はすごく丁寧でまるでプロの美容師みたいだ。


「すみません、わざわざ」


 寝癖を直しつつ、さらに頭のマッサージもしてくれて寝起きの頭がどんどんとほぐれていく。気持ち良くてぼんやりとしてくる。でも、せっかくだから普段から忙しい今泉さんを拘束できているこのタイミングで話を聞いておきたかった。私は今泉さんの言ったことを一言一句聞き逃さないように注意をしてから問いかけた。


「あの、今泉さん。少し聞いておきたいことがあるんですけれども」


「ん? なんですか?」


 今泉さんは手を止めて私の方を見た。その目の奥には、確かな強さが宿っていた。


「いや、今泉さんから見て増吉さんを殺害するに足りる理由を持っている人はいないかなって。こんなに直接的な質問をするのもどうかと思うんですが」


「ああ、動機みたいなことですか。う~ん、そうですね。中道さんか久米さんですかね。私や柴崎さんの知らないときに何があったのかなんて想像もつきませんし、特に中道さんは昔に増吉さんの前妻である幸代様という方を好きだったみたいな話も聞いたことがあります。私は幸代様とはお会いしたことはないですけど」


 幸代。久米さんにも聞いた名前だった。やはり、この事件に彼女がなんらかの形でかかわっているのだろうか。より突っ込んで私が質問しようとした時だった。


「ねえ、今。何か音がしなかった?」


 凪沙がふと身構える。私にはいったい何のことを言っているのかわからなかったけれども、凪沙の地獄耳だ。そして、今泉さんも何か聞こえたようで手が止まった。


「はい、おそらく地下からだと思います」

 今泉さんが言うのが早いか、凪沙は地下へと続く階段に向かって走り出した。


「今泉さん、ありがとうございました。ちょっと、急ぎます!」


 私もそう言って髪の毛のセットを中断してもらい、すぐにそれを追いかける。しかし、今泉さんもそれについてきた。バタバタと音を立てて駆けおりる音が館中に響いている。カーペットからは埃一つも舞っていないと思えるほど綺麗だった。



「ここね。でも、鍵が外からだけどかかっているみたい」


 ガチャガチャと音だけが鳴るけれども、一向にドアが開く気配がない。地下に降りたのは初めてだったけれども、通路は一本しかなく部屋も一つだけしかなかった。そして、そこには鍵がかかっている。


「いったい、どうしたんですか?」


 三人が駆ける音が聞こえたのか、ぞろぞろと人が地下に集まってきた。時間にすれば音が経ってから五分もしていないだろう。四葉さんの質問に凪沙が状況を端的に説明すると、四葉さんが小さく頷いた。


「何かあってはいけません。中道さん、ドアを破ってください」


「わかりました。黒崎さん、雄三様も協力していただけますか」



「せーの」


 中道さん、雄三、黒崎医師の三人が一塊になって何度かドアに体当たりを繰り返すと、六回ほど繰り返したところで大きな音を立ててドアが内側へと倒れた。 


 この六花館自体が古くなっていたおかげで突進した勢いを受けた蝶番ちょうつがいが壊れて、それが部屋の内側に転がっている。しかし、そんなことはどうでもよくなるような光景が目の前に広がっていた。その場にいた全員が、まるで凍り付いたように微動だにしない。


 ドアを破った勢いで倒れていた三人も顔をあげたまま動かなかった。これまで何度も事件の現場を目にしてきたはずの凪沙ですらも、その時間は少しの間だけ停止する。地下だから窓がなく、館の外で吹雪いている音すらも聞こえない。


 私たちを含めた全員の視線は部屋の真ん中付近、倒れたドアの先で床に転がり、青ざめた顔をしている椋木英二に向けられていた。その体には芯を外しているけれども確かに骨董品の剣が刺さっている。


「英二様!」


「待って、動かないで!」


 その場を支配していた沈黙を破ったのは、中道さんだった。すぐさま立ち上がって英二の下へと行こうとするのを、凪沙が声で制する。しかし、それを合図にするように、この場で最も頼りになるはずの凪沙の焦りや恐れを含んだその声が響くと同時に今泉さんが悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。


 それが反響して地下の狭い廊下でどんどんと奥へ奥へと伝わっていく。後ろにいる人からは椋木英二が倒れているその光景は見えない。だけど、なにが起こっているかはわかっただろう。どんどんと混乱が波のように広がる。


「とにかく、落ち着いて! まだ亡くなっていると決まったわけじゃない!」


 凪沙の一喝にも、それぞれは口を閉じずに思い思いの言葉を発する。その声は、留まることを知らずにどんどんと大きく、騒がしくなっていく。さすがに、続けて二人もの人間が殺害された。凪沙はとりあえず落ち着かせるために亡くなっているわけではないと言ったのだろうけれども、誰の目にも英二が亡くなっていることは明らかだった。ピクリとも動かず、まったく生きた人間の持ち合わせている生気や温度というものを感じない。それはきっと、他の人もわかっている。だからこそどうしようもなかった。蟻の通れる穴が空いた堤防をせき止める方法など無い。


「うわああああああ」


 ドアの上にのしかかるように倒れていた雄三が立ち上がり、そのまま私たちのいる方向へ向かって足元もおぼつかないままに走り出す。ぶつかられた私は受け身を取ることもできないまま床に倒れた。しかし、そんなことも気にしていられないとばかりに全力で足を回転させて雄三は集まっていた六花館中の人間を押しのけて駆けていった。私は雄三がいた場所を見つめていることしかできない。


「雄三様、雄三様! お待ちください。一人になるのは危険です」


 中道さんの呼びかけもむなしく廊下に木霊するだけで、雄三が叫び声をあげながら階段をあがっていく音がした。乱暴に踏みつけられた館の階段はガタガタと音を立てて、その音がどんどんと遠のき小さくなっていく。慌てて中道さんはそれを追いかけた。凪沙はそれを止めない。この天候だから外部犯という説が考えられない以上、犯人は必ずこの廊下にいる。それなら雄三を落ち着かせるために中道さんをそのまま行かせたほうがいいと判断した。


 人が混乱すればするほど、犯人の、一本だたらの思うつぼだ。


 ただ、その気持ちも雄三が狂うのもよく理解できる。同一犯かはわからないけれども増吉を含めれば合計で既に三人もの人間が何者かによって殺害されたのだ。この雪で外界から閉ざされた六花館の内側で、おそらく数時間前には英二を殺害した人間がこの場で同じように悲鳴をあげて慌てふためいている演技をしている。


 そのことが何よりも恐ろしかった。いつ寝首をかかれるかわからない。しかし、私にはその恐怖は完璧には想像できない。あくまで私と凪沙はこの椋木家における関係性においては部外者であり、以前にも凪沙が言っていた事件の真相に近づきすぎない限りは殺害されないという安心感が心のどこかにあった。私は本当の意味でここにいる他の人たちの気持ちを想像することができない。それは凪沙も同じだ。


「仕方ないわね。この状況だと間違いなく次に狙われるのは雄三さんだものね。中道さんともう一人を雄三さんにつけましょ」


 これまでの流れを考えれば、第一に椋木家の家長である増吉が、続いて長男の修一、さらに次男の英二までもが殺害された。雄三が犯人ではない限り、次に狙われるのはほぼ間違いなく雄三だ。もちろん、それを狙って犯人が動く可能性も考えないといけない。雄三が殺害されれば次の家長となる四葉。そして椋木家の中道、久米、今泉、柴崎、黒崎の五人。この六花館で過去に何があったのか。


 ここまで大きな影響力を持つようになった家だ。日本では知らない人はいないほどに有名な名前となった椋木。


 輝かしいその実績、それにはいろいろなものが付きまとってくるのだろう。


「とにかく、現場は私たちと黒崎医師で保存するわ。でも、この状態じゃ危険ね」


 物置の中には英二の遺体と、その周りには様々なものが散らばっている。主にガラスの破片らしきものが。内履きであるスリッパ、それも布製で保温性を重視したものでここに踏み込むのは足の裏が危ない。少し考えてから私はこの六花館に来るときに履いてきた厚底のブーツなら安全に部屋の中に踏み込めるだろうと考えた。こうしている間にも遺体の状況は刻一刻と変化している、私は急いで走り出した。もしも氷や水を使ったトリックならすぐにわからなくなる。背中で凪沙に報告だけをする。


「私、靴をとってきます!」


 しかし、そこで凪沙の声にとどめられた。私は慌てて先走る体を押し戻す。


「待って、今は危険だから誰かついていって。私と黒崎さんはここに残って現場を見ておくから。他の人はそこの廊下で待機。いいわね」


「じゃあ、私がついていきます。何かあってもお守りします」


 今泉さんがおずおずと人の群れの中で手を挙げた。私はそれを確認して凪沙に頷いてから階段を駆け上がる。できるだけはやく、そして安全に。これ以上、死人を出すわけにはいかない。私には論理的な推理はできない、船を突っ込ませたり密室の謎を解ける気もしない。だからこそ、どうしても凪沙のために、彼女の推理に少しでも有利になるように動かなければいけない。

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