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久々の更新
女が両袖を捲る。白くコーティングされた両腕がカタカタと動いた。
「あら…………。義手仲間」
システィアを見て呟いた。両腕の義手には赤い炎がチラチラと揺れている。背後の炎は彼女の仕業で間違いないようだった。
「瓦屋に女はいないと聞いたが?」
マテラス国王がスイコに尋ねる。
「お前の見立てでは、ここは燃えないらしいな」
「うるさい。どちらにせよ、我々が死なぬことには変わらぬ。のう、システィ」
その会話を背後に聞きながら、システィアは剣を構える。その目に浮かぶのは、轟々と燃え続ける炎。スイコの言葉に応える余裕はなかった。
――――システィ。正直に言うと…………
脳裏に浮かんだのは、輸送船の中で悲しそうに笑う男の顔。この男を追いかけるようにして陸軍へ入り、同じ師に剣を習い、そして同じ戦場へ向かっている。
――――お前には戦場に出てほしくないんだ
その言葉の意味は分かっていた。同じことをシスティアも言うつもりだったからだ。だが、だからこそ二人とも帰るわけにはいかない。互いを守るため、戦場へ向かわなければならない。
彼はシスティアの背中をさすると、諦めたような口調で言った。
――――お互い、死なないように戦おう
彼は、システィアの右腕、右目と一緒に、敵の砲弾で粉々になった。
鉄と血にまみれた光景は、五年が経った今でも記憶の中で焼き付いたように消えない。揺れる炎の中に、いつも黒く焼け焦げた彼の顔が浮かんでくる。
「護衛はあなた一人…………? ずいぶん信頼されてるのね……。それとも人手不足…………?」
不気味な笑みを浮かべる彼女の顔には酷い火傷跡が残っていて、その目は鉛色に濁っていた。赤い火種を手のひらに宿した義手には、拙い狐の絵が描かれていた。
「綺麗な目をしてるね……。透き通って、まっすぐで…………」
小さな火種が大きく膨れ上がる。剣を握る手にじんわりと汗が浮かんだ。
「燃やすのが勿体ないくらい……」
咄嗟にシスティアは手近にあった椅子を投げ飛ばした。同時に膨れ上がった炎が爆散する。宙を舞った椅子は炎に焼かれて一瞬にして灰になった。
「陛下、姫! 下がっていてください!」
叫ぶと、システィアは床を蹴りだした。構えた剣を逆袈裟に切り上げる。鋭く迫る刃を、女は義手で受け止めた。
炎だけではない。この女、体術も一級品だ。月の宮に控える衛兵がやられたのも無理もない。
システィアは距離を取ると、右目の眼帯を取った。
「義眼…………?」
女はシスティアの右目を見て呟くと、同時にその場に崩れ落ちた。システィアは揺れる心を押さえつけて剣を構える。
「綺麗な目でしょ? 友達がくれたの。守りたい人を絶対に守れるようにって……」
義眼に刻まれた構築式が青白く輝く。
「この光はアンタの視界を歪ませる」
「なに…………を……」
義手の火種が再び膨らみ始める。しかし、それよりも早くシスティアは剣を振るった。二本の義手が宙を舞う。女の肩から鮮血が散った。
「まだ私は死ねない」
システィアはそう言うと、構えた剣を振り下ろした。
「綺麗な目…………。本当に……」
女はうわ言を口走ると、どさりとその場に崩れ落ちた。周囲で勢いよく燃えていた炎が委縮したように弱まる。
「陛下、姫。ご無事ですか?」
振り返って尋ねると、スイコは慌てて叫んだ。
「まだじゃ! システィ!」
背後で女が立ち上がる。その口に咥えられていたのは、切り落とした義手。システィアが剣を構えるより早く、義手の構築式が輝き出した。火種が大きく膨れ上がる。
剣を振るうには間合いが遠すぎる。もはや、その身を盾とする以外に防ぐ術はない。
しかし、炎が燃え上がる前に、女の首もろとも床へと転がり落ちた。
「首は落とせ」
「お父さん……!」
崩れ落ちる女の背後から、刀を構えたマサ爺が現れる。彼は刀の血を拭うと、音も立てずに鞘へ納めた。
◇◇◇
総督府南門。彼らの襲撃に気付いたのは、まだ若い新兵であった。
「敵襲! 南門より、敵し…………」
新兵の首が地面に落ちる。黒服の一団は懐から巻物を取り出して広げた。筆で描かれた構築式が青く輝く。
「気づかれたなァ……」
巻物から立ち昇る濃霧の中で「蛇」は呟いた。南門の鐘が高らかに打ち鳴らされる。しかし北門の襲撃に対応しているせいで、こちらにいる駐屯兵はまばらだった。
スラリと抜いた刀に赤く燃える月の宮が映る。
「師範代」
男が一人、蛇に声をかけた。
「あの炎で死にやしませんか?」
「相手はマサだぜ。そろそろ狐の首が落ちる頃だ」
その言葉の直後、炎が急激に勢いを弱めた。蛇は「ほらなァ」と呟く。
黒服が刀を抜いた。その数およそ十三。
市街地に近い総督府。さらにこれだけの濃霧とあっては、銃の照準も定まらない。
蛇はニヤリと笑うと「さて、行こうか」と言った。
しかし、次の瞬間。赤い炎の壁が霧を吹き飛ばし行手を遮った。黒服の一団は微動だにせず、その炎の中に立つ男を見つめる。
「戦は終わりだ。爺さん共」
炎に滾る大剣。それを握るのは英雄アクレスである。
蛇は静かに剣を構えた。
「まだ終わっちゃいねェんだよ」
蛇は地を蹴った。瞬き一つの間に距離を詰めると、首元へ刀を走らせる。その速度は、まさに獲物へ襲いかかる蛇を思わせるものだった。
だが、相手はアクレス。素早く剣を翻すと、蛇の攻撃を受け止めた。蛇は嬉しそうに笑う。
「マサめ……。とんでもねェのを育てやがったなァ…………!」
飛び散る火花。蛇の刃がアクルスを掠め、いくつも傷を作っていく。それでも尚、怯まないアクレスを見て蛇の顔から笑みが消えた。
そして一言、小さく呟いた。
「お前もか…………」
同時に素早く飛び退いた。アクレスが追おうとするが、間髪入れずに黒服が間へ滑り込んでくる。
「待てッ!」
アクレスはそれを斬って捨てるが、他の黒服たちも一斉にアクレスへ襲いかかってきた。蛇はその背後で静かに刀を納める。
「任せる。俺にゃ手に負えねェ」
蛇はそう言うと、黒いフードを深く被って炎の壁へと飛び込んでいった。




