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X'mas Present

作者: ゆいまる

~~ ギフト企画2009参加作品です ~~




 そこかしこから流れてくるクリスマスソング。

 町はどこか幸せそうな顔で溢れていて、紗代は居心地の悪さに俯いた。

 どこに行くあてもない。

 ただ、今夜はなんだか家にいてはいけない。そんな気がして飛び出していた。

 とはいっても、人気のない公園に行くのも気が引ける。

 冬休みに入る時に、担任の先生が黒板の前で「知らない人に声をかけられたら、逃げなさい」と大きな声を張り上げ言っていたのがまだ記憶に新しいからだ。

 すれ違う人は皆、あったかそうな服を着て足取りも軽い。

 一方、紗代が来ているのは着古されたコートだった。

 いとこからのお下がりで、もう3年も着ている。大人にとっての3年ってどんなものかわからないが、まだ7歳の紗代には長い長い3年だった。

 当然、もう、小さくて、本当なら着れるような丈じゃない。

 もともと黒かったのだろうが、色褪せて、グレイかこげ茶かわからない、敢えて言えば、土の上の溶けかけた雪が踏み荒らされた時の様な色をしている。

 それでも、紗代が持っているコートはこれきりで、文句をいって着ないわけにもいかなかった。

 吐く息が息が白く、空に上っていく、

 それまでむきになって地面を蹴っていた足をふと、止め、空を見上げた。

 最近、夜が空を覆い始めるのは早い。時計は持っていないが、まだたぶん5時前だ。にもかかわらず、灰色の雲の隙間から覗く空の色は深い紫色をしていた。

 目にかかる前髪がうっとおしい。

 髪を母親に切ってもらったのは、まだ夏に差し掛かったばかりの頃だった。もちろん、美容院なんて行った事はない。

 クラスの友人達が髪を切っては自慢げに話すのを、教室の隅で聞いた事はあるが、紗代にとっては敷居の高い場所だった。

 隣を、同じ年の頃の女の子がすれ違った。

 紗代は思わず振り返り、その後姿を見る。

 少女は母親に手をひかれながら「え~、今日はチキンなの~。やだ~」と唇を尖らせていた。肩で揺れる髪は綺麗に結われており、白いボアの髪飾りが着ている真っ白なコートによく似あっていた。

 手をひく上品そうなその子の母親は、綺麗にお化粧した顔を困ったように緩め「クリスマスはチキンって決まっているのよ」と優しく諭していた。

 自分の母親とは全く違う生き物のように見えた。

 毎日、毎日、朝から晩まで働く母親。 新聞配達から始まり、肉の加工場でのパート、終わればスナックで働いている。

 家にいて見る母親の姿は、眠っているのがほとんどだ。

 小さな頃は、起きて帰りを持つ事もあった。

 でも、そうすると母親はいつも自分に気を使い、すぐに布団に倒れ込む事が出来ない。

 いつか、眠っている母親の顔を見て、死んでいるのではないかと心配になったことがあった。

 痩せた手にそっと触れてみた。

 ボロボロになった指先に、無理やり塗り込められた赤いマニキュアが、胸を締め付けた。

 でも、その母の顔が最近明るい。今夜は、誰かを連れてくると言っていた。話す母親の顔は可愛らしく、紗代は予感した。そして、その予感どう受け止めていいのか、どうすればいいのか、わからなくて飛び出したのだ。

「ちょっと、君」

 いきなり、肩を叩かれ、紗代は驚いて振り返った。

 そこには、真っ黒なコートを着た、30代くらいの男が立っていた。見た事がない。優しげな顔立ちで、ダウンのジャケットが暖かそうだ。前髪が長く、今風とも思えたが、その奥の瞳はどこか馴れ馴れしくも感じられた。

 担任の言葉を思い出す。

 足がすくみかける。声が出ない。頬がひきつり、目をそらした。

「ねぇ。一人なのかい?」

 男が手を伸ばしてきた。

それは大きく、不気味にうごめいているように見えた。

 心の底を撫でるようなひんやりとした感触に、息が詰まる。

 知らない人。逃げないと。

「ごめんなさい!」

 紗代はそれを振り払うと、全力疾走した。男が何かを叫んでいるのが聞こえたが、わからなかった。

 ただ、怖かった。怖くて、悔しかった。

 幸せそうな人々の間を抜けながら、どうして、どうして自分だけが……そんな想いに紗代は唇を噛んだ。

 商店街を抜けると、信号のある道を挟んで、もう一つの商店街が繋がっている。紗代は黄色の信号を渡ると、後ろを振り返った。

 すぐに車がせき止められていた川が流れる様に走りだす。

 その対岸に、男の姿は見えなかった。

 小さく安堵の溜息をつき、人混みにまぎれる様に再び歩き出す。 

 商店街の隅にある、いつもは老人たちが集団になって座っているベンチが目に止まった。腰をかける。

 夕暮れのせいか、老人の姿は見えないが、反対の端には高校生くらいの女子が二人でタイ焼きを片手におしゃべりをしていた。

 顔を上げるたい焼きやの店先に、紗代の背の高さくらいのツリーが飾られていた。

 耳に微かに入ってくる彼女達の話題は、どうやら父親への不満なようだ。

 紗代が覚えている父親の顔は3年前のものだった。もう、その記憶もぼんやりとしていて、忘れまいと必死に頭の中で繰り返したあの笑顔と、出て行く前の怖い顔しか覚えていない。家には、写真は1枚もない。

『俺は疲れたんだ。彼女とは純粋な恋愛なんだ。金は払う。償いはする。だから、俺を解放してくれ』

 聞いた時には理解できなかった言葉も、繰り返し頭でその言葉をなぞり、紗代が大きくなるにつれ、意味がわかり出してきた。

 つまり……お父さんにはお母さんや自分の存在が重かったのだ。彼女という誰かと一緒にいる方が楽しかったのだ。

 きっと、紗代が悪い子だからだ。

 紗代はそう思った。紗代のせいで、お父さんは疲れて出て行ってしまったのだ。だって、お母さんは毎日、ちゃんとご飯を作って、お掃除して、お洗濯して、何にも悪いことしてなかったもの。でも、紗代は時々我儘を言って困らせた。眠れなくて遅くまで泣いてしまった事もあった。おねしょもまだしていた。

 お母さんは違うと言ってくれたが、お父さんの悪口も言わなかった。

 ただ、目に涙をためて「これから二人で頑張ろう」って抱きしめてくれただけだった。

 涙が零れた。

 冷え切った手の上に温かな滴が落ちる。

 それで、お母さんには出て行かれないように、一生懸命のお母さんを困らせないように良い子になるように頑張ってきた。

 でも……。

 顔を上げる。

 たい焼き屋のクリスマスツリーの光が滲んで見えた。

 サンタクロースはあの年以来、来てくれない。

 なぜかお母さんはクリスマスの朝「ごめんね」と自分に謝ったが、紗代は自分にクリスマスプレゼントが来ない理由を知っていた。

 まだ、紗代が悪い子だからだ。

 だから、サンタクロースはプレゼントをくれない。

 目の前を、大きな包みを抱えた女性とチキンのボックスを手にした男性のカップルが通り過ぎた。チキンの香ばしい香りが空腹の胃を揺さぶる。

「頑張ってるのに」

 ふと苛立ちに似た感情が首をもたげた。

 唇を噛み、拳を握りしめる。

 たぶん、今夜、母親まで自分を置いて出て行ってしまう。今夜連れてくる人と言うのは、きっと母親を笑顔にしている人だ。

 母親もたぶん、こんな悪い子に疲れたのだ。

 だから、誰か楽しい人を見つけて、出て行ってしまうのだ。

 クリスマスツリーが一層眩しく見えた。

 手を伸ばしても掴めない光が、すぐそこに煌めいていて、紗代は胸に重苦しさを感じた。

 自分にだって、何かいい事があってもいいじゃない。

 だって、ずっと、ずっと我慢してるんだよ。

 本当は、お母さんともっと一緒にいたい。お話したい。綺麗な服だって欲しい。髪だって切って欲しい。

 でも、皆、黙って来たの。

 良い子になろうって、お母さんを困らせたらダメだって思って。

 なのに、なのに……。

 紗代は立ち上がると、そっとそのクリスマスツリーに近づいた。

 店主の顔を盗み見る。

 たい焼き屋のおじさんは、深いしわをさらに深くし、おばさんと楽しそうに笑いながら話に夢中になっている。

 鼓動がテンポを速めた。

 緊張に指先が冷たくなっていく。

 でも、目の前には煌めく電飾の間から覗く、可愛らしい天使のオーナメントだ。金銀赤銅色の3種類の天使は、それぞれラッパを持ったり翼をはためかせたりした恰好で、ツリーの上を踊っていた。それが電飾の点滅の度に揺れているように見えて、なんとも魅力的に見えた。

 もらえないのなら、自分で手に入れてもいいよね。

 紗代は唾をのみこんだ。まるで喉が固まってしまったかのように飲みくだすのは困難で、また口の中もカラカラだった。

 もう一度店主を見る、たい焼きを袋に詰めている所だった。

- 今だ

 紗代は思い切って手を伸ばした。

 手の中におさまったのは銀色の、ろうそくを胸の前で掲げている小さな天使。

「おじょうちゃん!?」

 ギクリ、心臓が悲鳴を上げた。

 瞬間、紗代はあらん限りの力で駆け出していた。

 人ごみを縫い、さっきの男から逃げるよりも早く、もつれそうになる足をなんとか前に進めながら、逃げた。

 捕まったら、警察に連れて行かれる。そんな恐怖が後から後から追いかけて来て、紗代は商店街を抜けても、足を止めることができなかった。


 気がつくと、家の近くの公園まで来ていた。

 日はすっかり落ちていて、薄暗い公園の電灯が頼りなくブランコと滑り台を照らしていた。

 遊具と言えばこの二つしかないような、小さな公園だ。防犯のためだとかで、周囲に生えていた低木も夏ごろに取り払われ、代わりに網のフェンスが囲っている。

 人気はまるでなかった。

 紗代は乱れる呼吸を整える様に歩きながらブランコまで歩くと、力なく座り込んだ。

 前後に揺れるたびに、頭上でブランコが軋む音がする。

 周囲を見回す。

 たい焼き屋は追いかけては来ていないようだ。

 喉の痛みに顔をしかめながら、紗代はそっと硬く握ったままになっていた手を開き、そこに目をやった。

 天使が、汗ばんだ掌の上で鈍く光っていた。

 でも、それはさっき見たような輝きはなく、別物のように色あせて見える。

 必死の思いで手にしたものは、こんなものだったのか。

 こんな、こんなちゃっちな物を、自分は……。

 風が吹きすぎた。乾いた音がして、足元の砂を払っていった。寒さが火照った肌の熱を奪っていく。

 もう、帰られない。そんな気がした。

 影が差した。

 目の前に誰か立っている気配がした。

 肩が跳ねあがる。

「紗代、ちゃん」

 自分の名を呼ぶ声がした。

 誰だ?

 聞き覚えのない声だった。

 怖くて、顔をあげられない。

 さっきの変質者や、自分を呼びとめたたい焼き屋を頭に浮かべる。どちらであれ、自分は逃げないと。

 紗代はあの天使を握りしめると、再び逃げ出そうと立ち上がり、踵を返した。

「待って!」

 しかし、その手はブランコの鎖ごと掴まれる。

「放して!」

 紗代は声を上げ、その人物の顔を見た。

 そして、声を、失った。

 彼女の手を大きな手でつなぎ止めている、その人は。

「サンタ……クロース!?」

 体つきは少々イメージよりはスリムだが、あの赤と白の衣装に、厚い白髪の前髪と白いひげの間に見える優しい瞳。

 サンタクロースその人だった。

 サンタクロースの背は高く、その影はすっぽりと紗代の体を隠すほどだった。でも、怖くないのは、その眼差しのせいだろう。

 サンタは頷くと、しゃがんで紗代と目線を合わせた。

「メリークリスマス」

「め、メリークリスマス」

 まるで合言葉のように言葉を交わすと、サンタは一層目を細め、紗代の頭を優しく撫でた。そして、その肩に担いでいた大きな白い布袋を下ろすと

「これまでいい子にしていた紗代ちゃんに、プレゼントをあげよう」

 袋の中をまさぐり始めた。

 心臓が軋み、紗代は手の中の天使を握りしめる。

 サンタは知らないのだ。たった今、自分が盗みを働いてしまった事を。

 なんて事をしてしまったのだろう。

 紗代はサンタが袋から大きな赤いラッピングの包みを取り出すのを見つめながら、声を詰まらせていた。

 ようやく、ようやくサンタが来てくれたのに、自分はなんて事をしてしまったのだ。

 手をもう一度開き、天使を見つめる。

 あの時、宝石よりも輝いて見えたそれは、今や胸の奥に深く重い楔を打ち込む罪の塊だ。

 たい焼き屋は探していないだろうか? もしかしたら、高価なものだったのだろうか? そうでないにしても、思い出の品なのかもしれない。お客さんの為に、そう思いながらこれを飾り付けた人の想いはどうなるんだ。自分は、自分は、なんて事を……。

 紗代の口がきつく結ばれ、震えた。

「紗代ちゃん。これを、君に」

「もらえません」

 紗代は震えながら答えた。

「え?」

 サンタの手が止まる。

 紗代はこぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、鼻を軽くすすった。

 ちゃんと、話さないといけないと思った。

 マラソンの後のように頭がぼんやりとするのに、自分の足元だけがやけにハッキリしているような感じだ。

「紗代は、悪い子なの。だから、もらえないの」

 告白する声は風にさらわれそうなほど小さく、震えていた。サンタは温かく低いこえで「どういう事?」と顔を覗き込んだ。

 きっと、あの目で優しく見つめてくれているのであろうことは、紗代にもわかっていた。でも、だから、尚更自分の汚さが恥ずかしくて、目を見れなかった。

 代わりに涙がいくつもあの天使の上に落ち、紗代はゆっくりと言葉を口にした。

「紗代が悪い子だから、お父さんがいなくなったの。それで、お母さんを悲しませちゃったの。お母さん、毎日働いて、大変なの。紗代がいるせいで、お母さんは大変なの」


 ボロボロの手

 赤いマニキュア

 自分を抱きしめた母親の涙声


「紗代ちゃん」

 サンタが頭を撫でていた手を止める。

「お母さんがそう言ったのかい?」

 違う。お母さんはそんな事何にも言わない。紗代の悪口も、お父さんの悪口も何にも言わない。

 紗代は首を激しく横に振った。

「でも、知ってるの。お母さん、本当はきっと辛いんだもん。いつも疲れた顔してるもん。紗代のせいなんだよ。皆、紗代が悪いの」

「どうして、そう思うの?」

「だって!」

 紗代はようやく顔を上げた。

 涙に濡れた頬に北風が刺さり、痛みを覚える。

 すぐ間じかにあったサンタの瞳は、まっすぐ紗代を見つめていた。

「サンタさん、来てくれなくなったじゃない」

 あぁとサンタが溜息の様な声を漏らした。

 やっぱり、と紗代は唇を噛み、もう一度あの天使に視線を落とす。

「だから、紗代。良い子になろうって思ったの。お母さんにちょっとでも笑ってもらおうって、でも、お母さんを笑顔にしたのは、紗代じゃなかった」

「え」

 ぎゅっと拳を握り締める。

 鈍く尖った天使の羽の先端が掌に食い込んだ。

 小さな自分の手。

 何にもできない無力な手。

 やったことと言ったら、盗みだけだ。

「お母さん、今日、誰かを連れてくるって、嬉しそうだった」

 独り言のように早口で呟く。

 思い出すと今更ながらに胸を締め付けるのは、何故だろう?

 ただ、動き出した感情が、もうとめどなく溢れて紗代にはどうしようもなかった。

「紗代は、もういらない子なんだってわかった。紗代が、悪い子だから」

「紗代ちゃん、お母さんに言ったの? その事」

 首をまた振る。言えるわけがない。そんなことしたら、お母さんを困らせるだけだ。ずっとずっと、この想いは、この母への罪の意識は小さな胸の中で秘め、抱えてきたもので、本当なら誰にもぶちまけるつもりなのなかったのだ。

 なのに……。

「でも、サンタさんには話しちゃったね」

 紗代はそう言うと、あの天使をサンタに差し出した。

 陽が完全に建物の向こうに沈み、空に一番星が灯った。

 風は一層その温度を下げ、周囲の何も身に纏わない枝を揺すっていた。カサカサと枯葉がこすれ合う音が聞こえ、紗代の息に色がつき始める。

「これは?」

 サンタが訊いた。

「さっき、たい焼き屋さんの前に飾ってあったツリーから盗んじゃったの」

 口にするのは思っていたより難しくなかった。

 紗代は涙を拭くと頭を下げた。

「紗代は悪い子なの。ごめんなさい。だから、プレゼントは受け取れません」

「紗代ちゃん」

 サンタはため息交じりに紗代の名を呟くと、じっと小さな手のひらの上で祈りをささげる様にろうそくを持ち、目を閉じている天使を見つめた。

「盗みをしたのは、これが初めてかい?」

 紗代は頷いた。

「どうして、盗んだの?」

「わからない」

 あの時の気持ちがどんなものだったのか、不思議とよく思い出せない。紗代はじっと天使に目を落とす。

「ただ、綺麗で。可愛くて。紗代にも、欲しかったの。何か……」

 そうだ、欲しかったのだ。

 きらめくクリスマスツリーは美しくて、その光があまりに羨ましくて、一つでもいい、自分の手に

「クリスマスプレゼントを」

「紗代ちゃん」

 サンタは目を細めると、紗代の頭を再び撫でた。

「サンタ、さん?」

 紗代はサンタの目を見つめ返す。

 サンタは静かに、紗代の心に言葉を一つ一つ丁寧に置くように声にした。

「紗代ちゃん。今まで、辛かったね。よく頑張ったね。でも、お父さんやお母さんの事は、紗代ちゃんのせいじゃないんだよ」

 紗代のみぞおちの辺りがカッと熱をもった。

 さっきとはまるで違う鼓動の高鳴りが、喉にせり上がってくる。

「でも」

 戸惑う紗代に、サンタは首を横に振った。

「盗んだ事は良くない。後で謝りに行かないといけないね。でもね。その他の事は紗代ちゃんが悪く思う事はないんだ」

「でも、じゃ、どうして……」

 どうして、お父さんは出て行ったの?

 どうして、お母さんは毎日疲れていて、他の人を連れてくるの?

 どうして、サンタさんはこれまで来てくれなかったの?

 いろんな疑問が、まだ幼い瞳の中に交錯していた。

 しかし、それを言葉にする前にサンタは、大きく紗代を抱きしめた。

 温かく、大きな腕だ。

「辛かったろ。寂しかったろ。でもね、お母さんは君の事いらなくなったわけじゃない。なにより、紗代ちゃんは、本当にいい子だよ」

「サンタ、さん」

 紗代の頬に涙が伝った。その一粒の雫は、頑なな紗代の胸の中の絡まった紐を優しく解く。わななくように紗代の口元が震え、紗代は何かに流されまいとしがみつくようにサンタの背中にその小さな指を立てた。


 寂しい

 哀しい

 怖い

 苦しい


 そんな灰色の感情の中で怯えながらも、みな自分のせいなんだと責め続けた日々。誰にも告げられず、誰にもわかってもらえず、それでも何とかしないとと自分の心に鞭を打って、母親に本心すら打ち明けられずに過ごした日々。

 硬く瞑った瞼の裏に、一人ぼっちでテレビを見ながら過ごした日々が、鮮明に浮かぶ。

 いつしか、そうしているうちに、口は自然に閉ざされ、顔はいつの間にか表情を手放しつつあった。

 仕方のない事なのだと思っていた。だって、自分は悪い子なのだから。

 サンタの大きな手が、包み込むように紗代の背中を優しく撫でた。幾つもの涙がボロボロと心の中に張り付いていた、虚勢という名の鱗がはがれるかのように落ちて行く。

 仕方ない、そう思っていた。でも、やっぱり自分は……

「よく、独りで頑張って来たね」

 紗代は声を上げた。

 父親が出て行ってから初めて、声を上げて泣いた。

 そう、誰かにわかってもらいたかったんだ。自分の辛さを、自分の気持ちを、自分がどれほどの想いをしているのかを。

 紗代は泣きじゃくりながら、何度も「ごめんなさい」を繰り返した。

 心の中がすっかり空っぽになるまで泣いて、泣いて、泣き散らした。

 そして、本当に空になった頃、紗代は泣き疲れて寝てしまった。

「ごめんな」

 サンタはそう呟くと、紗代を片手で抱え、自分の顔に手をやった。

 顔を覆っていた白いひげが粘着テープのはがれる音とともに外れ、そこに若い顔が覗く。

 それは、商店街で紗代に声をかけた、あの若い男の顔だった。

 男は紗代を抱え立ち上がった。

 泣き疲れた顔は、涙に浮いていて、これまでこの少女がどれほど独りでこの想いを抱えていたのか、その深さを量らせた。

 公園の入口あたりに人の気配がした。

 男は視線を巡らせた。見ると、紗代の目元によく似た女性が息を切らせてそこに立っていた。髪は振り乱され、顔は寒さでなのか心配でなのか酷く青ざめている。

「紗代!」

 女性……紗代の母親は紗代が男の腕の中でぐったりしているのを認めると、なりふり構わずの体で駆け込んできた。

「紗代!」

 男の腕に掴みかかる。男は目を細めて

「大丈夫、今、泣き疲れて寝たとこ」

 と答えた。母親は少し安堵の笑みを見せ、男を見上げる。

「ごめんなさい。アナタが来ること、今朝話したら、紗代の様子が急におかしくなっちゃって。気がついたら、どこにもいなくて……。あぁ、紗代。ごめんね」

 母親は涙を浮かべると、男から紗代を大切そうに受け取った。

 紗代は母親の胸の中で、疲れ切った顔で眠っている。

 サンタ姿の男は、そんな紗代の前髪を指ですくいながら愛おしいものを見る目で呟いた。

「再婚は、紗代ちゃんが受け入れられてからにしような」

「え?」

 男はサンタの格好のまま母子に微笑むと

「俺は、貴女の夫になりたいと思ってるし、同時に紗代ちゃんの父親にもなりたいんだ」

 足元に置いていたプレゼントを袋に戻し立ち上がった。

「始めは、サンタの格好して、プレゼント渡して、紗代ちゃんに媚び売って気に入られようなんてせこい事考えた。商店街で一人でいるのを見かけた時も、まさか、紗代ちゃんがあんなに思いつめているなんて思っていなかった」

「思い、つめて……?」

 男は頷くと、小さく息をつきながら、紗代の寝顔を見つめる。

「本当に、こんな小さな体と心で、彼女は頑張っていたんだ。さすが、貴女の子どもだ。だから、俺もちゃんとしないとって、思った」

 母親は小さく微笑むと、紗代の背中をそっと撫でた。

「そうね。たくさん、我慢させちゃってたでしょうね」

「だから、その分、これから彼女を幸せにできる様に、俺も手伝わせてほしい。少なくとも、こんな良い子には毎年クリスマスプレゼントをやれるくらいは頑張るからさ」

 そう言うと、母親の背を支える様に手を添えた。母親は喜びに顔をゆがませ、頷いた。

「さ、行こう。風邪ひいちまう」

「そうね」

 三人の影が、クリスマスの夜空の下からゆっくりと光の下へと向かう。

 紗代は、母親の温もりを感じながら、遠くで二人の声を聞いていた。夢見心地に響いたその会話は、本当に心を温かくし、紗代は小さく微笑んだ。

 そして、母の隣にいるサンタへ、そっとお願いをした。

 ちゃんとたい焼き屋さんには謝りに行きます。

 良い子になります。

 だから、どうか、来年のクリスマスはお母さんと紗代と一緒にいてください。

 と。


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― 新着の感想 ―
[一言]  遅ればせながら、ギフト企画参加作品、拝読させていただきました。  同企画参加の藤夜と申します、初めまして。m(_ _)m  情景描写が非常に綺麗で、この作品は冬を舞台にしている訳ですが、…
[良い点] 初めまして! ギフト企画に参加した文樹妃です。 遅ればせながら読ませていただきました! まだ七歳の紗代ちゃんの重く、苦しい、辛い日々が伝わってきて、泣きそうになりました。 と同時に、きっ…
2009/12/29 14:40 退会済み
管理
[良い点] 無駄な展開や登場人物がなく、スッキリ読める反面、物語が非常に立体的で良かったです。 素晴らしいクリスマスプレゼントをありがとうございました。
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