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 暖かい風が立った。数日前に発った中央都は、もう山の向こうへ見えなくなっている。

 街道を進んでいくと、道沿いの建物がポツポツと増えてきた。看板には「草浜」の文字もある。どうやら知らない間に目的地に来ていたらしい。湖が近いせいか、頬を撫でる風は少し冷えていた。


「この街にいるのか?」


 半ば信じられないという顔でタケルが尋ねる。街の様子に特別なところは無かった。中央都と違って地下街も無い。誰かが潜んでいるだとか、そんな気配はまるで無かった。


「俺も分かんないよ。街の名前しか聞いてないんだ」


 彰にはそれだけしか答えられなかった。ここからどこへ向かえばいいのか何も情報がない。システィアはいつの間に買っていたらしい串団子を頬張ると、「虱潰しにやるしかないね」と呟いた。


「いい? こういうのは、敵の気持ちになって考えるんだよ。誰にも見つからないような、例えば…………森の中とか!」

「街を出れば、辺り一面森だらけだが?」

「ふむ」


 システィアはそれきり黙り込んだ。タケルは何か言いたげに口を開きかけるが、何も言わずに頭を掻く。リリアは「とりあえず情報集めよ」と言うと、彼の背中を叩いた。


「『情報』に、お困りのようで…………」


 不意に現れたフード姿の男は、そう言って下品な声で笑った。リリアは間髪入れずにナイフを取り出すと、その男に向かって投げつける。


「あぶねェなァ!」


 彼は飛んできたナイフを片手で止めて叫んだ。その声には彰も聞き覚えがある。

 グローブをはめるリリアの横で、彰も剣を抜いて構えた。


「何の用だ、ネズミ野郎」

「待て待て、待てッて! 何も殺しあいに来たわけじゃねェんだ! ……ほら、見ろよ!」


 四人の前に現れたネズモールは、慌てて右手の甲を見せる。しかし、そこに刻まれてあったはずの龍の刺青は、綺麗さっぱり無くなっていた。


「九頭龍は解散したんだ! 俺ァもう、敵じゃねェよ!」

「お前、刺青は?」

「街に潜入しようってのに、体に墨入れるほど俺もバカじゃねェ。描いてたのさ、筆でチョイチョイってな」


「待って、解散?」


 リリアが尋ねる。


「九頭龍が解散したの?」

「あァ。龍が…………、九頭龍の頭が死んだのさ。いや、死ぬ予定、ってのが正確か? とにかく、目的は果たした。だからお終いさ」


 それを聞いたリリアは、どこか放心した様子で「そう」とだけ呟いた。

 ネズモールはフードを取って両手を挙げる。敵意がないというアピールだろうが、この男はどうにも信用ならない。彰は剣を納めずに尋ねた。


「それで、何の用だ。用が無いなら帰れ」

「仕事を引き受けちまッたのさ、道案内のな。断ろうかと思ったが、奴ァ払いが良いからな。俺も部下を食わせていかなきゃならねェ」

「奴ってのは?」


 すると、彼は小さく笑って「知ってんだろう? 『戦争屋』だよ」と答えた。


「聞いてた人数より多いが…………。まァ、俺ァ兄さんを連れて行くだけだ。別の奴らがついて来ようが関係ないね」


 彼はコートのポケットに両手を突っ込むと、「ついて来な」と街の外へ向かって歩き始めた。


◇◇◇


 彼は人の多い場所を抜けると、すぐに道を外れて、街の南に広がる森の中へと入っていった。その後を追いながら、システィアは小さく「やっぱ森の中なんだ」と呟く。

 ネズモールが進んでいくのは、獣道のような場所だった。常緑樹が鬱蒼と茂っていて薄暗く、人もいないせいか、どこか不気味な雰囲気が漂っている。


 枝葉を剣で落としながら進む彰は、やや困惑した様子で尋ねた。


「あの、リリアさん?」


 リリアは彰の服の裾を握りしめたまま、不機嫌そうに「なに?」と答える。


「歩きづらいんだけど」

「………………うん」

「危ないから、放してもらえる?」

「…………………………」

「もしかして、こわ

「うるさい。早く歩いて」


 怒ったような口調だったが、その声は少し震えていた。彰もそれ以上は何も言わなかった。


 やがて、ネズモールが足を止めて言った。


「さ、着きましたぜ」


 一行の前に建っていたのは壊れかけの建物だった。かなり大きな施設だ。国が管理していた施設だったようで、大きな屋根の下に錆びついた竜と太陽の紋章が飾られている。蔦の這っている門の横、さび付いた看板を見ると、「鳥獣研究所」という文字が辛うじて読めた。

 タケルは建物を見上げて尋ねた。


「この中に戦争屋がいるのか?」

「さァ? 俺の仕事は、ここまでの案内だけ。あとは知らねェよ」


 ネズモールはそう言うと黒いマントを羽織る。フードを被ると、すっかり森の影に溶け込んで見えた。

 タケルはネズモールを睨みつけると拳銃を構える。


「なんのつもりで? 旦那」


 ネズモールは両手を挙げて尋ねる。タケルは撃鉄を起こした。


「戦争屋と繋がってるんだろ? 奴を確認するまでは一緒に来てもらう」

「へェ」

「戦争屋の居所はどこだ。正確な場所を吐け」

「断れば?」

「命は無い」


 それを聞いて、ネズモールは大声で笑った。


「俺ァ情報屋だぜ? 取引してェなら銃じゃなく金出しな」

「呑気に取引している余裕はない」

「そらァ残念」


 彼は笑いながら言うと、ピッと短く口笛を吹いた。それを合図に彰たちの周りに黒い影が現れる。

 どこに潜んでいたのか。まったく気配を感じ取れなかった。


「俺を殺したッて、鼠はいくらでもいるんだぜ」


 その言葉の直後、ネズモールと黒い影たちは一斉に地面に何かを叩きつけた。パン、という破裂音がしたかと思うと、真っ白な煙幕が辺り一帯を飲み込んでしまう。


「このっ…………!」


 タケルは引き金を引くが、弾丸は赤い火花を散らしながら煙を突き抜け、森の奥へと消えて行ってしまった。


◇◇◇


 建物の中は灯りが無く、空気はカビた臭いがした。懐中灯というスティックライトのような道具を使ってみたが光が弱く、むしろ薄ぼんやりとして不気味さが増した。


「まぁ、戦争屋が居ないとは限らないよ」


 彰はタケルに言うが、彼は不機嫌そうに頭を掻いた。


「いや、奴が素直に出てくるとは思えない。そもそも、ここに誰かいるのか? 人の気配がしないぞ」


 彼の言う通り、この建物に人がいるとは到底思えない。まだ幽霊の方が出てきそうな雰囲気がある。

 玄関正面には二階と地下へ続く階段があり、左手には長い廊下が続いている。廊下を覗いてみると、研究室だったであろう部屋がいくつか見えた。


「手分けする? それなりの広さだし」


 システィアの提案にアキラは首を横に振る。


「いや、固まっていこう。一応は敵地だから」


 気配が無いとはいえ、敵がいないとも限らない。先程の鼠たちのように、上手く潜んでいる可能性もある。

 タケルは銃の残弾を確認すると、階段を指さして「上から順に行こう」と言った。


 二階も一階と同じように、階段の横から廊下が伸びていたが、部屋数は一階よりも少ないようだった。床が抜けないことを確認しながら廊下を進み、扉を開けていった。

 随分と前に放棄された建物のようで、かなり広い部屋には家具や実験器具らしいものは何もなかった。割れた窓から不気味な音を立てて風が吹き込んでおり、床には薄っすらと埃が溜まっている。


「誰も居ないな」


 彰はそう言いながら、廊下の一番奥、三番目の扉に手をかけた。この扉の奥からも人の気配はしない。

 しかし、錆びついて軋む扉を開くと、彰たちは部屋へ入ることなく固まった。


 広めの部屋であることは他と変わらないが、その部屋の中央には、灯りの揺れるランタンと小さな椅子が置かれていた。そして、そこに腰掛けている男が一人。

 戦争屋だろうか。

 そう思って近づこうとした彰の肩を、タケルが掴んだ。


「待て…………。戦争屋じゃない」


 彼がそう言うと同時、座っていた男が立ち上がる。

 男は彰よりも身長が高く、アクレスほどではないが体格も良い。ボロボロになったロングコートを羽織ったその男は、ゆっくりとこちらを振り返った。薄暗闇に、青白い顔がぼんやりと浮かび上がる。

 それを見たタケルは、素早く拳銃を構えて叫んだ。


「全員逃げろ! 奴はエナスだ!」


 エナス。その名前に聞き覚えはない。しかし、その男の恐ろしさはすぐに分かった。


 何か爆発したような音と同時に男の姿が消える。それがエナスが床を蹴った音だと気づいた時には、もう彼の拳は彰の目の前へと迫っていた。

 呆然と立ち尽くす彰の前にタケルが飛び出す。エナスの拳は、タケルと彰の体を、まるで大砲の弾のような速さで弾き飛ばした。

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