第93話 マーレダム
長いような短いような雨季が終わった。
ヴァイスベルゲン王国の冬に比べれば随分と短い期間だったが、屋根から雪を下ろすような体を使う作業がないため、体が鈍ってしまいそうだった。
外にあまり出れなかったのは馬たちも同じ。
愛馬であるヘルプストは早く走りたいというように、足を忙しなく動かし蹄を鳴らしている。
旅に出る前に最後の確認を終える。
「ヴェリ、準備はできたか?」
「うん」
ヴェリの愛馬であるドゥンケルも早く走りたいのか、足を忙しなく動かして蹄を鳴らしている。
「アンナ、行ってくる」
「はい。気を付けてください」
シーサーペントの産卵場所ではやることがないため、アンナやユッタは追加の資材と共に後から合流する予定。
今回向かうのは魔法を使うオレとヴェリの二人、護衛の兵士が百人、大工などの職人が三十人ほど。
大工などの職人だけでも百人近くが来る予定だが、オレたちに同行する職人は馬に騎乗できるものだけ。他の人員はアンナたちと一緒に馬車で来ることになっている。
アンナたちが来るまでに、馬車が走れるように街道を延長して整備しておく予定だ。
「出発する」
オレの合図とともに、百人を超える人間と馬が街道を走り始める。
シーサーペントの産卵場所がある湾にたどり着く。
雨季の雨によって増水した川を渡るのに時間がかかり、以前は六日で来れたところを十日と倍近い時間がかかった。
前回建てた建物はしっかりと残っている。
馬を降りて、制作途中の堤防を確認するため徒歩で移動する。
「こちらも問題なさそうか」
堤防は隆起させたままの状態であるため、崩れていないかと心配していた。完全にそのままとはいかないが、崩れた範囲は許容できる状態。
「ゲオルク、今日の分やっておこう」
「そうだな」
隆起させる魔法は慣れたもので、すぐに終わらせて戻る。
建物がある場所まで戻ると、到着したばかりなこともあって、皆忙しそうに動き回っている。オレとヴェリもできそうなことを手伝う。
シーサーペントの産卵場所に来て一ヶ月。
魔法で地面を隆起させる以外は相変わらず暇。
今は家作りを手伝っている。
公爵がすることではないと言われているが、エンデハーフェンから合流したもの以外はオレが平民だったのを知っているため、呆れながらも作業を手伝うのを許してくれている。
モルタルを乗せ、レンガを積む作業を繰り返す。
肉体的には疲労があるが、喋る余裕はある。
「順調だな」
「一棟はもうすぐ完成するようです」
「もうか」
オレの隣で作業しているラルフと話す。
ヴァイスベルクで片腕をなくしたラルフは兵士をやめて、今は馬の飼育員として働いている。エンデハーフェンでゆっくりしていて欲しかったのだが、建物を建てるならばと立候補してきた。
立候補してきただけあって、片腕だというのにラルフの作業速度はオレと同じような速度でレンガを積み上げる。
実はラルフの家系は大工を生業としているのだという。家族の中でラルフだけ兵士になっており、息子は大工なのだと教えられた。そんなラルフも子供の頃は大工として教育されていたらしい。
ラルフの作業速度が速いのも納得というもの。
オレもやり方は知っていたが、実際の作業をなん度もやったことがあるラルフには勝てない。
ちなみに、ラルフの息子も亡命してきており、今回の作業にも同行している。大工だとはいっても、ラルフの息子なだけあって馬の扱いはかなりうまいようだ。
作業をしながら考え事をしていると、ラルフから声をかけられる。
「ゲオルク様、名前は決まりましたか?」
一瞬何の名前かと思ったが、今いる村予定地のことかと思い出す。作業中の雑談から名前を決めないかと言われていたのだった。
「名前か……」
「ええ」
今は呼び方が人によって違い、この場所と呼ばれたり適当な感じだ。
地名をつけることになるとは……。
「名前をつけたことがないのもそうだが、帝国の命名規則がよくわからないため、困っている」
「兵士たちに聞いた限り、ヴァイスベルゲン王国とそう命名規則は変わらないようです。人名を使うことは少ないようですね」
オレが困っていることを察したのか、ラルフは調べていてくれたようだ。
「アンナの名前を借りようと思ったがダメか」
「ダメではないと思いますが……。案として出たのは、ゼーシュランゲ、ザルツゼー、マーレダムなどがあります」
「仮でマーレダムにでもしておくか。命名規則を知らないのでユッタに聞いてから正式に決める」
兵士たちが知らないだけで、実は何かしら規則があるかもしれない。
名前をつけるのに皇帝陛下の許可が必要とか。
いや、オレなら代理人であるため命名できるのか。そんなのに代理人の地位を使う気にはならないが。
雑談をしながら作業は進み、徐々に村らしい形になっていく。
二ヶ月が経つと、追加の物資や人員とともにアンナとユッタが合流した。
「資材はアンナ様から魔道具の収納袋をお借りしてかなりの量を詰められましたが、一度で運ぶことは不可能でした。今後も何度か往復することになります」
「そうなるだろうな」
アンナから借りたということは、アルミンが作った魔道具の収納袋だろう。あの収納袋は帝国でも滅多に見ないほどの高性能だと以前に聞いた。しかも数が揃っているのがすごいとも。
「ホルスト卿が、お借りした収納袋が帝国にあれば堤防を作れたかもしれないと、おっしゃっていっていました」
「ん? あ……」
アルミンが作った収納袋は大量に入るだけではなく、中に入ったものの重量を軽くしている。
この場所に堤防が作れなかったのは、足元が崩れるという問題から。収納袋に入れれば軽くなり、足元が崩れる心配もないわけだ。
「工法を変えるか?」
「いえ、強度から考えると魔法の方が良いだろうという判断になりました」
「確かに、石を積むだけより隆起させた方が強度は上か」
隆起させた岩は一枚岩のため、強度がある。
石を投げ入れただけでは、潮の流れによっては流される可能性がある。
「それとココナッツと大砲をお持ちしました」
「助かる」
大砲は収納袋に入れても重すぎ、騎乗して持ち運ぶのが不可能だったため、後から送ってもらうつもりでお願いしていた。
大砲の衝撃で魚が気絶または死ぬのなら、シーサーペントの幼魚であれば同じように倒せる可能性が高い。シーサーペントの幼魚を倒しておけばエンデハーフェンに流れ着く数が減るだろう。
「大砲はシーサーペントを追い払うのに使えるようで、工事が随分と進んでいます」
「それは良かった。こちらでも早速試してみるか」
大砲を収納袋に入れて軽くして持ち運ぶ。
崖の上ではなく、崖の下まで降りて大砲を設置する。設置した場所が崩れる可能性があるため、すぐに退避する。時間をかけ慎重に確認を続ける。
問題がないとわかったところで、大砲にココナッツと弾頭を装填する。
残りの少ない魔力を使って、数値を変える。
「撃つ」
凄まじい音とともに水柱が上がる。
近寄れないため詳しくはわからないが、透明度が高いため海底に魚が沈んでいるのが見える。一部は浮いて漂っている。
「あの大きさは……」
ユッタが何かを発見したようだ。
指差している方向を確認すると、数メートルはある細長いものが沈んでいる。おそらくシーサーペントの幼魚だろう。
「沈んでしまっては回収するのは不可能ですね」
「他のシーサーペントがいるだろうから、泳いで回収するのも無理だな」
「はい」
しかし、調べられないのは残念だ。
回収できるようにしたいが、木の船では壊されそうだ。木の船に鉄を貼り付ければ壊されないかもしれない。鉄は高炉を作るため、量産されるだろう。
鉄が量産された後に、試してみるか。
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