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 議会を構成するのは、一部の例外を除いて貴族のみである。マテラス建国以来、入れ代わりはほとんど無く、本会議で並ぶ顔ぶれは十数年変わらないこともザラだった。


 本会議の議場では、各家ごとに三つの席が与えられる。その席には議員である当主の他に秘書や次期当主となる長男を座らせることが多いのだが、シルヴァはいつも一人で議会へ参加していた。

 参考人ということで、シルヴァの席は議場の最後方。体の大きなアクレスにとって、体を縮こまらせる必要のない席はありがたかった。ただ、座り慣れていない柔らかい椅子には居心地の悪さを感じた。


『――――における大規模な農民反乱は更に過激化し、リュート共和国政府の自力での鎮圧は難しいとみられます。西のタイシン帝国に支援を求める可能性が考えられ、その場合には今後、半島での帝国の影響力が増すことが考えられ、わが国への圧力も――――』


 中央の壇上、青く光る拡声器を握っている若い男は、ユドラーに推されて陸軍大臣の地位に就いたカイラ議員だ。初めこそ頼りない様子だったが、今ではだいぶ板についてきているようだ。

 その奥では、普段と違って正装に身を包んだマテラス新国王が、冷めた表情で場内を見下ろしていた。


 ふと横を見ると、シルヴァが苦い顔をしていた。その視線の先にいたのは前方の席に座るユドラー。彼もまた一人で議会に参加しているようだった。


「本当に彼が?」

「……………………さぁ。どうでしょうか」


 アクレスが尋ねると、シルヴァは視線を変えずに答えた。

 どうやら話を聞くに、集まっているのは状況証拠のみ。彼もまた確信が持てていないのだろう。議会の内容など耳に入っていない様子だった。


『――――本日は、リュート半島に居留するマテラス王国民の保護にあたり、王国陸軍を派遣するに際して、その決を採りたいと考えております』


 カイラ議員がそこまで言うと、背後を振り返って深く頭を下げた。採決を行う際には、議員の要求に対して国王が多数決を行う旨を宣言する。そして、その結果を踏まえて国王が判断を下す形で行われてきた。実際には国王が結果に介入することは少なく、議決された内容が、そのまま国王の意志として政策に反映される。

 これまでは議員の要求に対して、国王は形式的に宣言を行うことが常だったのだが、今回は違った。


「こちらが軍を出せば、タイシン帝国も必ず反応してくる。『戦にならない』と言ったが、私はそれは甘いと考えている。改めて貴公の考えを聞きたい」


 シルヴァの片眉が上がった。すんなり通ると考えていたのか、カイラ議員は少し慌てながら答える。


『あ…………、ユドラー大将とも話し合いを重ね、現状のタイシン帝国の情勢を鑑み……………………』

「長い。短く答えよ」

『な、無いと言って良いと考えています………………』

「万が一、戦になったとして勝てるか?」

『た、タイシン帝国の兵力はリンバス帝国と同等かそれ以下であるため、ご、五年前、彼らを破った我が軍であれば、おそらく勝てるかと……………………』


 彼はそう言うと、助けを求めるようにユドラーの席へ視線を送った。それに気付いた国王は、ユドラーの名前を呼ぶ。


「ユドラー・レルネイア陸軍大将」


 呼ばれたユドラーは立ち上がった。


「我らが陸相はこう言っているが。意見を申してみよ」


 ユドラーは一瞬、不気味な笑みを浮かべると、壇上へ上がった。苦い顔で立つカイラ議員の肩を叩いて着席を促すと、少し眠たげな空気の漂う議場を見回す。その時、アクレスはユドラーと目が合ったような気がした。


『「戦になるかは分からない」というのが私の答えです』


 彼は淡々と答えた。


「可能性はあるんだな」

『えぇ。無論、可能性はあります』


 それを聞いてカイラ議員が驚いた様子で顔を上げた。国王は表情を変えずに口を開く。


「勝てるか?」


 ユドラーは思わず笑った。


『タイシン帝国に、ですか?』

「もし今日、戦争が起こったとして、我が軍はタイシンの兵を壊滅させられるか?」

『そうですね………………』


 そこで言葉を止める。そして、彼はアクレスをじっと見つめた。


『ちょうど良い。アクレス君、ここへ』

「…………え」

『早く来たまえ』


 横を見ると、シルヴァは小さく頷いた。


 アクレスは国王と目を合わせないように少し俯きながら、重たげな衣装に身を包んだ議員の間を抜けて段を上る。ユドラーと少し離れた位置に立って顔を上げると、いくつもの物珍しそうな視線がアクレスを見つめていた。


『今日より以前ならば、私は「勝てます」と即答していたでしょうし、実際そう申しておりました』


 ユドラーは少し笑みを浮かべながら言った。にこやかで自然と落ち着くような安心感のある彼だが、改めて今、間近で彼を見ると底の見えないような不気味さがあった。特に今日に限っては、彼の目の奥にギラギラとした光が見える。


『議員の皆さんは碌に確認もせずそれを信仰し、タイシン帝国への派兵を認めようとしている。まるで五年前のリンバスとの戦争前のように。ただ、五年前は勝った。勝ってしまった。ここにいる「紅蓮の英雄」のおかげで』


 その言葉に議員たちはざわつく。それに構わず、ユドラーは続けた。


『さて、アクレス君。一つ聞くが、君はあと何年()()のかね?』

「…………何年持つか?」

『正確には、あと何年で君は死ぬのかね』


 アクレスは思わず剣の柄に手を伸ばした。だが同時に、その手が震えていることにも気づく。何か得体のしれないものと相対しているような、不気味な恐怖を感じていた。

 何も答えないアクレスを見てユドラーは笑う。


『勝手に飛んで行って敵陣を焼き尽くして戻ってくる彼を、諸君らは「軍事力」と呼び、他国への抑止力として活用している。が、これは真の「軍事力」とは呼ばない』


 ユドラーは腰に下げた剣の柄を撫でながら、楽しそうに言った。


『戦時中、彼が行方をくらませれば? あるいは今、私がここで彼を撃ち殺したら? この国は列強の餌食となって終わるのは誰の目にも明らか。自身の制御下に無いものは自らの力ではないし、有事の際に頼るべきではない。

 故に、私は戦には「必ず負ける」と考えております』


 シンと静まり返っていた。誰も、何を言っていいか分からなかった。


『シルヴァ中将』


 ユドラーが名前を呼んだ。シルヴァは奥の席からジッと壇上を睨みつける。


『君の密かな動きは私も知っている。そして君の思う通り、私が九頭龍と大きく関わっているのは確かだ』


 アクレスは咄嗟に剣を抜いていた。しかし、ユドラーは片手を挙げてそれを制した。いや、制されてしまった、と言うべきか。今、ここで彼を斬り、捕らえるべきであった。しかし、それをさせないだけの威圧感と余裕が、今の彼にはあった。


『アクレス君は炎の精霊と契りを交わし、炎を自在に操る力を得た()()()。その力は一国の軍に勝ると五年前に証明されている。私を取り押さえるには、少々過ぎた戦力だ』


 アクレスの周りで赤い火花が舞った。抜いた剣の刃が徐々に赤くなっていく。

 しかし、ユドラーは変わらず涼しい顔で動じない。


『少し歴史の話をしよう。

 およそ百年に一度、精霊と契約を交わした「契約者」が文献に現れることは知っている者もいるだろう。だが極めて稀に、マテラス王国建国まで遡ると、複数人の「契約者」が同時期に現れることがある。それはいずれも時代の変わり目、国の大きな転換期だ。…………して、アクレス君』

「………………何が言いたい」

『今、この時代において、「契約者」は君一人だと?』

「――――ッ!」


 アクレスは地を蹴った。同時に後悔する。もっと早く動くべきだったと。

 ユドラーは両手を広げた。その手のひらに青い火花が舞う。


『時代の変わり目は、まさに()だ――――――』


 次の瞬間、巨大な青い火柱が議事堂の半分を消し飛ばした。

やっとアクレスが戦います

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