表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/67

41

 リリアは「剣は?」と小声で尋ねる。彰は黙って首を横に振った。仕事中に帯刀する店員はいない。


 直線の道。完全に挟み撃ちの形だ。

 鴉は懐から出したナイフを宙へ放る。空中に漂う刃物は、彼が指を鳴らすと、一斉に二人の方へ向いた。

 短刀を構えるリリアを片手で制し、「一つ聞きたいことがある」と彰は目の前の男に尋ねた。


「エリさんを攫ったのはお前らか?」

「エリサン? ………………あぁ、月島の」


 背後から鼠たちが走る靴音が聞こえてくる。鴉は笑いながら答えを渋った。焦る二人の様子を見て楽しんでいるようだった。

 リリアは「もう!」と言うと、彰と背中合わせに立ち、背後から迫る敵に備える。


「気になるか? 連れていかれた転移者が」

「答えるのか、答えないのか。ハッキリしろ」

「確かに、あの女を連れて行ったのは俺だ」

「――――!」

「が、連れて行っただけだ。戦争屋にな」

「戦争屋?」

「おっと、口が滑ったな」


 浮遊していたナイフが襲い掛かってきた。問答は強引に断ち切られる。ナイフは計八本。丸腰で対処するのは無理だ。

 彰は背後のリリアを抱えると、道の脇に転がり込んだ。


「よく避けたなァ! さぁ、次だ!」


 鴉が言うと、ナイフはまるで獲物を追うかのような執拗さで襲いかかった。リリアが何本か弾き返すが、それをすり抜けた一本が彰の眼前に迫る。


 その時、彰は自分でも予想していなかった行動に出ていた。咄嗟に手を伸ばすと、青に光る刃を素手で掴み取っていたのだ。


「いってぇ!」

「素手で掴むからでしょ、バカ!」

「しょうがねーだろ!」


 ナイフを投げ捨てて血塗れになった手を握りしめる。当然痛みはあったが、彰の顔は笑っていた。

 見えたのだ。いや、読めたというべきか。向かってくる銀の軌跡が、手に取るように分かったのだ。

 顔を上げて鴉を見る。

 まだ確かに実力差はある。だが越えられない壁ではない。もう以前感じたような恐怖は無かった。


 彰は前に立つリリアの手を掴んだ。


「俺があいつを引き付ける。その隙にお前は…………

「アキラはそこで待ってて!」


 そう言うなり、彼女は弾かれたように飛び出してしまった。飛び交うナイフを躱しながら鴉の懐へ入り込むと、胸のど真ん中へ刃を突き出す。

 流れるような無駄のない動き。思わず彰も呆然としたままリリアの背中を見つめていた。


 しかし、男の顔に張り付いた不敵な笑みが消えることは無かった。脱力したゴム人形のように上体を捻って避けると、その反動を使ってリリアの脇腹に蹴りを入れる。


「ほら、次が来るぜ!」


 地面に転がるリリアに、間髪入れずナイフが襲い掛かった。なんとか逃げるが、躱しきれなかった何本かが服の裾を切っていく。


 彰もこのまま見ている訳にはいかない。しかし、ちょうど彰が立ち上がる頃、ついに鼠たちが追いついてきた。

 先頭はボロボロの服を着た男。格好だけ見れば貧乏くさいが、腕や脚にはしなやかな筋肉がついている。地下街付近にでも潜んでいたのだろうか。ネズモールの言う通り、鼠たちは街中の至る所にいるらしい。


 先頭の彼は、そのまま彰のもとまで走ってくると、素っ頓狂な声を上げて組み付いてきた。しかし慣れていないのか、力任せに引っ剥がすと簡単に拘束が解ける。


 男の身体を投げ捨ててリリアを見ると、彼女の背後には三人の鼠が迫っていた。彼らの手に握られていたのは、ナタのような刃物。

 生け捕りが目的の彰と違って、リリアは命を狙われているのだ。


「リリア! 後ろだ!」


 彰が飛び出すより早く、三本のナイフが頬を掠め飛んでいった。これだけの手数、リリア一人では対処できない。しかし次の瞬間、彰は自分の目を疑った。

 三人の背中に深々とナイフが突き刺さったのだ。


「おい鴉ッ! 俺の仲間に手を出すなッ!」


 ネズモールの悲鳴に似た声が響いた。鴉は笑って指を鳴らすと、転がる男たちからナイフがずるずると抜け落ちる。


「人の獲物モンを横取りしようとするからさ、新入り」

「横取りはそっちが――」


 その時、甲高い笛の音が鳴り響いた。その場にいた全員の注意が道の向こうに立つ、臙脂えんじ色の軍服を着た青年に注がれた。


 一瞬の空白。


 彰はリリアの身体を担ぎ上げると、鴉の脇をすり抜けて、その憲兵の方角へと走り出した。鴉はそれを見逃さない。空中のナイフを一つ掴むと、彰の背中へ向かって投げつけた。


「アキラ、避けろ!」


 憲兵の声を合図に彰は道の脇に身体を寄せた。彰目掛けて空を裂くナイフは、その先にいた憲兵のもとへ。しかし、彼は素早く銃を構えると、そのナイフを空中で撃ち落とした。

 鴉はニヤリと笑うと、着ていたロングコートをふわりと広げる。あちこちに散っていたナイフは、素直にその内ポケットへと納まった。


「分が悪いな」


 そう言い残すと、道沿いの建物の窓へ飛び込んでいった。


◇◇◇


 九頭龍から逃れた二人は、ヘクターによって商店街近くの駐在所で保護された。彰は貰った包帯を手に取ると、長椅子に腰掛けたリリアの脚に巻いていく。

 憲兵の軍服を着たヘクターが入ってきた。戴冠式に際して、一時的に憲兵として街の巡回をしていたらしい。手にした盆には湯呑が三つ載せられている。香りからして紅茶だろう。


「包帯、それで足りるか?」

「大丈夫っす」


 傷は浅い。包帯を巻き終えると、彰はリリアの隣に腰掛けて湯呑を手に取った。シルヴァの家で貰ったものと同じ紅茶だった。

 彰が口を付けたのを見て、リリアも湯呑を手に取る。


「紅茶。初めて飲んだけど、あんまり美味しくないね」


 彰は呆れた顔でリリアを見る。ヘクターは笑いながら「良いよ」と手を振った。


「俺も最初は好きじゃなかった。香りは良いけどね」

「アタシも香りは好き」


 リリアは湯呑を置くと、鋭い目つきでヘクターを見た。まだ警戒しているらしい。


「九頭龍だろ、アイツ。うちも襲撃を受けた」

「貴族狩りってやつっすか」


 貴族狩り、というのをアクレスから聞いたことがあった。現状に不満を持つ者が、主に地下街に暮らす貧民だが、その憂さ晴らしとして貴族を襲うのだ。ただ、貴族の方も用心棒を雇っており、大抵は失敗するのだという。

 しかし、彼は「いや…………」と口ごもる。そして少し間を置くと、手に持った湯呑を見つめて答えた。


「あれは誰かに雇われたんだろうな」

「暗殺?」

「そう……、そうだな…………。最近は軍の発言力が強くなってるらしいからな。特に親父は、まぁどちらかというと改革派だ。親父を消したがる連中は…………、はぁぁぁ…………………………」


 ヘクターは大きなため息を吐くと、らしくもなく項垂れた。


「政治ってのはよく分からん。親父もなんで関わるんだか…………」


 アクレスに聞いたことがある。どうやら最近、軍人と政治家の境界が曖昧になってきているらしい。そのきっかけとなったのは前月島総督、大将ユドラーだった。


 マテラスが国際社会での一定の地位を得たのは、軍が列強の一角であるリンバス帝国を破ったことが大きな要因だ。その功績を盾に、彼は政治の舞台に土足で乗り込んでいったのである。

 平民上がりの者が議会に口を出すなど前例がない。ところが、彼の豪胆な性格と屈託のない笑顔は皆に好かれ、次第に彼の政治参入に対して異を唱える者はいなくなった。

 現在、シルヴァを含む数人の将校が、参考人として議会に参加している。


「ま、ンなことは良いんだ」


 ヘクターは紅茶を一気に飲み干した。


「九頭龍ってのは、しょっちゅう襲ってくんのか?」

「しょっちゅうって程じゃないけど。これで三……、四度目かな?」

「かなりの頻度だな」


 そう言うと、不意に思い出したようにポツリと呟いた。


「蜘蛛の娘…………」


 リリアの動きが固まった。彰も「え?」と聞き返す。


「ってのは、聞いたことあるか?」

「……どうして、俺に聞くんすか?」

「いや、親父が何か知ってるみたいなんだけど、聞いても話してくれないんだ。九頭龍の『蜘蛛』ってのが親父の知り合いらしいんだが、そんなヤツに襲われたことはあるか?」


「蜘蛛は死にました」


 リリアが言った。


「死んだ?」

「七年前、蜘蛛は九頭龍を裏切って殺されました」

「裏切って…………。なんで君がそれを知ってるんだ」

「アタシが…………」


 一瞬ためらうが、意を決したように口を開いた。


「アタシが蜘蛛の娘だからです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ