059 でもそれは儚く潰えた。
武闘派じゃないけど。英雄でもないけれど。
そんな漢のお話し
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
名前も“投網ちゃん”より“飛竜落し”の方がカッチョええモンな。
でもトアミ2ゴウって……
最初の一つ目の疑問。
その解いに答える前に。このギルドでは、(他のギルドでも同様らしいが)技術の継承が途絶えて久しく、【表象印契】技術は完全に失われていたらしい。
前線でドンパチを派手に打ち合う技術に比べて地味で成果がよく見えず、人件費ばかり嵩む兵站技能の不遇は過去の歴史の常だ。特に戦争を非合理に貴族が総べる封建時代では後方支援という概念は無いに等しいのか。
尻尾に掴まっているだけなのに自分で切り開いたと勘違いしているお殿様にはちょいとキビシイか。
それでも、“シン・飛竜落し”の槍を実際に手にして思った。
刻まれた魔法陣章には、何度も何度も繰り返された精密かつ精巧な補修の跡と、そして遂に修理不能な程の毀損が生じ、唯の長い棒に成り果てていった、そんな経緯が長い歴史の中で見て取れた。
全てを確認してないから確かなことは言えないけど、たぶん五十年前に最後の一本が死んだ。凄く頑張った武器達とそれを慈しみ大切に扱っていた修理工の姿が幻視される。
それを背負ってきたのは歴代のアラクネの女達だ。苦労が忍ばれる。
それでも、【表象印契】の覚醒には至っていない。先に進められていない。
そして最初の疑問の答え。
始祖以来の途絶えた技術の復活を前ギルド長は目指していた。
“遷”での戦死者の絶えない不利な防衛戦を終わらせ、ギルドの本来の目的『特異生物産資源収集』に沿った、獲物を効率よく捕らえる為の“狩猟”に戻す努力をしていたのが、前のギルド長ではないだろうか。負の連鎖を止める。本気で。
僕は振り返る。神殿形式の“宝物庫”からシステムチックな武器保管庫と、シャレオツなITオフィスのようなメンテナンスと修理の為のスペース。其処では優れた職工達が一心不乱に密度の濃い経験を積み、スキルアップを目指している。
手にした“シン・飛竜落し”。
確かに稼働可能なモノは皆無だ。でも新たに手を入れた、具体的には魔法陣を印刻し直した個体の中で、完成に至る技術が僅かながら足らず、発動に至らない実にほしいモノが其処彼処に。
再印刻を施す研究を続けていた前のギルド長。
彼は長い時間をかけ、試行錯誤を繰り返していたんだろう、時間経過毎の個体を見比べて行くと、無残な失敗の苦悩と小さな成功の喜び、それが少しずつ逆転し始める様が手に取るように解る。
ちょっと目頭が熱くなるような思いだ。あと少し、たぶん次の印刻で成功していたはず。
【表象印契】とは頭の中にある魔法陣を転写し刻むこと。
他の魔法発動とそれは基本的には変わらない。でもその取得は納める知識の質と量から他を凌駕し、困難を極める。教えてくれるものが皆無な、たった一人では尚更。孤独で、最後まで報われないかもしれないのに。
僕がアラクネのお姉サマ達の頭の中にズルで手に入れた【表象印契】の『設計図及び詳細仕様書』やノウハウのあれこれを直接打ち込んだのは超反則。そんなこと、普通はできないし、ヤッっちゃいけない。僕らのように信頼関係なんて到底築けないから。逆にスッゴク嫌われたし。
より質の深い知識と経験、そして信頼が、必ずや後に続くアラクネの職工達へ引き継がれる。そう信じたのだろう。
正しくこの工房 が失い途切れさせた技術の復活と伝承のために。
そして願ったんだろう。二年とちょっと前に。
『今時(二年前)の“遷”では“投網”はそれなりの数しか用意が出来なかっいが、なにより五十年ぶりにカトンボの息の根を止めるであろう数多くのメインウエポン【シン・飛竜落し】が揃うのだ。
苦労はするだろうが乗り切るのに難しくない。そして来時(今回、八日後の“遷”)は完璧な布陣で“不毛な防衛戦”を、今度こそ“明日に繋がる狩り”に変えられる』
でもそれは儚く潰えた。たぶん、新しく赴任してきた男爵により踏み潰された。
“高高速自動読取解析及び再構築付与”【真魔眼】を発動させる。
“シン・飛竜落し”の破損した魔法陣も前ギルド長が再構築に失敗した魔法陣も全て読み込む。
“同軸多重高速思考攻究編纂型疑似脳”をフル稼働。
亜次元を拡大する。
“諸事自動研鑽研究及び仮想実験実装機関”を発動。
解析。修復、更なる改造。より完成度を高める。
実は前ギルド長が構築した魔法陣章は旧バージョンより部分的に優れた箇所が幾つもあった。バグの除去と整理により速度の向上に留まらず、欠点を克服、或いは新機能の追加。
もう小数点以下クラスの加算『数字』では収まらず、メジャーAクラスのそれに匹敵する。故に完成が遅れたとも言える。
【表象印契】実装の前にやることがあった。
既存のいらない魔法陣を削り取る。
驚いたことに“飛竜落し”の筐体自体も“花魁蜘蛛の糸”製で造られていた。堅く粘りのある非常に優れた素材で削るのに苦労捺せられた。糸ってホント秀逸。
糸の一本一本を意識し、自分の魔力を流し、表面だけ薄く剥離していく。
ほら、“忌溜まりの深森”に入る前、靴を作ろうとしてサチから貰った糸を粉々に、正に跡形もなく消滅させた事があったじゃないですか? アレです。アレのスッゴク洗練して高度化したモンです。
いやぁコレなぁ、助かりました。森で“野良”の花魁蜘蛛の大群に襲われたんだけど、最後の最後に思い出だせてほんとよかった。
あの時は三人とも掴まって、四肢をバラバラにされそうになって。
アイツら、捕まえた餌は手足を落として糸でグルグル巻きにする習性があるのかね。そのタイムラグで助かったんだけど、肉壁役の僕は三本まで逝った。
あ、なんかアノ時のことを思い出したら変な震えと脂汗が、それにちょっとモヨウしてきちゃった。
ちょっと魔法が乱れる。それに呼応して頭の上の“股間の小公女蜘蛛”がちょっと震える。糸への対抗魔法を乱したせいでビックリしたのだろう。大丈夫、キミの糸へ、じゃないよ。
因みにもう股間にはいない。拝み倒しても聞いてくれなかったのが、アラクネのおネエさまの一人が話しかけてヒョイと持ち上げると、簡単に剥がれてくれた。さすがアラクネさんだと思った。
でもジタバタする“股間の小公女蜘蛛”の扱いに困り、なにげにポフンと僕の頭の上に載せてしまった。以来そこが新たな定住場所になってしまった。もう誰がどんなに宥め賺しても動いてくれない。拗ねてるらしい。
直射日光が苦手らしく自身の周りを糸でぐるぐる巻きにして、白毛糸の編み込み帽子に見えなくもない。サチから髪の毛を隠せと言われていたからちょうどよかったかも。因みに未だにルルの名前の前に『股間』を付けてあげるのは単なるイジメだ。
『もう股間って付けないでくだちゃい』
「君が最初にココがイイっていったんだろ」
『ゴメンなちゃい。許してくだちゃい』
「ダメ」
ハナとサチ、加えて似非も僕を白い目で見る。大人げないと。だって僕まだ子供だもん。十三歳(位)だもん。
因みにもうスカートも履いてない。パンツとズボンに戻った。パンツが破れたままである事を嘆いていたらアラクネのおネエさんの一人が縫い直してくれた。
「しょうがないな……」と言いながら、いそいそと。
さすが手先の器用なアラクネだと感心した。加えて各所補強もいれてくれて何気ないその心配りが嬉しい。それに拗ねたのか対抗心なのか、ズボンはハナが縫うと息巻いた。スッゴク迷惑だし嫌な予感しかしないしヤッパリ結果、すっごくギザギザでホツレも酷かったけど。
「すごくありがとうございます! ものすごくたすかりましたハイ」。
因みにスカートからズボンに履き替えるのも思いのほか、すんなり許してくれた。
「なんか違う」だってさ。
手を翳す。
掌に淡い、煙るような東雲色が灯る。魔力素粒子の視認されない内宇宙の光だ。でも確かに其処にあり畝り、やがて波動となり振動波となり、それは共振に依るクラドニ図形の如く、それは厳かに姿を表す。
異なる文様の神聖幾何学を幾つもメタロンキューブ状に配置されたそれが空中で何層も幾重も表れ、ゆっくりと廻りながら一体となり、静かに定着していく。それが“表象印契”実装の瞬間だった。
背後から幾つもの溜息が重なり醸し出される。いつの間にか僕の後ろにアラクネのお姉サマ達が集まり、“シン・飛竜落し”に新たな魔法陣章を印刻する様を見ていたらしい。
「これが前のギルド長さんが熱心に取り組んでいた、私達の街を救ってくれる本当の“尊遺物”なんですね」
「良かったですね……ギルド長さん」
涙ぐんでいるお姉サマもいるよ。
良かったね、前のギルド長さん。
“シン・飛竜落し”の完成を見ずに、アラクネの職工達への正しい伝承も果たせず、多くの“尊遺物”を奪われ、たぶん妻子と自身を奪われ、消えていった前のギルド長さん。
がんばりますよ、僕。
でも、“尊遺物”が全て使えるようになったとしても、やっぱりそれだけじゃダメだってこと。結末は変わらない。
未だ。
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