098 二百五十 対 七十 〈1〉
98 99 100 101 は“ひと綴りの物語”です。
《その1》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
男爵が領主を務めるサガン領は領土的にはおそろしく狭い。収める街も領名そのままの領都サガン一つだけで、人口は約3万人と少ないものの、高低の激しい丘陵地帯は作物の栽培には不向きで自給率が低く、食料の殆を輸入に頼っている。
加えて直ぐ西を最悪とされる“忌溜まりの深森”と接していた。そんな極小貧困領になるはずのサガンであるが、この街が誕生した基となった希少性の高い高級素材である“花魁蜘蛛の糸”の一大生産地であり、“尊遺物”である高架軌道鉄道に於いての周辺地域のハブ駅を有する事で、古くから経済的に潤い、今に至っている。
昔々。まだ世界は混沌としていた頃。当時は寂れていた高架軌道の駅周辺で落国の民が花魁蜘蛛を飼い、糸を紡ぎ、鉄道を復旧させて他の地域と結び荷を運んだのが始まりだった。
一種族のコミュニティーは経済を基盤として発展し、自治の確保と小規模ながらもう少なくない脅威となっていた“遷”対策として、あとの冒険者ギルド【特異生物産資源収集その他請負業】の前身を立ち上げるに至る。随分とあやふやだが、この頃よりこの街を中心とし、最初の魔晶石の経済圏が広がっていったとされている。
世は時の経過とともに混沌から復興し始め、あちこちで新しい勢力が跋扈し、その渦に否応なく巻き込まれていく。街はしばしば侵略を受けるようになる。だが街は前身のギルドを中心として良く撃退した。
国が興り、消えていくを繰り返す長い歴史の中、幾度かの街への占領を許すが、蜘蛛糸の生産の難しさ、何より“遷”の対応が出来ずに全て撤退していった。
また、経済封鎖も蜘蛛糸は必要物資であり音を上げるのは興ったばかりの国のほうが早かった。何より高架軌道駅を抑えられている時点で無意味だった。
その間、街とは別に落国の民は領土を広げる代わりにその強い経済力を元にギルドの前身組織の影響力を国々の機構とは別の権限として形を変えながら、大陸規模に広げることを目指した。
その後、紆余曲折を経て国の一領地へと落ち着く。一見国側の勝利と見られるが、数多くの譲与を国側は余儀なくされ、街側は事実上の独立特区を勝ち取った。
高い税収を収める条件で街の自治権と蜘蛛糸の生産、及び高架軌道駅の運営権をギルドが一任する事となって今に至る。
そして大陸への浸透を目指したギルドは何時の間にか本部機能を街から移していた。国への従属を受け入れた理由の一つかもしれない。
残った街のギルドは納税義務を負い、領主は他処からの魔物を含めての来襲を撃退する義務を負った。だが実際は魔物は“不壊”の高架軌道に阻まれ、人間もギルドの実質的な荘園としての認識のもとでは、手を出す者はいなかった。
領主館は本当の意味での税徴収機関としての役割しか持たなくなった。サガン領主赴任は宮廷貴族にとって数ある赴任先の中では安全で旨味のある出世コースと思われている。ギルド本部は他所に移って久しいが、サガンのギルド長職もまた将来の本部中枢の出世コースであり、人脈・金銭的にもオイシイ赴任地だった。“遷”が“祭り”ではなく、只のスタンピードの“脅威”に成り下がるまで。
今でもその慣習が続いており、唯の出向機関である領主館に領兵の数は驚くほど少なかった。全てが変わった五年前まで。いまは少しずつ増え、二百五十人となっている。領民三万人にそれでも少ないが、今の自分達には充分過ぎ得る脅威であった。
二百五十対七十。この中に領主や例の赤い鎧や非戦闘員である使用人は含まれていない。先程七人ほどをオッサンが倒したから残り二百四十三人。あまり変わらない。一人あたり三・五人を相手にする。
五芒星形の城塁上に夜警の四十人、少し多い。別棟の兵舎には下士官以下百七十八名。本館上階に赤鎧を含めて高級将校二十五人の部屋がある。最上階に領主の寝室と執務室がある事はわかっているが、その他内部構造も平面配置も全てが不明。ウチの委員長系ギル長の情報で、彼女も一階しか入ったことはないそうだ。
「確認する。
三人で一組とする。三つの組で一小隊、小隊長は俺の元部下七人がそれぞれ務める。事前に決めた通りだ。変更はない。
最初に兵舎の百八十名を全力で叩く。塁上は明るすぎて奇襲にならねえ。夜警が気づいて集まってくるまでが勝負だ。まあ、直ぐに集まってくるけどな。
狭撃対策で二小隊を兵舎外に伏せておく。逆に此方が狭撃を仕掛ける。上階の将校相手は臨機応変でその場の俺の判断で行う。
最初は忍んで配置に付き、一気に襲う。最初の合図で一人一人づつ確実にヤれ。ただ、息の根を断つことに拘るなよ。腹の柔らかいところを突けばソイツは戦闘不能となる。叫ばれてもいい。逆に叫ばせろ。奇襲の成功の秘訣は暗闇と混乱と素早さだ。ただ仕事のように槍を突き出せ。
最後に三つ。殺さないからと言って(と、僕を見て)捕虜にしようなどと思うなよ。捕虜を持っていいのは同等の相手だけだ。俺たちは悪者の反逆者だ。そんな贅沢はさせてもらえる暇がねえ。助ける気があるなら敢えて殺せ。その方が悪党らしい。
二つ目、相手に叫ばせても自分は決して叫ぶな。叫ぶと自らがパニくる。相手は武器を持たず混乱している。相手の顔を見るな、冷静にただ腹に穴を空けていけ。空けた後に無力化出来ているかの確認だけはしておけ。二連突きを推奨する。各小隊長は最後の確認を怠るな。
三つ目、お前たち七十人は強い。ここまで生き残ったのだから当然だ。強い傭兵は死なない。なにより、この団の団長は俺だ。
それだけだ。よし、行こう」
団長の静かな掛け声を聞き、一斉に遅滞なく動き出す。無言で淀みなく。一週間ちょっと前までは紛うこと無く烏合の衆だったのに、唯の小太りな中年オヤジだったのに。今は大きな一つの生き物のように。
各小隊ごとに分かれて闇夜を駆け、別棟の兵舎へ。音もなく。
小隊長と隊員とはハンドサインで。団長と小隊長とは直接団長の声で。ただし、横にいる僕には全く聞こえない。消音スイッチを押したテレビを見ているようだった。
何匹かの蛇がヌルヌルと暗闇の中で進み、兵舎の中へと消えていく。一匹は正面入口から。一匹が脇の小窓から。一匹が屋根小屋窓から。静かにあっという間に、人を殺すために。
「見てこいよ」と、オッサン。
「お前がやろうって言ったんだぜ。それで結局、こんな夜中に大量虐殺をするために大勢が走り回っている。責めてる訳じゃない。感謝している、俺はな。でもな、やっぱり気づいちまうんだよ。オマエ自身が。誰が言い出しっぺかって。
だからな、後で必ず見ておけばよかったって、思っちまうんだ。
大多数の人間が死ぬんだ、どうしたって後で考えちまうんだよ普通。そん時な、どんなに酷い有様だったって、想像でしか確認出来ないのは辛いんだよ。モヤって、何度も想像する事になる。想像は際限ねえ。確認は一度でたくさんだからな」
◇
動かない足を無理やり動かすように一歩を踏み出す。ドアを潜る時、最初の静かな合図と、最初の重なり合った多くの悲鳴が聞こえた。始まった。
ゆっくりと、ただ確実に無言で動く蛇の影と、忙しく悲鳴を上げ逃げ惑う人の影が交差する。僕が造った白い槍が翻る。穂先がヌルリと粘着質の液体で滴る。同じ液体が床に流れ、僕の足を浸す。歩を進める度にペチャペチャと纏わりつく。
二段ベットの上で仰臥し、逆さに頭だけを食出させ、既に白く濁った月明かりに照らされた二つの目ん玉が僕を見ていた。オマエが始めたのかと言っていた。僕はその場で膝を突き吐いた。オシッコも漏らしたかもしれない。まだ悲鳴は続いている。まだまだ人が死んでいく。死んでいく。殺していく。そうだ、僕が始めた。
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