081 最初の一分、最初の一時間、最初の一日目 1
81 82 83 84 は“遷”初日、その最初の激突の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。
《その1》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (再び、『或る盾使い《センパイ》』の視点)
突然目の前に現れる人の胴体ほどの岩石が轟音を上げて突っ込んでくる。実際はカトンボの頭なのだが。そうとしか思えない。それも大顎を横に開いた鋭利な四つの牙付きで、俺に向かって一直線に。
目を逸らせない、盾から目だけを出して直前まで見極める。下手に当てると確実に盾も腕も、俺さえも持っていかれる。盾から出ている頭が心配だ。だからこんな薄い兜モドキは嫌だったんだ。何時も使っている面防付きの重たくて頑丈な鉄兜にしとけばよかった。
何人かは擁壁に上る直前に被り直していたのを見た。そんな手があったとは、その時は目から鱗で、明日はしっかり用意しようと思った。
目の前いっぱいに広がる岩石。余計なことを考えていたせいで完全にタイミングを外した。最初の標的には派手に“シールドバッシュ”でキメようと用意していたが、既に遅過ぎる。とっさに“去なし”に切り替える。
間に合うが、酷い激突音と悲鳴めいた甲高い切削音があとに続く。腕を持っていかれる。身体ごと後ろに倒れそうだ。入射角が甘かった。とっさに目を瞑っていたかも。
カトンボが後方に流れていく、でも切削音は続く。胴体が長い。腕に掛かる圧力も変わらない。全身の筋肉を使い後ろに倒れるのを必死で耐える。耐える。
急に腕の圧力がなくなる。切削音も途絶える。身体が前に倒れる。そりゃそうだ。勢い余って倒れ込む俺は咄嗟に手を突こうとするも、握ったまま離れない盾が地面に先に倒れ激痛、次いで膝が盾の裏側に勢い良く突き立つ。更なる激痛が走る。起き上がれない。
盾を下敷きに四つん這い状態だ。顔を上げると次のカトンボの頭が既に直前まで迫って来ていた。大顎が横に広がり有機的で醜悪な四つの牙がやけにくっきり見える。盾を構えるどころじゃない。起き上がれないし、盾は俺の身体で下敷きになって動きもしない。俺はただ、カトンボの頭が迫りくるのを見ているしか無かった。
そのカトンボの頭が目の前で急に横にずれる。ズレつづげて軌道が変わり、俺の横をすり抜けていく。目で追うと羽もズタボロとなっていることが解る。その千切れた羽の一部が俺を嬲るが何の抵抗もない。やはり質量を持たないというのは本当らしい。
そのまま軌道を下降に移しギルドの修練場へと落ちていく。それを突撃銃から単発式の“投網”に持ち替えた兵站班の衛生係が頬付の教科書通りの美しいフォームで逃げるカトンボを銃口で追い、射出。
逃げるカトンボは目の前で広がった“投網”に包まれ、落ちていく。
その間も既に何匹ものカトンボを“去なし”避け、俺とは横十メトル離れた位置で仁王立ちし、自分の相方を守っている後輩の姿があった。
それだけじゃない。“去なし”の合間に突撃銃の単発撃ちでカトンボの軌道を変えている。本来なら俺を直接狙おうと飛んでくる分を自分の前面へと全てタゲを取り誘導している。
俺の相方が課されたノルマ分を兵站班の衛生係が、“投網”で落とし続けている。その手にするのは単発式であるが為に、一々銃身を折っての手間のかかる弾込めを手品のような早業で行い連射し、全てを当てていた。
自らの後方に迫りくるカトンボは全て後輩が処理すると信じ切った顔で自分の仕事に集中していた。
では俺の相方はというと、何もしていなかった。言葉にならない叫び声を上げながら引き金を絞っているだけ。ただ弾は出ていない。“投網”から超接近戦用のショットガンに切り替えていたのだが、弾は“投網”のように無尽蔵ではなく、既に尽きていた。カチ、カチ、カチ、と散弾を射出する魔法起動の空打ち音がするだけ。
兵站班の二人は俺たちの方へと躙り寄ろうとしている。少しずつ。
「大丈夫ですよ! すぐに助けに向かいますので。そのままの状態でその位置でお待ち下さい。立ち上がるような急激な動作はお控えください。ご存知だと思いが、大きな声もお控え下さい」
後輩の声が聞こえる。変に平坦口調で、俺たちを安心させるための声色だった。少しばかりの羞恥心より、安堵感の方が勝っていた。
後輩が俺の身体の前に立ち、カトンボの全ての突撃を去なし、次々に裁く、その合間合間にア突撃銃の射撃音が響く。やはり盾一枚では背後の男三人を庇うのには無理があり、ターゲットを集中的に自分に集めている。
衛生係が俺の相棒から連射式の“投網”を奪い、立て続けに連射し、カトンボの鼻面で網を散開させて次々と修練場に落としていく。左手にやはり突撃銃の二丁撃ちで。
後輩との連携が凄すぎる。阿吽の呼吸どこではない。意識を統一しているようにさえ見える。
“衛生係”の撃つ“投網”の展開時間が微妙に違う。カトンボの飛行距離に合わせて確実に鼻先で展開するように時間を調整している? シーケンスに頼らず一々。連射の中で。
一匹も逃してはならない。そのルールを確実に守る硬い意志が感じられる。ギルドの鍋下の修練場に展開しているだろう槍使い《スピア》組慮かって。
「大丈夫ですか? 立てますか? では立って御自分と相方さんの怪我の状況を確認してください。本来は私達の衛生係が行う決まりですが、少々この状況は手に余りますのでお願いしています」
「一度に二人の同時“錯乱”なんて想定ランクの下の下だもんな。それも始まって一分も経ってないんだぜ、こっちも驚いた」
「班長、言葉が過ぎますよ。始まって一分だからでしょ。ハムさんも仰ってたじゃないですか」
「あー、はいはい。ゴメンゴメン」
「大丈夫です、安心してください。その為の私達ですから。トラブル想定のランク外であったとしても。対応訓練は充分に受けています。そうですよね班長」
「あー、はいはい。進めて……でも君の口から想定ランク外って。僕なら立ち直れないな」
「なんですか? まあいいです。センパイ、立ち上がって御自分と相方さんの怪我を見てください。慌てずに、ゆっくりと、そうです」
彼女たちの交わす軽口を夢心地で聞いており、満足に理解できていなかったが、そんな気の抜けてた会話の間でも次々と襲ってくるカトンボに黙々と対応している様は理解できていた。
そしてカトンボは頭は悪いが性格はもっと悪い。弱った個体を見つけると集団で集中的に襲う。弱い個体とはすなわち俺のことだ。雲霞のごとく群がるカトンボを片っ端から処理していく兵站班の二人。
取り敢えず立ち上がり、まずは自分の確認をする。特に怪我をした様子もなく、床に打ち付けた膝も支給された『ぷろてくたー』を巻いていたお陰で痛みはない。
次に相方を見る。相方の恐怖に見開かれ縋るような(いや、非難する?)、目が俺に向けられていた。
どちらにしても目を合わせられない。この状態は間違いなく俺のせいだから。だがそんな悠長なことは言ってられなかった。相方が喉を掻き毟るゼスチャーで訴え掛けていた。吐く息が酷く早く浅い、呼吸困難に陥っているようで言葉も出せないようだ。かなり不味と。俺は助けを求めようと声を出そうとしたが、それは叶わなかった。その時になって初めて自分の呼吸も酷く荒いことに気づいた。い、息ができない。
「二人共に過呼吸症候群ですね。大丈夫ですよ。一時的なもので絶対に呼吸は止まりません。では膝をついて前かがみで複式呼吸をしてく下さい。ゆっくりと。最初は苦しいでしょうがゆっくりと。お腹に空気を溜めるように。そのまま続ければ二分ほどで収まります。心が弱っている人が良くなる精神的な一時的な不調なだけですから」
「君ねぇ、かんべんしてあげて。カワイソウ過ぎるよ」
過呼吸が収まった俺たちは体力増強と特製の精神安定用ポーションを渡され飲んだ。ポーションを飲んで、開始五分も経っていなかったのに、随分と体力が落ちていたことを改めて実感させられた。
「落ち着きましたね。
では先輩にお尋ねします。
さて、どうしますか? このまま戦い続けられますか。それとももう止めますか?」
俺はとっさに休憩させてくれと言葉にしようとした。
いくら訓練された兵士でも、休憩を挟まず一日中戦える訳ではない。途中途中で休憩を挟む。ローテーションで。まあ、その間は兵站班に代わってもらう訳なのだが。俺のローテは未だまだ先だが前倒しで、それもこんな目にあったんだ、チョット長めで、兵站班には引き続き迷惑を掛けるがシカタないだろう。休憩ぐらい。
「先輩がここで戦いを止める決心をすれば、それは一時的な休憩にはなりません。先輩を含めた我々ギルド及び街の住人全員の、即座なる完全撤退作戦に移行します。因みに上層部が算出した撤退時の死亡率は三割から四割。ギルド兵に限っては九割とのことです。住民を守りながら逃げる殿ですから」
「おい、それは秘密事項だろう」
「わかっています。ですが撤退戦で先輩が運悪く生き残った場合、聞いてないとか、自分のせいだとか……違いますね。もし撤退戦になったら、私は真っ先に先輩を殺してしまうでしょう。私は、ここで諦める訳にはいかない。いや、いっそ此処で殺すか」
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