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川のせせらぎを背中に聞きながら、リリアは皿に盛られた小さな魚の天ぷらを箸で摘む。天ぷらを見るのは月島以来だった。隣でお茶をすするシスティアに尋ねる。
「これ、なんて魚だろ?」
「あー、名前? 魚でしょ………………? あ、あれじゃない? マグロってやつ」
「小鮎の天ぷらです」
運んできた女性がすかさず口を挟んだ。
店の横を流れる川は、湖から伸びる川の一つである。この店で出される魚料理は、全てその川で獲れたものを使っているらしい。
川の無効に見える海のように広い湖は、日本では琵琶湖と呼ばれていた湖だろう。日本も含めて、この湖を訪れるのは初めてだ。
店は暖簾や瓦葺きの屋根など、全体的に和風な雰囲気がある店だった。街道沿いにある建物の中でも、この一軒だけ異様な存在感を放っている。ただ、時代劇の茶屋で見るような和傘や縁台は無く、代わりに小さな机と椅子が並べられている。
「本当に申し訳ない…………」
リリアの向かいに座った男は、何度目か分からない謝罪の言葉を呟いた。それに対して、リリアはヒラヒラと片手を振って答える。
「だから奢ってくれるなら、それで大丈夫だって。…………あ、すいません、お団子ふたつ」
初めこそ不機嫌だったリリアだが、彼の「お代は俺が出します」という言葉で機嫌が直った。四人が囲む机に追加で団子が運ばれてくる。
「それでタケルさん、だっけ? いろいろと聞きたいんだけど」
男は「タケル」と名乗った。彰が切り出すと、彼は頷いて静かに語り始める。
「俺がこの世界へ来たのは六年前。アキラさんと同じように、気付いたら『こっち』に飛ばされたんだ」
彼は、何故か彰を「さん」付けで呼んだ。
「ただ一つ違うのは…………」
そこで一つ呼吸を置くと、苦しそうに続けた。
「俺は妻と二人で転移してきたんだ」
今、彼は一人。彰と同様「転移者狩り」にあったのだろう。何も言わずとも、何があったのかは想像がつく。
タケルはリリアの首から下げられた青い宝石を指さした。
「それは妻が身につけていたものと同じなんだ」
「同じ?」
「あ、いや………………違う。似ていたんだ」
それを聞いたリリアは、少しムッとして「似てたってだけで銃を向けたの?」と尋ねる。タケルは眉間にシワを寄せて唸ると、「本当に申し訳ないです」と、また頭を下げた。
彰は指で軽く机を叩くと、タケルの横顔に睨むような鋭い視線を向けた。
「銃の件は分かった。あとは、なんで俺の名前を知っていたかだ」
転移者の情報を何処で得たのか。転移者である彼が九頭龍と繋がっているとは考えづらいが、今のところ他に思い当たらない。彰は静かに左手を剣の柄に添える。
すると、タケルは少し悩んでから口を開いた。
「俺がいたのは、二〇四五年の日本だった」
「え?」
想定外の回答に、彰は言葉の意味をすぐには理解できなかった。
彰が転移する前の日本は、西暦二〇二〇年である。月島で「時間転移」の話を聞いたとき、転移者はみな同じく二〇二〇年から転移してきたものだとばかり思っていた。しかし、この世界へ来た時期が違うように、日本を「発つ」時期にも違いがあってもおかしくはない。
では、「なぜ彰を知っていたのか」という問いに対して、タケルの返した答えの意味は何か。
しばらく考えてから、彰は尋ねた。
「俺と………………会ったことがあるのか?」
タケルは黙って頷く。
「ちょっとちょっと! …………ゴホッ、ゴフッ! 私に分かるように言って!」
団子を頬張っていたシスティアが口を挟んだ。タケルは少し悩むと、言葉を選んで答えた。
「…………つまり、俺は日本へ帰った後のアキラさんと会ったことがあるんだ」
「ははーん?」
「今ので分かったか?」
「全く分からん」
「ま、待って……」
リリアが躊躇いがちに口を開いた。
「アキラ、帰るの?」
タケルは首を横に振って答えた。
「あまり詳しくは言えないんだ…………。その、ほら………………」
「タイムパラドクスか」
その言葉に彼は頷く。
話が本当ならば、彼はこの先彰の身に起こることを、多少なりとも知っていることになる。それを知りたい気持ちはあるが、知ることによって時間的矛盾が発生すれば、どんな影響があるか分からない。
タケルは小鮒の天ぷらを口に運ぶと、金貨を机に置いて立ち上がった。
「これで払っといてくれ」
「もう行くの?」
「あぁ。三人はゆっくりしていってくれ。せっかくの旅行だろ?」
その言葉に三人は顔を見合わせる。タケルはその様子を見て怪訝そうな顔で「違うのか?」と尋ねた。
「実は、ある男に会いに行くところなんだ」
「ある男?」
「『戦争屋』っていう奴なんだけど、知り合いの転移者が誘拐されて………………」
「待て。『戦争屋』だと?」
タケルの表情が変わった。
「なぁ、俺もついていって良いか?」
「ど、どうしたんだよ急に」
「俺もソイツを追ってるんだ。」
そう言うと、彼は握りしめた拳を見つめて続けた。
「ソイツが、俺から嫁と子供を奪ったクソ野郎なんだ………………!」
◇◇◇
軍服に袖を通したアクレスは、妙に落ち着かない様子で、ガタゴトと揺れる馬車の窓から外を眺めていた。
「俺…………、服大丈夫ですかね? 正装っていえば、これくらいしか無くて……………………」
不意に尋ねると、隣りに座っていたシルヴァが頷いた。
「構わないでしょう。軍人なのですから、軍服でおかしくありませんよ」
「いや、まぁ、そうなんですが…………。シルヴァさんは軍服じゃないじゃないですか」
シルヴァが着ていたのは細かな装飾が施された藍色の礼服だった。いつもよりも威厳が増して見える。彼はチラリとアクレスを見ながら「それに」と付け加える。
「アクレス君に合った服を作っている時間はありませんから」
窓の外に流れる景色は、次第に中央都の中心部へと移っていく。この馬車が向かっているのは、マテラス王国の国政を支配する王国議事堂である。今日、新国王が誕生してから初の議会が開かれるのだ。
アクレスは景色を眺めながら、緊張した様子で尋ねる。
「…………それで、なんで俺が参加するんですか? 議会って、そもそも何するのかも分からないんですが」
これまでシルヴァは参考人として参加していたが、アクレスは議事堂に入ったことすらない。今回はシルヴァに呼ばれて同行しているのだが、その理由を聞かされていなかった。
「議会で何か話す必要はないですよ」
シルヴァはしばらく黙り込んでから話し始めた。
「リリアさんに会って、あの日のことを改めて考えてみたんです。九頭龍へ奇襲をかける情報がどこから漏れたのか…………。その情報を事前に知っていたのは、私と、直属の上官で実行部隊を指揮していた……………………」
そこまで言うと、彼は躊躇いながら一人の男の名前を口にした。
「ユドラー・レルネイア。その二人だけでした」
再び黙り込むシルヴァ。その沈黙が意味することを察して、アクレスは顔を青くした。
「大将が九頭龍と繋がっていると?」
「可能性は捨てきれません」
「いや、そんな…………………………。あり得ないですよ。陸軍の大将ですよ? そもそも、そんなことをして何の得があるんですか」
九頭龍と繋がっているとしたら、大問題どころでは済まない。ユドラーは今や軍人の枠を超えて、行政にも大きく関わっている。まさにこの国の柱とも言える存在だ。
そんな男が国を裏切ったら。柱を失った王国は大きく傾くことになる。
シルヴァは首を横に振ると苦い顔で答えた。
「それも合わせて、議会中、あるいは議会前後に問い詰めます」
「…………俺は何をすれば?」
「彼は大柄で、年老いたとはいえ軍でも有数の実力者です。アクレス君ならば、取り押さえるのに不足はないでしょう」
彼は「あくまで万が一です」と付け加える。
二人を乗せた馬車は大きく揺れると、王国議事堂の前で停車した。




