第89話 海を切り取る
複雑で歪な地形だとは思っていたが、地面が崩れることで複雑になっていたのか。
崩れやすい地形のそばには珊瑚礁があり、岩場の色は灰色や白。対岸にあたる場所も崩れて複雑な地形を形取っているのが見える。この湾自体が、もともと海底にあった珊瑚礁が隆起した場所なのかもしれない。
湾から海につながる場所はいくつもない様子から、全てが珊瑚礁でできてはいないのだろうと予想ができるが、今歩いている場所は元々海底だった可能性が高そうだ。
「もう少しです」
周囲を観察しながら歩いていたため気づかなかったが、ホルスト卿の声で湾の先端までもう少しのところまで来ていたことに気づく。
そこまでの距離があるわけではないが、随分と考え込んでいたようだ。
「目印もないためたどり着いた場所は偶然ではありますが、比較的湾の先端に近い場所で助かりました」
元々先端付近を目指してはいたが、街道からおおよその位置から草原内を横断しているため、海岸線のどの辺りにたどり着くかはわからなかった。
「ホルスト卿、湾の奥は深いのですか?」
「対岸との距離が狭いため大きくないように思えますが、奥行きは結構な距離があります。高くなっている場所からでなら全体が見える程度ですが、歩くとなると結構な距離がありますよ」
十キロ程度は奥行きはありそうだ。
全てを埋めようと思ったら大変なことになりそうだが……。
「つきました」
奥行きを気にしていたため、後方に意識が行っていたため、再び前方への意識が逸れていた。
前方を改めて確認すると崖になっている。反対側には海に突き出した崖が存在して、対岸までは目算で一キロから二キロ程度だろうか。
下を見ると海まで十メートル以上はある、干潮のため水が随分と引いていて海底が見える。
「もっと対岸が遠くなると思っていました。いや、それ以上に海につながる部分はもっと深いと思ったのですが、想像より浅い」
「随分と引いているのもありますが、水深はそこまで深くありません。もっとも、ほんの少し先はかなり深くなっているようですが」
ホルスト卿が指差した場所は、見ていた場所の本当に少し先。指差した場所は崖のように一気に深くなっているようで、海の色が濃い青色で海底が見通せない。
「随分深そうです」
「ええ、大型船が入れるほどには水深が深いようです」
「大型船?」
基準がなぜ大型船なんだ?
「ここも港の候補地だったのですよ。湾内は掘り返さないと使えませんが、湾の外でも比較的波が少なく穏やかな場所ですから」
「なるほど」
言われてみるとエンデハーフェンよりも波が高くない。
崖であるため少々海面まで距離があるが、干潮時で十メートル程度なら問題にはならなそうだ。
「シーサーペントが多いと候補から外されたのですが、まさか港を作り始めたエンデハーフェンにまでシーサーペントが現れるとは思っていませんでした」
そう語った後、ホルスト卿は大きなため息をつく。
ホルスト卿と知り合ってまだ短いが、ホルスト卿は行動で不快感を示すことは少ない。全くないわけではないが、表情を動かす程度でため息をつくようなことはなかったと記憶している。
そんなホルスト卿が大きくため息をつくほどまでに、シーサーペントがエンデハーフェンに現れたのが忌々しいのだろう。
「候補地としてのこの場所の問題点はわかっていました。そのため、この産卵場所からシーサーペントが流れてきているのはすぐに予想できわけです」
「それでホルスト卿、いえ、帝国は産卵場所をどうにかしてしまおうと考えたわけですか」
「ええ、調べた結果シーサーペントは浅瀬で産卵し、ある程度まで成長すると深場に移動していくとわかりました。それならば浅瀬を無くせば産卵はできなくなる」
最終的な回答がとんでもない力技。
前世の視点から見ると環境破壊が酷くはある。しかし、魔物を相手にする場合は環境を変えるしかない場合が多い。
地球では銃などの武器を持った人間が強者であったが、こちらの人間は少し強い程度。帝国は大きな領土を持っているが、切り取った一部の都市以外は魔物の領域だという。
この世界の強者は魔物なのだ。
「しかし、ホルスト卿、全ての浅瀬をなくすのは不可能に近い」
「ええ、その通りです。そこで湾の入り口ともいえる今立っている部分を埋め立て堤防を作ってしまおうと考えました」
「堤防で湾の中と海を切り取るのですか?」
「その通りです」
人工的に塩湖を作るようなものか。
確かに全てを埋め立てるよりは簡単で、作業の手間も少なそうだ。それこそ魔法がなくても作業ができそうなほどに。
「しかし、その計画ならオレやヴェリがいなくても埋め立てはできたのでは?」
「無論試してはおります。先ほどシーサーペントと出会った時にお話ししましたが、シーサーペントは水中にあるものに対しては攻撃的になります。それこそ浮いている船ですら攻撃してくるのです」
「つまり作業するために、船を浮かべると船に攻撃してくると?」
「その通りです」
シーサーペントを殲滅するための作業にシーサーペントが邪魔になる。幼魚とはいえ紋様があって、三メートルを超えるシーサーペントを無視できないだろう。しかも、シーサーペントは魔力に敏感で攻撃しようとすると、すぐに逃げてしまう。
行き詰まっているな。
「崖の上から地形を変えるのはどうかと考えましたが、次は崖の崩れやすさが問題となりました。あまりに重量があるものを運び入れると崖が崩れるのです」
「湾内や陸からではなく、海洋から運べないのですか?」
「そちらには成魚のシーサーペントがおります」
産卵するために、当然成魚のシーサーペントもいるか……。
特定の時期だけ現れるのであれば作業はできそうだが、作業が進んでいないということはこの辺りを縄張りにしているか、シーサーペントに産卵時期がない可能性もある。
この辺りは赤道で季節の違いがないため、産卵時期がない可能性が高そうだ。
「魔術も考えましたが、地形を大規模に変えられるような魔術の使い手はいません。小規模に地形を変えるものはいますが、何十年とかかってしまう」
「何十年は遅すぎますか」
「ええ、他にも地形を変化させる魔術を必要とする場所もあるのですから、そんなに長期に拘束するわけにもいきません」
打てる手は全て打った感じ、本当に行き詰まっている。
「最終的に皇帝陛下が考え出したのが、魔法を使った地形を大規模に変化させる作戦です」
「魔法を使える皇帝陛下であれば不可能ではないでしょうが、そもそも魔法を使える者がいないと」
「ええ、最初は皇帝陛下が直々に作業すると仰せになっていたようです。しかし、湾を塞ぐような作業が、一年で終わるとは思えません。帝国内の政務が止まってしまうと、全力で止めましたとも」
一年で終わればいいが、雨季があるため作業をできない期間まである。一人で堤防を作る前提だと、魔力量にもよるが下手すれば数年かかってしまいそうだ。
そんな長期間帝都から離れるのはダメだとオレでもわかる。
「必死で魔法を使えるものを探していた理由がわかりました」
「ええ、友好的な関係がある魔物に、魔法が使えるものはいないかと聞くほどには必死でしたとも」
友好的な魔物?
「友好的な魔物が帝国にはいるのですか?」
「私の祖父のような転生者がそうです」
「ああ」
「それと、人間が魔物に転生した場合、転生者と同じ魔物の一部が友好的な関係になることがあります。帝国でも友好的な魔物は少なく、いなくはないといったところですが」
ヴァイスベルゲン王国で蟲を相手していた身からすると、不思議な感覚ではあるが、こちらの魔物は生態が随分と違うからな。
ブックマーク、評価がありましたらお願いします。




