080 初茜(はつあかね)4
77 78 79 80 は“遷”の初日、その朝の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。
《その4》
ジンクとシヅキが甘ずっぺーでハアハアものです。
ホントはハムくんとハナちゃんでやりたかったんですけど、出来なかった……。そこで代わりにお願いしました。
このエピソードの最後のハナちゃんを見れば明らかでしょうか……。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き『槍使い《ジンク》』の視点です)
「それにチョット困ったことがあって……。マスターって悪い人じゃないんだけど……基本悪い人だけど、アラクネの女の人に酷い事したんだって。“表象印契”を顕現させる儀式があって、それがね、女の尊厳を傷つけるっていうか。女の深い大事な処を酷く損なわせるんだって」
それは儀式の名を借りた犯罪じゃないのか? まてよ、全員が顕現したって言てったよな。長老アイナばーさんからエロチビまで……まてまて、そうしたら母ちゃんも姉ちゃんもか。老若ミックス丼で全部乗せか? 見境なしか? 悪食すぎるだろ。姉ちゃんはヒデってたからバッチコイっぽいけど。
「それがね、酷い酷いってだんざん言ってるくせに、なんか嬉しそうなんだよね、ネエサンたち。マスターの悪口言ってるのにどこか嬉しそうで、うっとりっていうか、頬染めてね。それでね、私もその儀式を受けといた方がいいって。アラクネとして因子は持ってるんだから顕現させとけって。それにその儀式をしてもらえば、女として深い処から本当の意味で女の泉的に開花するって。知った後と知らなかった前では全然違うって。それはもう、もう後に戻れないほどに汚されちゃうって」
「ダメだ! 絶対ダメだ‼ 許さない‼‼」
オレはとっさに立ち上がり声の限り叫んでいた。
厨房の奥からゼベラばーさんが顔を出し、数人の客が俺を見ていた。ニヒニヒ漂白したような目で。止めろ。止めてくれ……
それに比べ、シヅキはニッコニコで、蒸しあんまんをハムハムしながら実に嬉しそうに、
「そっか、ジンクは私が汚されるのは嫌なんだー。そうなんだー、ふふっ、うれしい」
蒸しあんまんにハフハフしながら、俺をシゲシゲと見ていた。
「おまえ、ワザとかよ。ならさっきの長いのも発言も……」
「長いの?」コテっと音がしそうに首を傾けて。
「もう、いい……」
全て判っててやってんのかよ。さっきの長いのも。今のも。ずっと……。恐い。女はワケワカラン。
相変わらずニマニマしながら、蒸しあんまんをハムハムしながら。
「なあ、さっきから蒸しあんまん喰ってるけど、何個目だ。大丈夫か。バカ娘四人組とさっき飯食ったんだろ。甘いものは別物ってレベルじゃねーぞ」
えっ、て感じで今気がついたと言わんばかりに自分の手の中の食いかけの蒸しあんまんに目をやるシヅキ。
「そうだね、何個目だろう。でも、わたし、食べられてるね。不思議。でも、嬉しい。これもジンクのお掛けだね。ありがとう」
「なんだよそれ、分けわかんね➖な」
と、俺らのテーブルにコトリと木製のコップに並々と注がれた果実水を置いたゼベラばーさんが
「シヅキちゃんはここ最近ご飯が食べらなくなっちゃったんだってさ、それを気にして、バカ娘四人組がココに連れてきたみたいなんだけどね。
ダメだったのが……良かったねシヅキちゃん。コレをお飲み。固形物ばかりじゃ喉つまらせるよ」
「ありがとうおばさん」
彼女の名前はシヅキ。アラクネだ。大概のアラクネの女はギルドに入れば地下の工房技師兼受付事務職員となる。それを彼女は頑なに戦闘職を選んだ。彼女は天涯孤独だ。家族は彼女を残して全て先の“遷”で死んだ。
「チョットは男を見せなジンク」
と、ゼベラばーさん。
そうだ。オレは自分の事ばかりだ。ここ最近だけじゃない。二年前から。今までずっと。
「大丈夫だよ、ちゃんとしたご飯は食べれなかったけど、魔物は何とか飲み込んでたから。だって私、勝ちたいもん」
今までずっとオレは。情けないほどに。弱いからと、言い訳して。
「いい女になったねシヅキちゃん。オバチャン嬉しいよ。蒸しあんまん以外の何にかもっと作ってきてあげようか」
「ううん、いいよ、おばさんの作った蒸しあんまんが昔から大好きだもん。甘いモノは昔から女の子の活力の源だよ」
「この子たったら、ほんと、遠慮はいらないんだよ。払いはジンクが持つからね」
「ダメなんだよおばさん、ジンクは今お金がないんだって、だからココの払いも私の奢りなんだよ」
おい!
オレの後頭部にババーの鉄製のお盆が炸裂する。ガキの頃から何度か喰らってきたが、今更ながらイテーな。ぐわんぐわんする。そしてシヅキ、ワザとだろ。証拠はそのニマニカ笑いだ。悪意か。
「全く、コレだからアラクネの男は、女に集る事しかしやしない。最低だね。あたしゃアラクネじゃないからね、男には貢がないよ。でもツケにはしておいてやる。アレが終わったあと、しっかり払いにこい」
僕を見つめる目が真剣味を帯び、まるで祈るように。
「出来るんだろう」
「ああ、出来る。約束する。勝って此処に再び、シヅキと一緒に帰ってくる」
「だからダケじゃなくて、ツケをしっかり払えよ」
オレ等は連れ立って“馴染みの通り”をゆっくり歩いた。ゆっくりと言ったって数百メトルの長さだ。すぐに終わってしまう。話題が凄く盛り上がって、なんてこともなく、ただゆっくりと丁寧に歩いた。
あそこでドコゾの誰々が転んで大泣きしたね。あそこで何ちゃんが誰々に告白したけど、三ヶ月で別れちゃった。大喧嘩したのも同じ場所だった等々。そんな他愛のない思い出を確認するように。話しに出てきたオレ等より年上の男はもういないし、女たちも今回でどうなるかなんてわからない。二人はその事には一切触れなかったし、踏まえもしなかった。ただゆっくり歩いた。丁寧に。
「これから予定ある?」
「別に、帰って夕飯まで寝て飯食って又寝るかな」
「なにそれ、潤いがないなあ」
「潤いねぇ、ねーなー」
「なら私が“潤い”を与えてあげる。あっ! いまエッチいこと期待したでしょう。違うよ」
「き、期待なんかしてねーよ」
「そうなの? ふふ、残念、私は期待に応えてもイイって。思ってるんだよ」
「……」
「嘘だよ。今度は本当に期待しちゃった? ねぇ、ねぇ」
「……勘弁してくださいほんと」
「ふふ、楽しいねジンク。ジンクが期待してたのとは違うと思うけど、ねえ、ギルドの擁壁の上に登ってみない? 今からなら夕日が綺麗だよ。街並みが夕日に染まって、何時も訓練の後に思うの、ああ、私の街はこんなに綺麗なんだなって。
エルフさんにこの街を見に行ってこいって言われたんでしょ。その仕上げ? 観光のシメって感じ。ねえ、行こうよ」
結局のところ、その日に二人して擁壁の上に登ることはなかった。
まあ。“先輩”さんと“小僧ハム”に邪魔されたってのはあるが、関係なく、オレが断った。
「二人して擁壁の上から街を眺めるのは、最後の日にしないか。シヅキは擁壁の上にいるんだろう。盾を構えて」
「うん」
「なら迎えに行くよ。ふたりでそこで街を眺めようよ。オレたちの街を」
「ジンク、どうしたの? カッコ良すぎるんだけど……。期待しちゃうよ」
その掛け金は高すぎたのだろうか。ハイリスクハイリターンはそれ自体を成立させる為に、それなりの困難を伴うと、わかっていたのに。
オレはただ、フラグを立てたかった。たくさんフラグを立てて、打ち破りたかった。叩き折りたかった。負けたくなかった。
その、最初の日が始まる。
擁壁に囲まれた底無しのような未だ仄暗いギルドの地で、それが始まるのをじっと待っている。
尊厳なる声が響き渡った。女王様の、いや、“御たる誰か”の御詞だ。
「聞きなさい、兵隊共よ、そして街の住人よ。お前たちは負けない。
なぜなら、お前たちは死なないから。
隣を見ろ、そいつは死ぬのか、また二年前のように明日にはいなくなるのか?
そんな事を私が許すと思うなよ。私は絶対に容認しない。
その為にお前たちを鍛えた。戦い方も教えた。武器も渡した。なら戦え。楽をしようと思うな。ただひたすらに目の前のカトンボを屠れ。ただ機械のように。何も考えず。疲れたとか、何時になったら終わるのだとかの贅沢は考えるな。死にたくなかったら。
大丈夫だ。何度でも言う。お前たちは死なない。
大丈夫だ。何度でも言ってやる。お前たちは強い。
さあ、仕事の時間だ。始めよう」
歓声もない。地をうねり湧き上がる覇気もない。ただその胸に一つの確かな“拠り所”を懐いて。
「来たぞ!」
誰の声だろう、反応して顔をあげる。その日の、最初の陽光が水平に空を射るのをギルドの今なお暗い鍋底から眺める。光に照らされて、擁壁の上で動く人のシルエットを浮かび上がらせている。どれがシヅキなのかはわからない。でも確かに彼処にいる。待ってろ、直ぐに其処へたどり着いてみせる。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお読み頂ければ幸いです。




