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戦争屋。その名前は聞いたことがある。
『それで、君とは直に――』
「おい、お前。エリさんは何処だ」
男の声を遮って尋ねた。
戦争屋は鴉がエリを引き渡した相手だ。そしておそらく九頭龍のバックで転移者狩りを指示していたのも彼、あるいは彼らだろう。
彰は水汲みも忘れて、共用水道の脇に腰掛けて返答を待った。しかし。
『エリ………………?』
返ってきたのは、まるで心当たりが無いというような声だった。だがしばらくして『あぁ!』と声がした。
『あの転移者だね? 月島の』
「そうだ。今、何処にいる」
『あれはウチに居るよ。健康状態も悪くない』
やはりエリは戦争屋の元に居る。異世界転移者の持つ知識を欲していたのは、やはり九頭龍ではなく彼だ。
すると通信機の向こうの彼は『そんなことは良い』と、ノイズ混じりに言った。興味の無いことは、どうなってもいいというような口ぶりだ。
彼は続ける。
『私は君と対面して話したいんだ。ぜひ、君一人で私の元へ来てくれないかな?』
思わず彰は「は?」と聞き返した。
相手の陣地に一人で赴くなど、どう考えても彰が不利だ。当然、断ろうと口を開くと、まるでそれを見計らったようなタイミングで彼は付け加えた。
『おっと、アキラ君。まさか断ろうなどとは思うまいね?』
「………………」
『自らの置かれている状況をよく考えたまえ。私の持ち駒は何だ? 君の持ち駒は? 私は「お願い」しているんじゃない。「交渉」しているんだ』
それを聞いて、彰は口をつぐんだ。そして少し考えると、通信機を握りしめる。
「お前…………!」
『その通り。私の持ち駒は「エリ」という女。では、君の持ち駒は?』
彰が持っていて、戦争屋が欲しているもの。それは一つしかない。
彼は嬉しそうな声で言った。
『そう、君自身だ! さぁ、返答は何だね?』
彰は奥歯を噛みしめると、絞り出すように尋ねた。
「…………場所は何処だ」
◇◇◇
中央都は日本で言うところの関西に位置しているようだった。
「東へ行くとデカい湖がある。戦争屋の言う草浜市ってのは、湖の南にある小さな街だ」
アクレスは机に広げた地図を指さした。地図といっても大まかな位置だけが描かれた曖昧なものだったが。
地図に描かれた一際大きな湖。これはおそらく琵琶湖だった場所だろう。中央都は湖の西にあるから、京都だった場所の辺りだろうか。
彰は地図を覗き込んで尋ねる。
「草浜市まではどのくらいかかる?」
「まぁ、急げば一日で行けるが…………。二、三日くらいで見積もった方が良いな」
「そんなら一日で行きたい」
「相変わらず狭いなぁ〜、師匠の家」
「一日はやめとけ。最近は魔獣が増えてきたって噂だ。………………システィア、ウロチョロするな」
アクレスが言うが、システィアは聞いている様子はない。白いカーテンを開けると、「まぶっ……」と昼間の日差しに顔をしかめる。
戦争屋との接触から一夜明け、早速開かれた作戦会議。その日がちょうど非番だったようで、アクレスの家にはシスティアが遊びに来ていた。
「一人で行くのか?」
アクレスが尋ねた。
戦争屋は「一人で来い」と言っていたが、そのまま従えば彰が連れて行かれるのは明白だ。そもそも素直にエリとの交換に応じるかすら分からない。
おそらく戦争屋は、九頭龍のような連中と共に待ち構えていることだろう。彰としてはアクレスと一緒に行きたいところだったが、そうもいかない事情があった。
というのも、アクレスは国から行動範囲に規制をかけられているのだ。重要な戦力である彼の所在を管理しておく必要があるらしい。そして現在、許可されている行動範囲はこの中央都のみ。
「アキラを一人で行かせるわけないでしょ」
答えたのは、机に頬杖をついているリリアだ。彼女もシスティアにくっついて遊びに来ていた。
「アタシも行く」
「いや………………、できればリリアは中央都に残ってほしい」
「は? なんで」
彰は「なんでって…………」と言いよどむと、思わず視線を逸した。それを見たリリアはにんまりと笑う。
「ねぇ、なんでなんで? なんで残っててほしいの?」
「なんでも良いだろ」
「良くない。なんで残ってほしいの」
「おい、そこ。会議中だ」
アクレスが指で地図を叩いた。
「二人で行くとして、道は分かるか?」
「東に行けば良いんでしょ? いざとなったら誰かに聞けばいいよ」
リリアが言うとアクレスは首を横に振った。
「そう言って迷子になったやつを知ってるからな。やっぱり行ったことのある案内役は必要だ」
そう言うと、アクレスは背後を振り返った。
「システィア、お前も行ってこい」
「え、私? 私が案内役?」
「草浜市は前に演習で通ったことがあるだろ」
「あー…………。あぁ?」
「お前………………」
呆れた顔でアクレスが見ると、システィアは「あ!」と手を叩いた。
「草浜! あの、お魚食べたとこか!」
「お魚……はどこでも食うだろ」
「大丈夫! 美味しかったから覚えてるよ!」
いかにも「任せろ」という顔で言うが、とても信じられない。アクレスは地図を見せると、念を押すように言い聞かせた。
「いいか。ここから東だからな。東だぞ。…………東はどっちか分かるな?」
「大丈夫だって! 東でしょ?」
彼女は「東、東…………」と呟きながら両手のひらをまじまじと見つめる。そして首を傾げながら尋ねた。
「あれ? 東ってお箸持つ方だよね?」




