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マテラス各地で起こる貧困層の暴動は、中央都も例外ではない。点在する地下街の出入り口からゲリラ的に発生する暴徒は、制圧に動く部隊を次々に襲って死傷者を出していた。
病院へ次々と運ばれてくる怪我人を見て、アクレスは「安静にするだけなら」と自宅での療養を申し出たのだが。
「腕折れてるんでしょ? 本当に大丈夫なの?」
「右手が残ってれば撃てる」
「そういう問題?」
右手でクルクルと銃を回してみせるタケルに、エリは呆れてため息を吐く。
小さな机に広げられた歪な地図の上には、小さな写真が三枚置かれていた。どれもエナスが残していったもので、大きな山と古い館が描かれている。
エリは手を鳴らすと、写真の置かれた地図を指差した。
「さて、本題に戻るけど」
「待て。本題に戻るな」
寝室から起きてきたアクレスは、自宅の居間で開かれていた作戦会議に眉をひそめる。
「おい、リリア。これはなんだ?」
アクレスが尋ねると、リリアは悪びれもせず「いーじゃん、別に」と答えた。現在、リリアはアクレスの看病ということで、彼の家に居候している。
「家のものは好きに使って良いって言ってたでしょ」
「好きに使いすぎだ」
「どーせ盗まれるものもないし」
「それもそうだが。ただでさえ狭いってのに…………………………」
そこまで言いかけて、アクレスは固まった。居間で机を囲んでいたのは四人。タケルとエリ、リリアに並んで、見覚えのある女性が一人立っていたのだ。
「スイコ…………様……………………?」
「うむ。どうじゃ、怪我の具合は。血色も良くなってきたように見えるが」
「おかげさまで順調に…………。いやいや、何してるん、らっしゃるんですか!」
「アキラ探しの会議じゃ」
スイコは淡々と言った。アクレスと対面するのは月島以来である。
皇后である彼女は、当然ながら警護の対象。ましてや、暴動が起こっている昨今であれば、外出など許可が出るはずもなく、おそらく密かに抜け出てきたであろうことは予想できた。それを証明するように、彼女の服装はいかにも庶民らしい質素なものだった。
「お姉ちゃんが色々と情報提供してくれたの」
「お姉ちゃん?」
聞き返すと、スイコが「ワラワじゃ」と答えてリリアの頭に手を乗せた。アクレスは言葉を失う。
「システィアはワラワの妹も同然。その妹であるリリィもまた、ワラワの妹も同然じゃ。協力は惜しまん」
「はぁ……………………」
机に置かれた地図に目を移すと、「白老山」という文字の上に小さなグラスが置かれていた。エリは「本題に戻るけど」と前置き、そのグラスを指で軽く弾く。
「スイコ様からの情報によると、戦争屋こと、サミュエル・サルフェンスは、かつて白老山の麓に居を構えていた実業家、サルフェンス家の長男だったとか。この写真にある山も、白老山で間違いないでしょう」
写真を見て、タケルは小さく「富士山か」と呟いた。白老山は中央都の東部に位置する活火山であり、その標高はマテラスでも最高を誇る。
すると、リリアは写真を手に取って呟いた。
「『シャシン』って何?」
「景色を紙に焼き付ける技術じゃ。ただ、これほど鮮明に写すことができる写影機は、ワラワの知る写真屋でも持っておらんじゃろうな」
「転移者の技術でしょうね。私以外にも、それこそアルフレッドみたいな転移者を何人も捕らえていたらしいから」
「未知の科学力か。それも厄介じゃな」
エリはリリアから写真を受け取ると、そこに描かれていた館を見て言った。
「この館は、サルフェンス家の邸宅だった建物である可能性は高いでしょうね」
「で、待ち受けてんのは奴か」
タケルが言うと、部屋はシンと静まり返った。彼の頭に浮かんでいたのは、言うまでもなくエナスである。
「それほど強いのか?」
スイコが尋ねると、タケルは頷いた。
「正直、勝てる気がしない。英雄アクレス様の話は俺も聞いてたからな。協力を仰げれば、とは思ったが、まさか中央都でこんな事態になっているとは」
「軍を動かせたりできないの?」
エリが尋ねるが、スイコは首を横に振った。
「無理じゃ。暴動の対応で手一杯でな。ワラワが自由に動かせる余裕はない」
玄関の扉が叩かれたのは、スイコが悲しげに首を横に振ったのと同時だった。アクレスが開けると、立っていたのは汗だくになったヘクターだった。彼は軍服の上着を脱いで汗ばんだシャツを扇ぐ。
「どうも、アクレスさん。体調は?」
「ご覧の通り、回復してきたよ。どうした、今日は非番だったか?」
「非番の日に重たい軍服なんか着たくはないですよ。少し近くに来たもんで寄っただけです。にしても、今日はやけに賑やか……………………」
ヘクターが狭い部屋を見回すのに、そしてスイコの姿を認めるのに時間はかからなかった。彼は数秒の間凍り付いた様に固まると、やがて小さく口を動かした。
「……………………アクレスさん。何をしてらっしゃるんですか?」
「俺に聞くか?」
「スイコ様? 本物ですよね?」
「う、うむ。いかにも」
「え、何を………………、何をしてらっしゃるんですか! 今、街中を探し回って大騒ぎですよ!」
「まぁ…………、そうじゃろうな」
ヘクターは更に何か言おうとしていたが、無駄を悟ってその言葉を飲み込んだ。代わりに机に並んだ写真を見てアクレスに尋ねる。
「アキラ君の居場所、分かったんですか?」
「あぁ。大体の見当はついたらしい」
「……………………そこに、エナスってのもいるんですよね?」
彼は冷静だったが、その言葉は静かな怒りに満ちていた。
「アキラ君を助けに行くなら、俺も行かせてください」
◇◇◇
ソフィアは書類の山を幾つか崩すと、その下からペンのような形状をした研磨工具を取り出した。額の汗を拭って、無い足場を探りながら自身の席へと戻っていく。
彼女の机に置かれた赤黒い結晶を見て、若い研究員が尋ねた。
「何すか、それ?」
「アクレスから落ちた結晶」
「あぁ。それで、何してんすか」
「腕輪作ってんの。替えを作っとかないとさ。あいつ、どうせ無くすだろうから」
工具を握ると、柄の部分に描かれていた構築式が淡く輝き、先端に取り付けられた砥石が高速で回転を始める。しばらく削っていくと、やがて中から真紅の宝石のような、美しい結晶が顔を覗かせた。
いつの間に机の脇に来ていた研究者が「へぇ」と感嘆の声をあげる。
「キレイなもんですね」
「精霊が過剰に吸い出した魔力と、血液が反応して結晶化するんだ。血中の鉄分のせいで赤いけど、組成は魔晶石と同じだからね。宝石商に見せれば、それなりの値段で売れるだろうさ」
「色はアレみたいっすね。魔獣のツノ」
「あれは返り血とかじゃないの?」
尋ねると、彼は首を横に振った。
「友達に魔獣研究を専門にしてる奴がいるんすけど、アレ中まで赤いらしいっすよ」
「ふーん。そうなんだ」
興味なさそうに聞き流していたソフィアだったが、すぐに手を止めて尋ねた。
「待って。あれって普通のツノじゃないの?」
「さぁ。この前、魔獣化した人間が来たじゃないすか。あのツノ見せてもらったんすけど、洗浄後も赤かったっすよ」
仮に、アクレスの体から落ちた結晶と、魔獣のツノが同じものだとする。結晶の生成には、精霊の存在が不可欠であるから、つまり魔獣というのは、アクレスのように精霊との契約を交わした野生動物ということだろうか。
そこまで考えて、ソフィアは頭を振った。精霊にとって「契約」というものは重要な意味を持つ。人間ならまだしも、言語を解さない動物が契約を結ぶというのは不可能なはずだ。
では、第三者の手によって強制的に契約させる、未知の技術が存在していたら。
「いやいや、未知の技術って………………」
ソフィアは笑いながら呟く。
未知の技術などというものを肯定しては、あらゆる妄想が可能だ。考えたところで意味が無い。意味は無いが、「転移者」たちの存在のせいで、どうしても考えてしまう。
だが、それが可能であるならば、アクレスのような生物兵器をいくらでも生み出せてしまうだろう。
「生物兵器…………………………」
脳裏に浮かんだのは、アキラが連れ去られたという廃墟。あの建物では、生物兵器を作り出す研究をしていたという噂を耳にしていた。
「………………その人と連絡取れるかい? 一応、比較してみたい」
まさか、とは思いながらも、ソフィアはその若い研究員に言った。




