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魔眼の転生者 〜忌避された者たちは、かけらの希望を渇望する〜  作者: Ruqu Shimosaka
第三章 ヴィント州

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第87話 ホルスト卿の紋様

 ダイアウルフの討伐が完了したところで、負傷していないかを確認するよう指示する。接近される前に倒したつもりだが、ダイアウルフとは関係なく負傷している可能性もある。

 皆、近くの人と負傷していないかを確認しあった。


「負傷者はなしか」


 負傷者がいないことを確認できた後、できてしまった穴をどうするか皆で悩む。次回以降通るのに穴が邪魔。しかし、穴が大きすぎるため埋め戻すのも難しい上に、土が周囲に散らばっており埋め戻すための土がない。

 結局、諦めて穴は放置することになった。


「では、先に進みましょう」

「ホルスト卿、進むのですか?」

「ダイアウルフのような魔物は縄張りが広く、警戒心がとても強い。ダイアウルフ以外の魔物がいる可能性はほぼない。さらに一ヶ月は他の魔物が侵入することはありません」


 蟲が次から次に出るヴァイスベルゲン王国では考えられない行動だが、ヴィント州では強い魔物を倒した後は安全ということか。


「……分かりました。このまま進みましょう」


 常識の違いから怖くはあるが、ホルスト卿が間違っているとは思わない。

 それにうまく対処できたからか、使った魔法の威力に対して魔力の減りが少ない。まだ戦うことはできる。


 進行方向を確認して、再び走り始める。

 変わらず草原が広がっており、まばらに木が生えている。草原の近くで鳴く不思議な鳴き声が響き、上空には鳥が群れで飛んでいる。馬たちが走ることで舞い上がった土の匂いや、草の青い匂い。そして潮風を肌で感じる。


 ……緊張と警戒で感覚が鋭利になっている。

 久しぶりの戦闘だったというのもあるだろうが、ダイアウルフという想像以上の強敵が現れたためだろう。

 ヴァイスベルクの森での経験から、今の感覚をこのまま続けると体力がもたないと、平常心を心がけ続ける。

 深呼吸するように呼吸を繰り返すと、徐々に感覚が落ち着いてくる。


 随分と余裕が出てきた。

 周囲を見回すとホルスト卿と目があった。


「ゲオルク卿、ダイアウルフの魔石が取れないのは残念でしたな」

「魔石は残念ではありますが、無傷で倒せたことの方が大きい。何、魔石は別の機会があるでしょう」

「確かにそうですな。いや、ダイアウルフをあまりにもあっさりと倒したため、余計なことを考えてしまいました」


 ホルスト卿から見ても、ダイアウルフはあっさりと倒せたように見えたようだ。

 ダイアウルフを倒し切るのに苦労はしたが、紋様が五つもある相手と戦ったにしてはあっさりとしている。紋様が三つのキメラと戦った時は負傷者が十人以上出たことを考えると、負傷者が一人もいないのは驚きだ。

 ふと気になった、帝国ではダイアウルフと戦ったことは何度もありそうだが、普段はどうしているのだろうか?


「ダイアウルフの討伐は、帝国の国力をもってしても苦労するものですか?」

「昔は随分と苦労した時期もあったようです。ですが、最近ですと今回のように転生者が魔眼を使って討伐するため、犠牲者は少なくなっています」


 昔は犠牲者が大量に出たということか。

 ダイアウルフは馬以上の巨体で、魔術と剣や槍で倒すのは随分と苦労するのは想像ができる。


「転生者がいても犠牲者は出るですね」

「ええ、今回は転生者が三人いて助かりました」


 ホルスト卿は転生者が三人というが、オレたち三人は戦闘向きとは言い難い。


「モニカは本来戦闘に向いている魔眼ではありませんし、オレとヴェリも戦闘に特化しているわけではなく、弱点が運良く見つかって良かった」

「確かに弱点が見つからなければ簡単にはいきませんでしたか。しかし、ダイアウルフが氷に弱いのは初めて知りました。皇帝陛下に報告する必要がありますな」


 アルミンが偶然発見したことだが、ホルスト卿も知らないことだったようだ。

 いや、ホルスト卿なら知っていたら最初に教えてくれたか。


「しかし、ダイアウルフは以前からこの辺りに?」

「いえ、以前はダイアウルフの縄張りではなかったはず。ここ数年で移動してきたのでしょう」


 ダイアウルフが縄張りとしていたのなら準備もなく近づかないか。

 数年で移動してきたとは、運が悪い。

 久しぶりに自分は運が悪いが、最悪のところでは運がいいことを思い出してオレは顔をしかめる。

 ダイアウルフに出会ったのは運が悪いが、弱点がわかったのは運がいい。

 本当に、運がいいのか悪いのか……。


「なんにせよダイアウルフを倒せて良かった」

「ええ、直接の戦闘はあまり得意ではありませんが、私も多少お役に立てて良かった」


 役に立つというか、ホルスト卿の魔術がなければ倒すのが大変だったと思う。

 しかし、ホルスト卿の魔術は練度がすごかった。あそこまで自由に魔術を使いこなす人を初めてみた。


「いえ、ダイアウルフと戦った時のホルスト卿が使った魔術には助けられました」

「あれは私が持つ紋様ですので、一番使い慣れている物です」

「紋様、ですか?」

「ええ、私はウリシュクという水の妖精が祖父でして、体に紋様があるのですよ」


 ウリシュク? 聞いたことのない魔物だな?

 というか、魔物と人間の子供に紋様が遺伝することに驚く。


「魔物が人間と子供を作った場合、ひ孫くらいまでは体に紋様や特徴が強く現れます。私は紋様以外に髪が白く体毛が濃いという特徴を受け継いでいます」


 オレが驚いているとホルスト卿が補足してくれた。

 皇帝陛下やアンナの髪が緑色なのは魔物由来だとは聞いたが、他にも遺伝することがあるのか。

 ホルスト卿は髪の色が白いが瞳は赤色ではない。アルビノではなく、魔物からの遺伝だとは思っていたが、髪の色以外にも遺伝していたとは気づかなかった。


「ホルスト卿の髪が元々白いのだろうとは思っていましたが、他は気づきませんでした」

「魔物の孫としては比較的人間に近い見た目ですので気づかないのが普通かと。私より世代を重ね続けると、髪の色が違う程度にまでなり、もっと気づきにくくなります」

「なるほど」


 世代が近い場合、特徴を多く遺伝するということか。

 元々人間に近い場合は特徴にはそこまで差が出ないが、紋様は遺伝するのか。


「私は水の妖精である祖父から紋様を操る術を教わっているため、水を操るのが得意なわけです。紋様を介す場合と、魔術を使う場合では紋様の方が自由度は高い」

「ダイアウルフの顔に水を張り付けることできるのに驚きましたが、魔術ではなく紋様を介したから複雑な動きができたのですか」

「そうです。帝国でも魔術ではあそこまで複雑な動きを極めるのものは、そうそう見かけません」


 水を自由に操るのは、魔術でもできないことはないが、かなりの練度を必要とする。普通そこまで一つの魔術を極めるよりも、他の魔術を覚えて手数を増やすことの方が多い印象がある。

 攻撃に使う魔術の場合は、今回のように水を凍らせるような複数の魔術を使い、相乗効果で威力を上げるような方法を取ることもできる。


「私の紋様よりも、アンナ卿の兵士はとても鍛えられている。ダイアウルフに怯むことなく連携が取れていた上に、魔術の展開がとても巧みでした」

「お褒めにいただき感謝いたします」


 アンナがホルスト卿の兵士たちへの褒め言葉に嬉しそうに返事をしている。


「ヴァイスベルクを越えた猛者は違いますな」


 猛者。

 アンナを護衛するのは前人未踏ヴァイスベルクの森を越えたものたち。

 確かに猛者だな。


「それに軍馬も逃げもせず悠然としていたのはすごい」

「兵士たちと同じ猛者です」


 アンナの返しはうまい。

 確かに馬も同じように前人未踏の地を越えた猛者だ。

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