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第10話 出題編2-2 雪の山荘

「とりあえず、黒崎医師を呼んできて!」


 凪沙が大きな声でそう言うと、すぐに中道さんが走って去っていった。それと同時に、凪沙は持ち合わせる記憶力でできる限り正確にこの現場を記憶していく。一秒でも早くしなければ、どんどん現場は変化していく。もちろん、私もなんとかしたかったけれどもどうしようもない。


「とりあえず、他の人たちは下がっていてください。現状では、皆さんにできることは何もありません。英二さんたちもそのまま止まっていてください」


 私はそんな凪沙の現場保存を邪魔しないようにと、只事ではないことを理解して慌てている六花館の人たちを手前で押しとめる。幸い、修一を除いた館内の人間は無事なようだった。やがて、中道さんに連れられて息を切らしながら無理やりたたき起こされた黒崎医師が走ってきた。慌てて駆け寄るけれども、もうすでに修一には息がないことは、その姿を見た全員が理解していた。


 黒崎医師は、駆け寄って膝をつく。念のために脈と呼吸を確認するけれども、やがて首を横に振った。わかっていたけれども、その宣告は冷たいものだった。


「だめです、修一坊ちゃんはすでに亡くなっています」


 部屋を突き破って入ってきたボートに押しつぶされ、体はところどころがまるで服の生地が破れるように中身を露呈させている。口から飛び出ているものが何かは、想像したくなかった。これまで、数々の現場で遺体を見てきたし、大学時代に動物の解剖や実験でかなりグロテスクなものを見てきたけれども、やっぱり人間のグロテスクなものは不快感が段違いだった。食べたばかりのものが上がってくる。


 修一の部屋には入ったことが無かったけれども、壁ごと窓を突き破ってきたボートは中にある調度品。壺や絵画の入った額縁などをことごとく破壊し、床にはガラスの破片が飛び散っている。修一の部屋が面している方向はちょうど背後に斜面があるからそこから突き落としたのだろう。理論上は、この丈夫そうなボートならば壁を突き破ることができる。柱と二面の壁が上にある中道の部屋を支えているようだ。


 だけど、当然ながら問題になるのはボートの存在だった。


「このボートは、どこにあったものかわかりますか?」


 押しとどめている人の群れに向かって質問すると、中道さんが答える。


「このボートは、館から少し行ったところにある湖に保管してあったものです。増吉様は非常にアウトドアがお好きでしたから、昔は夏になるとよく湖でボートを運転していました。しかし、ボートがどうしてこんなところに」


「どうしてとは?」


「いえ、湖からここまでは計ったことはありませんが斜面もありかなりの距離がありますし、ボートは重くてとてもじゃないですけれども、移動なんてさせることはできません。ましてやこの雪ですから、少なくとも私には方法が思いつきません」


 言われてみればその通りだった。ボートの重さがどれくらいあるのかはわからないけれども、この雪の中を押して移動することなど不可能だろう。それは一人だから不可能だということでもなく、この館にいる全員でかかっても不可能だと思う。なにより、仮に怪力自慢がいたとしても湖まで移動して、ボートを斜面から滑らせてから戻ってくるまでどれだけの時間がかかるというのだ。


「全員、そろっていますよね」


 そして、目の前には館にいる全員が揃っている。息を切らしている人もいなければ、頭に雪をかぶっている人もいない。全員に、アリバイがあると言ってもいい。


「とりあえず、ここは私たちと黒崎医師で対処します。中道さんはすぐに警察へと連絡してください。さすがに、増吉さん以外に死者が出た時点で私たちへと依頼された内容を超えています。グループのことはなんとかしてください」


 凪沙はテキパキと指示を出す。それに四葉さんは覚悟を決めて頷いた。それに従って、中道はすぐに電話がある部屋へと駆けていった。私は、とにかく全員を落ち着かせるために一旦は食堂へと戻ることにした。その間も、ボートに押しつぶされた修一の姿が、頭を離れることは無かった。カーペットを変色させたどす黒い血に、体のいたるところから溢れ出た臓物。ここにいる全員が気を失わないことが奇跡であると思うほど、恐ろしい光景だった。


「とにかく、こちらでお待ちください。私たちからの指示があるまでは不用意に動かないようにお願いします。トイレなどは三人以上で向かってください」


 とりあえず食堂に全員をつれていき、四葉さんにこの場所を任せて凪沙のほうへと戻った。そこには中道さんも戻ってきていた。その際に中道さんは何やら物騒なものを持ってきている。それは確かに猟銃だった。


「それはどうしたんですか?」


「ああ、犯人がいるかもしれないので念のためです」


「警察への連絡はどうなったの?」


 凪沙に聞かれた中道さんは、手を膝につき息を切らしながら答える。


「それが、連絡は出来たのですが。この吹雪ですから、すぐにこの館にやってくるのも無理だそうです。もちろん、こちらからも出ることはおそらく不可能です」


「不可能?」


 その瞬間、私たちに緊張の糸が張った。すっと顔が冷たくなった気がする。


「この状態では、山を下るのに車は使えません。さらに、ここを出るための装備はありますが、登山経験がある人でも厳しい吹雪で難しい状態です。どうやら、明日には日本列島に数年に一度の大寒波が到来するらしく、今から下山しても麓までそれも日が暮れるまでに向かうのは無理があります」


 時刻は、朝の十時を過ぎている。確かに行程としては下りのみだとしても遅い。雪が降っていないとしても登山未経験の私に下山なんてできる状態じゃなかった。雪のせいで明るく見えるけれど、ホワイトアウトなどで方向を見失う可能性や、あまりの寒さに携帯が壊れることも考えられる。


 中道さんの言う通り、私たちは雪によってこの六花館に閉じ込められたのだった。


「とにかく落ち着きましょう。中道さん、すぐに戻って状況を説明します」


 凪沙もいくら事件を経験していたとしてもやっぱりこういう状況には困惑の様子が見える。普段はひょうひょうと余裕の表情で古今東西のミステリー作品を解き明かしているけれども、こうなれば同じようにはいかない。目の前で人が死んで、その犯人は今も食堂か目の前にいる。外部犯というのは外の状況から考えづらい。


「ですけど、急にこんな事実を告げれば混乱を招くだけじゃないですか?」


「いや、何が起こっているかわからない方が危ないわ。どうせ、みんな修一さんが亡くなったことは理解しているから隠しても仕方がないしね。むしろ、こちらから教えることで勝手な行動を控えてもらうことしかない。ただ、私の指示を聞いてくれるかわからないけれども、そこはなんとか説得するしかない」


 凪沙の心配はおそらく英二と雄三。特に次のターゲットは彼らである可能性も高いけれども、二人は四葉さんに雇われた私たちを良くは思っていない。


 だが、そんなことにこだわっていると英二たちに危険が及ぶ。


「おそらく、すでに犯人は次の被害者へ向けて手を伸ばす用意をしている。ターゲットはおそらく英二か雄三。とにかく椋木家の人間を守りましょ」


 ここまでの流れから、あきらかに危ないのは椋木家の人間だ。犯人の動機は不明だが、十中八九、椋木グループかあるいは椋木一族に恨みを持つものだろう。私たちの雇い主である四葉さんが恨みを買うとは思えないけれども、経営者なんだから何があるかわからない。そもそも、会ってからわずか一日の相手を判断して信頼しすぎるのも危険だ。高度経済成長、バブル経済という日本の全盛期とともに大きくグループ全体を成長させてきた日本の大企業の一角、椋木グループ。


 その裏には想像だけれども様々な悲しみが隠れているはずだと私は考えていた。だからこそ、それを調べるしかない。四葉さんの語ることが全てかはわからないし、本当なのかもわからない。まだ、椋木家に潜む謎の氷山の一角しか見えていない。

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