042 わかってないのは、わたしかぁ。
“遷”ってなに?
魔王って、アッシュって?……のお話しです。
やっぱり大変なんです。大人は何かと。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
◆引き続き『ギルド長』の視点です。
それが千年前。その後に徐々に新たな勢力が生まれ、混沌 から長い年月を経て小さな勢力が生まれ、今の各国家に繋がる。
その初めから落国の民は見続けていた。魔王討伐戦、その後の人々の滅びと復活を。
落国の民は冒険者ギルドを立ち上げ、魔晶石の収集から魔導具用の原動力の供給、そして造幣、中央銀行業務とその職種を増やしながらその黎明期より各国の設立に携わる事となる。
その事実を、大陸の人間種は知らない。いや、知っていたとしても認めない。落国の民だから。
現在、如何にしてこの地に“花魁蜘蛛”が大量に生息する事となり、それをキマイラが二年に一度だけ大量に群れ襲ってくるのか、その理由は解かっていない。
しかしながら、弱いキマイラが強いネームドに群れて襲う理は一千年の昔の対魔王戦争の時代からそれは変わらない。そう“システム”に組み込まれていると。多くの“システム”が壊れている現在であったとして。
可笑しな事に、現況、“システム”が何を示す言葉なのか、どんな意味があるのかは伝わっていない。誰にも。
言葉だけが残っている。失われた古の言葉。一般では魔法行使の際の呪文に僅かに残っているのみとなっている。皆、意味も分からずに使っているが。
嘗ての“遷”は決して怖いイベントではなかったと言う。逆に屠った“カトンボ”から採取する大量の素材で街は潤うほどで、晩秋に行う豊穣の祭りの終幕としてのイベント扱いだったらしい。
古い時代では正しく楽しく、明るい、お祭りだった。伝承では。
嘗ての豊穣の祭りは秋分から最初のカトンボ”襲来の一匹が現れる迄の期間の事を謂う。最初のカトンボから九日後にスタンピートは始まり、朝から晩までの三日間続く。人々は八日間でカトンボ撃退の準備を整え、手に手にカトンボ撃退の絶対武器“羽竜落とし”を携え、その年最後の天からの恵みに感謝し、街の繁栄と守護を誓った。
今は違う。
年々“溜まりの深森”からの魔物襲来の回数と強さが倍増した。特に豊穣祭の時期をピークとして。なにより、決定的だったのが肝心の古代尊遺物である“|筒様保持式実包射出魔導兵装一型《羽竜落とし》”がある年を境に急に謎の動作不能が増え、その数を減らし続けた事にある。単純に壊れて、修理も出来ないまま破棄され続けた。そしてある年に“花魁蜘蛛”は勿論、防衛にあたった人に死人が出てしまった。そしてその数はやはり年を経る毎に増え続けた。
何より決定的な瑕疵は、此の街にアノ男爵が新領主として転封してきた事に始まる。
今では収穫祭を行うことはない。ただ怯えるだけ。
最初の一匹が現れると同時に一般の住民は持てるだけの食糧を抱え、街から逃げ出す。それまでは余分な、持って行けない食糧、魔物肉を街中で一斉に焼き、これから始まる逃避行に備えた体力の補充に専念する。加えて今年こそ全てを失うかもしれない恐怖をその身に抱えて。
現在、実在する|筒様保持式実包射出魔導兵装一型《羽竜落とし》はたったの六十一丁のみ。かつてはギルドだけではなく、街の男衆の大半に行き渡るほどの数が揃っていたと伝えられているが、今は見る影もない。
私が街のギルド長に就任する四年前には既に男爵に高架高速鉄軌道駅機能及び運航諸事管理運営権を奪われ、その防衛の為として、そのうち五十丁を奪われている。手元には十一丁。いや、昨年二丁が壊れ、現在は九丁のみとなった。
そんな街の立て直しという建前で私は派遣されてきた。元“総会頭付き警護部実働部隊長”だった“赤鬼ゲート”と共に。しかしもう出来る事は何もなかった。
最初からだけど。元“中央銀行局 財務金融統括副頭取 兼 紙幣変換事業実行責任部長”であった私では。
元の総会頭の改革事業の中核として、此れから不足していくであろう魔晶石製の硬貨から、より利便性且つ大量生産可能な紙幣への変換事業を行なっていたが、新総会頭により改革は破棄され、改革派ど真ん中だった邪魔な私は閑職へと追いやられ、流れ流され、今が辺境国家の一地方のギルド支部のその末端であるこの街のギルド長だ。
色々諦めるには時間が掛かったが、今は“ギルド長”の仕事を気に入っている。嘗て誇った独立性と双方不介入の誓いも失い、今では地元領主様の顔色を伺わなくては遣って行けない迄に腐っていたとしても。多分、“赤鬼ゲート”も。
諸問題諸々だが、其れももうすぐ終わりになる。
残念だが。ひどく残念だが。
「おい、能なし魔物屋、聞いているのか? ほんとにお気楽でいいよな、壁の外で魔物を狩ってればいいんだからよ」
と、立番の衛士が私に向かいニタニタ顔で私を蔑んでいた。
私はゆっくり顔を向けてソイツを見る。何を言っているの?
落ちてきた“カトンボ”に直撃された者は居なかった。でも“それ”は未だ生きていた。でも動かない。虫の息と侮り止めを刺そうと不用意に近づいた幾人かが突然の“それ”の逆襲により一瞬で薙ぎ倒された。
死に至った者は皆無であったものの、全員がなにがしらの怪我を負ったと言う。魔物は死の一歩手前が一番手強く厄介だ。そんな、魔物を狩ることを生業とする者なら当然の常識だったが、領兵は知らなかったらしい。さもありなん。
「おい、解ってるのか? お前らが勝手に“カトンボ”を落としたせいで俺の同僚は足を千切られたんだぞ。まあ、そいつは普段からムカつくヤツだったから結果オーライだけどな。ざまあ無いよな、ウッケヘフェッヘフェッヘフェッヘフェッヘ」
ちょっと待って、本当に何を言っているの? ちなみに最後のカタカナ擬音はコイツの笑い声で、なんというか、すごく残念になっている。黙ってただ立っていれば……、最初から残念だったわね。いまさらか。
そんなことよりも、この男……本当にわかっていないのか? この街が今まさに“遷”に入ろうとしているって事を。
そもそも“遷”に関係なく街壁を超えて侵入してきた魔物は見つけ次第の討伐が鉄則だ。冒険者も衛士も騎士も領兵も市民も関係なく。それが空を飛んで来たとしても。落とせるなら落とす。見逃していたのは空を飛ぶ相手に対し、単に落とす手段がなかったからだ。
でも、ああ、なるほど。
口の横から漏れるような変な声で笑う領主子飼いの衛士の顔を見て納得する。まぁ、そうなんだろうな。
わかってないかぁ、そうなんだな。
わかってないのは、わたしかぁ。
何が可笑しいのかまだ変な声で笑っている衛士から意識を外し、改めて視線を正面に向ける。それにしても、なんて美しい館なのだろうか。
『ゴリョウカク』とか『ザンゴウ』とか謎の機能を持たせた要塞であると領主は私に自慢していたが、下から仰ぎ見るそれは、厳しさより白く輝く数基の尖塔が聳える、ただただ美しい宮殿だった。
領主様はゲスでゲロだが、美的感覚だけは秀逸だ。昔から。
今は傾き落ちつつある夕日に照らされ、紅く染まろうとしている。群青と深藍色のグラデーションの空に縁取られて。まるで夢の世界のよう。……夢の世界か。
目の前の美しい夢の世界を形造るのに、いくら掛かっているんだろうか。魔物狩って“魔晶石”をどれ位を掻き集めれば、或いは“蜘蛛の糸”をどれ程に紡げばいいんだろうか。
加えてゲロゲス男爵はこの館を二年弱で建設した。尋常ならざる速さだった。
税金も跳ね上がった……。
あの小僧ならどうするだろう……。
なんだ?
正面の“美しき夢の世界”を眺めながら唐突に『小僧なら』との問いが浮かんだ自分自身に本心で驚く。何故だ? なぜそんな愚問が。
そしてイラつく。唐突に猛烈に。
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