無料で家を建て替えてもらう方法
その夜、N県の上空を流れた楕円形の物体は、七色の光を放ちながら山間の民家に墜落した。家主のA氏はちょうど外出していて無事だったが、戻ってくると銀色の物体が家を押し潰していたのでたいへんなショックを受けた。
すると、飛行物体から一人の男が降りてきた。見た目は人間とほとんど変わらないが、額から触角のようなものが二本生えていた。男は申し訳なさそうに言った。
「申し訳ございません。あなたのお宅を壊すつもりはなかったのです。ただ、庭に明かりをつけていたでしょう。あの配色は、我々のあいだでは宇宙船の燃料補給所を意味するものなのです」
男は自分が地球外からやって来た宇宙人であることと、遠い星へ向かう旅の途中であることを教えてくれた。本来ならば一つ隣の星系で燃料を補給する予定だったが、この星にも補給所があると勘違いして着陸してしまったのだという。ちょうどクリスマスが近い時期で、A氏は庭をライトアップしていたことを思い出した。
「私たちの宇宙船は自動運転で、しかもほんの小さな明かりでも見逃さないものですから、こういうことが起こってしまうんです。それにあなたがたが知らないだけで、私たちの宇宙船は毎日のようにこの星の近くを飛んでいます。あの配色パターンはやめたほうがよいでしょうね」
「なるほど。気をつけなければなりませんな。しかしながら、住む家がなくなってしまった。いったいどうしたものだろう」
「でしたら、ご迷惑をおかけしたお礼に、建物を直して差し上げましょう」
宇宙人が手元のボタンを押すと、潰れていた建物があっという間に復旧した。それどころか、もとよりもうんと上等な建物に変わっていたのである。
「おお、これはなんと立派な建物だろう」
「なに、私たちの技術力を用いれば簡単なことです」
築何十年も経過していたあばら屋が豪邸に変わったことにA氏はたいそう喜び、去っていく宇宙船を笑顔で見送った。
それから、豪邸には連日テレビ局や新聞社の記者たちがやって来るようになった。A氏は彼らの質問にはなんでも答えてあげたが、庭の照明の配色だけは教えなかった。
次第に宇宙船騒ぎの熱も冷め、取材の数も減ってきたころ、ひとりの雑誌記者がプレゼントを持ってA氏のもとを訪ねて来た。それはA氏の大好きなお酒で、勧められるままに飲み過ぎてしまった彼は、記者にうっかり照明の配色パターンを教えてしまった。
数日後、その記者の自宅に宇宙船が墜落し、もとの家よりも立派な豪邸に建て替えてもらった。A氏から教えてもらった配色パターンは本物だと確信した記者は、『宇宙人に無料で家を建て替えてもらう方法』と題した商材の販売を始めた。無料で、しかも豪邸に建て替えてもらえると聞きつけた人たちがこぞって商材を買い、書かれてあるとおりに照明を飾りつけた。毎晩のように宇宙船がどこかの家に墜落し、そのあとには豪邸が建てられた。宇宙人さまさまだ、とみな口々に言った。
そんなある夜のこと、この日も夜空に宇宙船があらわれたが、いつもと違って墜落するでもなく上空に留まっている。また誰かが家を建て替えようとしているのだろうか。人々が空を見上げていると、雲の切れ目から数えきれないほどの宇宙船があらわれ、あっという間に空を埋め尽くしてしまった。宇宙船から厳かな声が流れ始めた。
「地球にお住まいのみなさまにご報告いたします。ちかごろ、われわれの宇宙船が地球に墜落する事故が多発しており、たいへんご迷惑をおかけしております。事故の原因はみなさまが使用されている電飾でございます。あれがわれわれの星では燃料補給所の場所を意味するものであることは、みなさまもすでにご存知かと思います。本当であればみなさまに電飾を撤去していただくか、配色を変えていただくようお願いしたいのですが、おそらくあの配色がみなさまにとって大切な、文化的意義を持つものであることもまた理解しております」
宇宙人の話を聞きながら、地上の人々は「文化的意義なんてないのにね」とか「宇宙人のくせにばかだなあ」とか、自分勝手なことを言い合っていた。宇宙人は続けた。
「地球のみなさまの文化を守りたい。しかし事故もなくしたい。そこでわれわれは、地球のみなさまに新しい惑星を提供させていただくことを決定いたしました。いまよりもずっと大きく、資源にもあふれた素晴らしい惑星ですので、きっと喜んでいただけると思います。また、その惑星はすでにわれわれの手によって開発されておりますので、いますぐ移住することが可能です。電飾もすべての建物に設置済みでございます」
この話には世界中の政治家たちが食いついた。彼らは「資源問題や環境問題が一気に解決するじゃないか」や「家だけではなく惑星まで建て替えてくれるとは太っ腹な宇宙人だ」などと笑い合った。なかには、「新しい惑星でもわが国が世界の覇権を握るのだ」と張り切っている国まであった。宇宙人はさらに続けた。
「みなさまにはその惑星に移住していただき、代わりにわれわれは地球を再利用しようと思っております。いまから一時間後に爆弾を投下し、この星を更地にしたうえで、燃料補給所を建設させていただきます。みなさまの新しい惑星は二つ隣の宇宙にありますので、お手元のマルチバース跳躍装置にてすみやかに移動をお願い致します」
この発言を聞いて、地球の人々はパニックに陥った。あと一時間で爆弾が落とされ、この星は更地にされてしまうという。しかし、マルチバース跳躍装置など誰も持っていないし、宇宙がいくつも存在することだって知らなかった。人々は頭上の船団に助けを求めたが、宇宙人からの反応はなく、ついに約束の一時間が経過して爆弾が投下された。爆弾の威力はあまりに凄まじく、地上のありとあらゆる建物、そしてありとあらゆる生物が一瞬のうちに跡形もなく消え去った。
やがて、宇宙人たちはまっさらな大地を見下ろして言った。
「これはなんと広大な土地だろう。うんと大きな補給所が作れるぞ」
彼らが手元のボタンを押すと、地上には瞬く間に立派な燃料補給所ができあがった。