サクラサク
桜の花が、咲くときが来た。
おめでとう。よくがんばったね。こんなに難しい仕事をやってのけるなんて。父さんも母さんも、みんな喜んでいるよ。ずいぶん遅れてしまったけど、これで来年の春からはみんなと同じ学校に行けるよ。
おめでとう。すごいや、わたしも鼻が高いよ。わたしは先に卒業しちゃったけど、でも、ずっと友達だからね。学校にきたら私が案内してあげるからね。
おめでとう。先生もうれしいぞ。みんなと一緒に卒業できなかったのは残念だけど、お前のためにみんなでもう一回卒業式やるからな。クラスのみんなも先生たちも、待ってるからな。
先輩、おめでとうございます。先輩ならぜったい成功させられるって、わたし達みんな信じてました。わたし達のほうが先に卒業しちゃって、年上になっちゃったけど、先輩はずっとわたし達の先輩です。だからきっと、無事に戻ってきてくださいね。
――けれど、彼女には届かない。
どんなに温かい言葉も、励ましの声も、彼女の元までは届かない。
なぜなら、彼女は誰の手も届かない、遠い遠い眠りの世界にいるから。
でも、誰もが彼女が帰ってくると信じている。
そして、彼女は帰ってきた。
彼女が旅立ってから、約8年が過ぎていた。
その間、彼女は御伽噺の眠り姫そのままに、夢も見ない深い深い眠りの中で、たった一人で迎えが来るのを待っていた。
その間、周りの人々はただ彼女の目覚めを待っていたわけではなかった。彼らは彼らでやることがたくさんあったのだ。
大切な眠り姫を、力いっぱい驚かせるために。
学校の校庭いっぱいを掘り返し、今では貴重品となった天然の土を大量に運び込んだ。
貴重な遺伝子サンプルから培養した胚を育成し、必要なサイズにまで成長させた。
――そして。
彼女の眠るベッドの周りに、彼女の両親や友人、教師、その他多くの人々が集まった。
「――では、開けます」
白衣を着たスタッフが、彼女のベッドの脇にあるスイッチを入れた。
かすかな電動音とともに、5枚のハッチがじれったいくらいゆっくりと開いていく。
薄いピンクのカラーリングと相まって、まるで花が開いていくように見えた。
固唾を呑んで見守る人々の目の前で、全てのハッチが開ききった。
誰からともなく、ああ……と声が上がった。
透明なカプセルの中、彼女は眠っていた。旅立ったときそのままの姿で。
カプセルの中に横たわった彼女は胸の上に両手を置いて、穏やかな表情で、今にもがばっと跳ね起きて、慌ててカバンを引っつかんで学校へ駆けていきそうな、そんな顔で眠っていた。
白衣のスタッフが何も言わずに、彼女の両親を促す。恐る恐るといった様子の母親のかすかにふるえる肩を、父親がやさしく抱く。
「さ、行こう。起こしてやらないと、あの子が遅刻してしまうよ」
「……ええ、そうね。あの子は昔からねぼすけだったから」
父親の軽い冗談に、母親はようやく笑顔を見せる。スタッフの示す赤いスイッチに、二人は同時に人差し指を伸ばした。
かちん、という音が不自然に大きく聞こえた。
しゅっとカプセルの縁から冷気が漏れ、薄く氷の張り付いたガラスのふたが開いていく。
カプセルの中にたまっていた冷気が、結婚式の演出のスモークのようにあたりを満たした。
集まっていた人々は一人残らずカプセルの周りに群がって、彼女が目を覚ますのをじっと見守っている。
やや青ざめた頬に、ゆっくりと血色が戻っていく。やがて、長い間閉じられていたまぶたが、花がほころぶように、開いた。
彼女のまだはっきりとは見えていない視界を最初に占めたのは、一面のピンク色。
ふわりと、体温の戻ってきた頬に、何かが触れる感触。
まだ上手く動かせない腕をなんとか動かして、彼女は頬に触れたそれを手に取った。
薄く、小さな……花びら。
その花びらの向こうに、彼女は眠りの中でも決して忘れなかったたくさんの笑顔を見つけ、微笑んだ。
花が咲くような、笑顔だった。
地球からもっとも近い恒星、プロキシマ・ケンタウリから人類初の恒星間航行船「チェリー・ブロッサム」が帰還したというニュースは、地球全土をにぎわせた。
船と同じ名前のクルー、弱冠18歳の日本人の少女も無事コールドスリープから目覚めたという。
ほどなくしてあらゆるメディアで発行されたニュースには、クルーの少女と彼女のために育成された、これまた船と同じ名前の植物がその花を満開に咲かせている写真が掲載された。
たくさんの笑顔とたくさんの花に囲まれて、少女はそれらに負けないくらい眩しい笑顔を咲かせている。
ニュースのタイトルは、もちろんこうだ。
「サクラサク」
電撃リトルリーグ「サクラサク」に投稿予定でしたがオトナの事情により間に合わなかった不遇の作品です。
一応投稿の条件はそのままで、2000字以内にまとめてみました。
感想、ご指摘、お待ちしています。